2007年

12月31日(月)
夜までゆっくりと自宅で過ごす、言葉にできないほどの解放感。まず、掃除をする。家事手伝いでは、志願して風呂場を磨き上げる。
2006年以前の古い資料の整理をする。本の整理もおこなう。飛鳥村の関係の書籍をまとめる、今年は7,8世紀の古代大和の国づくりについて私見をまとめてみたい。衆議院議員時代、何度か飛鳥や大和路を散策した。万葉人の美学に少しでも近づいてみたい。
1年ぶりにお餅を焼いて食べてみる、なかなかいける。50歳を過ぎて味が分かった。しょっちゅうひっくり返して焦げないようにする、おせち料理は家族で見てつつきながら楽しむもの。ないと寂しいが、基本的に正月の妻の家事を軽くする意味があるのかもしれない。
注文して取り寄せていた邦画の「花と竜」を見る。高倉健、藤純子、星百合子が主役。原作は、郷土の芥川賞作家の火野葦平。役者の抜群の名演技に日本映画の黄金時代の息吹を感ずる。若松と戸畑が舞台で、四国から日露戦争の戦友を頼って高倉健の演じる玉井金五郎が石炭積み出しの港湾荷役の仕事に就くところから物語りはスタート。
NHKの全国放送でジェットコースターの事故を知り、衝撃が走る。スクランブルの準備をする。本庁の担当課長から現状と今後の対応について連絡が来る。事故原因の調査を速やかに徹底して行う方針で対処する。
ベルリンフィルのジルヴェスターコンサートのライブをテレビで見る。不思議な設計のコンサートホールである。鳴り止まぬ拍手に、西欧の音楽ファンの層の厚さを感ずる。
毎年出かける香月の広旗八幡宮で元旦をむかえ、境内で福もちをつく。消防団のサポートや町内会のお世話には頭が下がる。それから自宅近くの則松の高見神社に初詣に出かける。ここの何本かの樹木は、樹齢が古く、大変珍しいので市が保存を支援している。

12月30日(日)
午前中は、所用で挨拶に。道路は完璧にすいている。初雪だ、猛暑の年には厳寒の冬が来るのだろうか。黄砂が飛んできているのか、車のフロントガラスが気になる昨今だ。地球温暖化は、今後ますます大きな問題になる。気温の上昇はもとより、異常気象、台風津波、砂漠化や生態系の変化をもっと真剣に考える時だ。ゴアの「不都合の真実」を夏に見たが、欲を言えば、リアルにビジュアルに環境問題をアピールすれば、もっと大ヒットしたのに、と思う。ノーベル賞受賞に喝采をおくりたい。
車窓から皿倉山の新しいスロープカーや頂上展望台が見えた。魅力的な観光スポットにリニューアルして本当に良かった。神戸六甲山のロープウエイや眺望に優るとも劣らない。
午後は自宅にこもって、休日を楽しむ。
まず来年度の経営方針について、各局長が説明した2時間ほど資料を読み直す。膨大な資料である。しばらく市長への手紙を読み返す。
DVDでチャップリンの映画、「独裁者」を見る。随所に吉本興業的なお笑いがあるが、ナチスのユダヤ人弾圧の暗い世相も描かれる。最後のシーンで聞けるチャップリンの演説は、誠に感動的だ。
NHKのこの1年のニュース総集編を見る。自分は、振り返って安倍首相の辞任と小沢代表の大連立騒動が一番印象に残った。
キーをたたきながら、話題作の「武士の一分」を見る。キムタクもなかなかの俳優さんだ。山田監督に拍手。帰省した子供と久しぶりに将棋を楽しむ。

12月29日(土)
公務はないが、朝早く目が覚める。テレビの政治討論番組を食事をしながら見るが、来年の国会は、冒頭から荒れそうだ。
緊急連絡用の携帯電話を横に置いて、終日、原稿書き、ホームページのエピソード(日記)や姉妹友好都市である大連、タコマの訪問記など。肩が相当にこる。
イタリヤ聖地巡礼の旅のDVDを見る、ローマ時代のアッピア街道や最後の晩餐のある寺院、アッシジなどイタリヤには素晴らしい名所旧跡がたくさんある。まだ旅行はしていない。
就任して10ヶ月。市議会の会議録や市長へのメールを自宅に持ち込んでせっせと読みはじめるが、とにかく膨大な量。時折、気分転換にシューマンのピアノ曲を聴く。森の情景作品82には、本当に気持ちがなごむ。3つのロマンス作品28は、クララシューマンがアンコールでよく弾いた作品と聴くが、これは、いまだに良さがよく実感できない。
夕方、所用で八幡そして博多に出かける。北九州の福祉政策などの今後について意見を聞く。来年は、市民党の立場でマニフェストの実現に一層努力すると話す。

12月28日(金)
仕事納め。今年最終の記者会見。市の若手職員が選んだ10大ニュースの発表、今年を象徴する1文字に「信」を選んだ。マスコミでは、「偽」であるが、さすがにプロの選んだことはある。今年の世相にぴったりだ。
中島議長、平田副議長を訪問し、年末の挨拶をする。
終日、内部協議、来客応対、皿倉山頂展望台とスロープカーのお披露目。主催者として挨拶。あいにくの霧で景色は見えなかったが、いい施設が完成してうれしい限りだ。三役会、幹部会で公務は終了。市長室の膨大な資料を整理したいが、明日から休日なので、来年回しとする。それにしても超多忙な10ヶ月だった。
夕方から自分の個人事務所、続いて霞ヶ関の大臣官房にあたる本庁の人事部、秘書室の忘年会へ顔を出す。市職員の皆さんの1年間の労をねぎらう。明日は公務がない。目覚まし時計をセットせずに休める解放感はたまらない。

12月27日(木)
終日、内部協議9コマ、来客応対12コマで忙しい。
大和ハウス工業が響灘地区進出を決定し、一緒に記者会見をする。企業誘致の追い風を最大限に活用していきたい。中国などアジアマーケットに近接していることは、大きな強みのはずだ。
夜、消防年末警戒の激励巡視で7つの消防署を回る。車中で各署長から館内の災害状況の報告を受ける。激励挨拶の中で、特に消防団の活躍に感謝の意を表する。本市の安全ネットワークの中核部隊で市民の期待は益々高まっている。消防署と消防団の連携強化が大切だ。
政務で市民の風の忘年会の2次会へ、終わって、世良議員とマニフェストの検証で夜遅くまで議論する。

12月26日(水)
議員会館の挨拶回りで4時間をすごす。地元選出の国会議員の部屋を回り、市主催の予算要望の会への出席など今年、本市がお世話になったお礼に伺う。自民、公明、民主、社民、国民新党の各議員の部屋に。時間の取れる議員には、当面の課題についてもふれる。
予定していた大使館あいさつは、先方の都合で来年にまわす。
政令市の市長会に出席。2時間半の会議、17政令市と東京都でつくる大都市道路整備促進協議会の今年度会長として道路行政の提案活動について報告する。会議が終わって、1時間ほど初めて懇談会につきあう。隣席の新潟市長と話し込む。羽田から北九州に戻る。

12月25日(火)
定例の記者会見。テーマは、生活保護行政の総括。臨時のぶら下がり会見は、伊勢丹の撤退問題。クリスマスの日だが、今年はクルシミマスだ。経営統合、業界再編の波の中での経営決断と察する。残念だが、伊勢丹の配慮と井筒屋の決断で最悪の事態は避けられた。中心市街地の活性化は、待ったなしだ。
来客応対。市立高校陸上部、駅伝を頑張った選手たちはもう次に備えて練習を開始している。各選手のコメントは誠に立派で、選手たちの前向きな姿勢とりりしい活躍は、自分にはクリスマスプレゼントとなった。
全国モータボート競走会の会長が本庁に、競艇の発展へのご支援を要請する。
市立大学少林寺拳法部の全国大会優勝報告、エコドライブコンテストと環境ポスターの環境大臣賞の受賞報告。
テレビ、ラジオのインタビュー。内部協議11コマ。幹部職員との定例の懇談会。
勝山足立ライオンズクラブのクリスマス会。盛会であった。家族と一緒の会である所がいい。アメリカでは普通だが、日本も外国のいいところはもっと参考にすべきだ。中座して北九州空港へ、上京する。

12月24日(月)
オーストラリアでインフルエンシャル(影響力のある)100人に日本人シェフが選ばれた。世界のベストファイブのレストランのシェフという。好きなことを地道に、とは彼のコメント。21歳でたまたま旅行した当地で、修行をスタート、海外で活躍する日本人のスピリットを学びたいものだ。
合馬たけのこの集出荷を視察する。たけのこの生産状況、流通、課題などについて農協幹部から詳しく説明を受ける。関西方面への出荷で、高値がつくといいが。労働力の確保が課題という。猪や猿の被害についても状況を聞く。
時間があったので、タリーでお茶を飲みながら、つかの間のひと時を過ごす。キーをたたく。小倉城が美しい。
生涯現役夢追塾のフォロワーセミナー。講師の堀田さんと話す、開会の祝辞を述べる。クリスマスイブの日に講演を聞きに来られる市民の皆さんの前向きな姿勢に敬意を表したい。生涯現役社会の建設は、行政の課題である。
明日の記者会見の準備。テーマは、生活保護行政の総括。もう一度、検証委員会の中間報告、最終報告を読み直す。今年一番の重苦しいテーマだが、今後、改革の方向性を明確にして職員一丸となって再出発し、成功に導きたい。

12月23日(日)
午前中は、都大路で北九州市立高校の女子駅伝チームを応援する。心配された当日の京都の天候だったが、雨が上がり、晴れ間も見えてきた。10時20分、スタート。本市の応援団は、第一中継点で、横断幕と小旗で第2区の走者のスタートを待つ。しばらくして友枝選手たち第2走者がアップ、そしてたすきをかけて駆け出していく横で大声で声援を送る。しばらくして、ゴール前のアクシデントが携帯テレビに映し出された。意識朦朧の中で倒れこみながら必死のたすきのリレー。たすきが手渡された、応援団から喚声が上がる。
車で、急ぎ、ゴールの西京極陸上競技場へ。ここで最終ランナーを待つ。全国大会、応援者で競技場は満杯だった。10位で市立高校のアンカーが入ってきた。1周してゴール、10位入賞、大健闘に拍手喝采をおくる。
応援に行った教育委員会のメンバーと昼食会。私立高校の健闘をたたえて乾杯する。
新幹線で京都から小倉へ戻る。
ヤングサンタの出発式で激励の挨拶。北九州青年経営者会議の主催で第9回になる。大学生の参加も多く、施設の子供たちに夢をおくる試みだ。
民間の病院関係者と懇談。公立病院の果たす役割をどう考えるか、緊要の課題だ。
戸畑提灯大山笠の恒例の忘年会。
20年来の友人たちと懇親会。残念だが、メンバーの2人は今年、亡くなっている。メンバーの健康を祈念して1本締めでお開きに。

12月22日(土)
午前中は、何回目かの門司港一帯の視察。今回は、レトロ観光案内の大ベテランにお時間をとっていただいて、一緒に10ヶ所のポイントを歩きながら見てまわる。実に詳しく丁寧にご説明いただく。錦町公民館、米軍捕虜収容所の跡、港湾労働者の住居街、林芙美子ゆかりの家屋など。小雨の中、傘をさして回る。海峡ドラマシップから見た雨のけぶる関門海峡が印象深い。
21年来の友人であり、恩人の九州電力OB会長の深堀氏の告別式へ。あっけない急逝に言葉もない。17日の夜、電話で、小倉工業同窓会幹部として、市庁舎で会う話をしたばかりだった。衷心よりご冥福を祈る。
市長杯少年ソフトボール8チームと中畑さんらドリームチームのチャレンジカップへ。中畑選手や定岡、小早川、高木、デーブ、大野らかつてのスーパースターらと懇談する。あいにくの雨のため、メディアドームでドッチボールと野球のレッスンに変わった。主催の読売新聞社や協賛企業にお願いして、来年も是非続けてほしいものだ。
新幹線で小倉から京都へ。移動中の時間に、ホームページの更新でせっせとキーをたたく。明朝、市立高校女子駅伝チームが参加する全国高校駅伝大会のスタートが切られる。夜、京都は雨、駅伝選手がこの雨ではかわいそうだ。雨があがってほしい。

12月21日(金)
就任して初めて北九州市の名古屋事務所を訪問、企業誘致に奔走する2名の現地スタッフから状況をヒヤリング。それから、企業誘致部の幹部職員と一緒に愛知県の自動車関連の企業誘致のトップセールスに。渋滞が恒常化している名古屋だが、広大な濃尾平野に会社や民家がぎっしり、ここは大都会だ。勤労者は、通勤時間で毎日どれだけ時間がかかっているのだろうか。北九州市のよさをひとつ体感する。企業まわり、工場視察を終えて、夕方、何とか新幹線にすべりこんで小倉まで帰り着く。
名古屋駅前の超有名な壁画のイルミネーションを参考までに1分ほど見て帰ることに。イルミネーションの点灯は毎夕5時、その頃、駅前はいつも大渋滞するらしい。地元の企業が何と7億円も出したそうだ。名古屋の経済力を見せ付けられる。
新幹線の移動中に、幹部職員と産業活性化、企業誘致の課題について有益な意見交換ができた。

12月20日(木)
内部協議8コマ。
市議会の平成20年度予算要望、今日は、公明党、続いて共産党。それぞれの会派から具体的な政策提言を受け取り、意見を聞く。
北九州市立高校陸上部の女子駅伝全国大会出発式を本庁舎玄関前で。激励の挨拶をする。同校のブラスバンドの演奏、キャプテンの決意表明ともによかった。バスに乗り込む選手団を拍手で見送る。来春の選抜女子駅伝北九州大会の市長CM撮影。
来客応対。
生活保護検証委員会からの最終報告を受ける。小冊子だが、内容はあまりにも重い。
市長に就任して初めてのタウンミーテイング。パネルデイスカッションのあと、質問の挙手がたくさんあった。市民との質疑時間をもっと増やせばよかったと思う。6時半から、2時間。パネラーと懇談して最終の新幹線で関西へ出張する。

12月19日(水)
市議会の平成20年度予算要望、今朝は市民の風。
内部協議5コマ。
来客応対。
まず、日本風景写真協会の福岡第二支部長。傑作の写真数点を市に寄贈いただいた。ウエル戸畑など、市民の目にふれる場所をえらんで展示する予定。
北九州青年会議所の新旧理事長。青年会議所には、行政が大変お世話になっている。退任される中柴理事長の労をねぎらう。
宮本武蔵の二天一流宗家の岩見氏ら剣の達人3人。
ロボットコンテスト全国優勝の北九州高専チーム。実演を見る。素晴らしい活躍だ。
画家の平野遼夫人。7月27日のご自宅のアトリエ訪問、11月1日の回顧展出席のお礼のご挨拶に。
北九州市警察部そして堺町特別対策隊を激励訪問する。警察には、暴力団対策で身を粉にして頑張っていただいており、お礼を申しあげる。
それから、北九州市民文化賞の表彰式に。今年の審査委員会は、画家と声楽家に賞をおくった。
新しい北九州のまちづくりをテーマに、2ヶ所で講演する。内外情勢調査会と企業人のつどい。夜は、政務で3会場をまわる。

12月18日(火)
タウンミーテイング対応などの内部協議。
門司港で開かれた第1回の関門地域の未来を考える研究会で関門連携の抱負を述べる。中座して、北九州空港から上京。
まっすぐ東芝本社へ。県知事と合流し、西田社長と面談する。この後、ただちに帰北する。6月18日以来、社長には2回目のプレゼンテーション、今年度中によく検討して決めるとのこと。東芝誘致については、就任以来、なしうる最善を尽くして行動してきた。成果を期待したい。
北単会の25回総会に何とか間に合う。単身赴任者の会で、ビジネスマンとして活躍している皆さんの会である。終わって政務対応。

12月17日(月)
内部協議4コマ。来客応対3コマ。博多で地方自治体の連携強化をめざす意見交換会。

12月16日(日)
今日は、公務が入っていないので、資料の整理や新聞雑誌をひとしきり読む。年金問題のため、政局は攻守交代の様子、内閣支持率の低落、これで当分、解散風はおさまるか。
佐世保の散弾銃乱射事件。チェックがほとんどないとか、所持銃弾が7000発とか、銃の管理の甘さには慄然とする。今回の事件の反省に立って、厳しい許可制を検討してはどうか。
北九州少年少女合唱団33回の演奏会。市長が歴代、合唱団の団長をつとめている。響ホールでの演奏会は久しぶりだが、いいコーラスの響きだった。
散髪をしてファミリーで夕食、1ヶ月ぶり。ハリーポッターの最新作は、多少マンネリ化しているが、それなりに楽しめた。

12月15日(土)
貴船校区のもちつき大会で餅をつく。近くのかわいい保育園もたくさん参加してにぎわっている。八幡西区の囲碁同好会懇親会。10年前から当会のメンバーである。
小倉南区の幼稚園のクリスマスパーテイーでサンタクロースになる。あごひげのつけ方がむつかしい。子供たちへのプレゼンテーターになる。
個人事務所で打ち合わせ。政務の次は、北九州マイスター、技の達人の表彰式とパーテイーへ。病院の忘年会。女性スタッフが多く、子育て支援の充実を期待する声が強かった。中座して、下関で文学関係者の懇談会へ。
直木賞作家の古川、佐木両先生と文学における関門連携を模索する。杉田久女の再評価、林芙美子の生い立ちが話題になる。門司の夜景が見渡せる佐木先生のご自宅にあがりこむ。北九州の文学ファンを増やすための知恵をお借りする。


(12月9日から12月14日までは工事中)


12月8日(土)
曇り、インフルエンザ予防接種。旧知の医師から医師不足の背景について率直な意見を聞く。メディアドームで開催された吉本興業の祭りに参加。このステージで桂三枝さんに観光大使を委嘱する。6000人の観客の前で、チャーリー谷さんらと吉本興業の一発芸にチャレンジする。
夕方、加来議員の懇談会に。

12月7日(金)
内部協議。本城中学のコーラス部が全国大会で金賞を受賞し報告にきていただいた。スポーツであれ、文化であれ、一つのことに打ち込んで成果をあげている子供たちの表情は、さわやかで素晴らしい。
よしもと2007エクスポのレセプションで吉本社長やJTB、読売新聞西部本社の皆さんに歓迎の挨拶をする。
幹部職員との懇談会。


12月4日から12月6日までは、工事中。

12月3日(月)
本会議質疑の初日。国会での代表質問は、質問者、答弁者ともに用意した原稿を読み上げるのが、慣例だ。ジェイコムのライブ中継、議事録にそのまま記録されることもあり、正確さを優先して、この議会も国会方式でのぞむ。ただ、再質問には、テーマによるが、アドリブをまじえて答弁することもある。
議会が終わると、明日の質問への答弁書作成に数時間かける。

12月2日(日)
昼からぶっとおしで明日の本会議質問への答弁書作成の勉強会。
副市長、幹部職員が一堂に会して、一問づつ議論を集約して執行部の統一見解を答弁書にまとめる。

12月1日(土)
快晴の好天。総合体育館で市長旗争奪西日本少年柔道大会。中京、関西からも選手がつめかけている、何千人の参加だろうか。祝辞を述べる。
博多へ。ローカルマニフェスト推進ネットワークの北川正恭教授らとマニフェストの検証や地方分権などについて意見を交換する。
市庁舎で資料を整理。議会対応について。
夕方から4会場をまわる。まず、門司港レトロのイルミネーションの点灯式で祝辞を述べる。海風が冷たいが、ロマンチックな夜景に変身した。
声楽家の蓮井氏の県文化賞授章を祝う会で祝辞を述べる。年金ホールの存続でオペラの公演を継続しなければならない、と痛感する。
松井議員の会合へ。1年ぶりの総会である。
段谷産業OBの会。元同盟議長の末さんらなつかしい先輩に挨拶する。
久しぶりに八幡の自宅へ、愛犬ハチの頭をなぜてやる。必要な書籍や資料を束ねる。

11月30日(金)
小雨のぱらつく中、久しぶりに訪問する議員会館。大都市道路整備促進協議会の会長として議員の方々に要請する。交通渋滞、安全騒音対策、街路樹、都市再開発など大都市の道路事情、財源確保について理解を求める。新川道路部長、高尾東京事務所次長も同行。
午後、帰北。庁舎で内部協議6コマ。
総務省参事官と面会。かつて市役所で財政局長をつとめ、北九州市のよき理解者である。夢追い塾の企画で市立大学の学生からインタビューを受ける。人生の転機や市長をめざしたきっかけ、座右の銘などについて。
政務で馬場議員の政治生活20周年の集いへ。新門司地区で市政を報告する。新門司の直面する多くの課題について意見を交換する。猪の駆除、線引き問題などの要望もあった。

11月29日(木)
朝、博多へ。県知事、福岡市長とトヨタ系の大手自動車関連のアイシンコムクルーズ社長に面会する。来年、北九州の学研都市に研究施設が進出する。カーエレクトロニクスの拠点化構想に弾みがつく。
急ぎ、本庁へ戻る。往復の車中でこのたび完成した「小梅姐さん」の映画を見る。若き日、田川から北九州に出てきた彼女は2年間、民謡の上手な芸者として活躍している。この頃をもっと表現してほしかった。まもなく試写会がある。
小倉西ロータリークラブで街づくりについて卓話。
また、九州自動車道を通って、若宮市のトヨタ九州本社へ。社長ら首脳陣に挨拶。帰りに労組事務所に立ち寄る。本庁舎に戻る。
門司で開催された北九州港振興協会の正副会長会議へ。名誉会長を仰せつかっている。
政務で黒崎地区友誼労組の会合へ、市民の風の堀口議員らと懇談。
北九州空港から、上京。11時すぎ、投宿。機中で12月議会のテーマについて資料を読み直す。

11月28日(水)
(株)いその会長、社長の工場進出にともなう表敬。一緒に記者会見をおこなう。
定例の記者会見で、名誉マイスターなどを発表する。
カンボジアのプノンペン市水道公社総裁と面会。本市の水道局が技術協力をしている。
クロスFMのラジオインタビュー。
北九州市立高校女子駅伝が都大路の全国大会に出場する、野球で言えば甲子園だ。りりしくかわいい選手たちからその報告を受ける。2度視察に出向いた市立高校、その活躍を誇りに思う。京都には応援に行く予定。
内部協議は3コマ。予算編成のヒヤリング3時間半。幹部職員との定例の懇談会。
北九州補償コンサルタント協同組合の4周年行事へ。祝辞を述べる。
政務で自民市民クラブの中村議員と懇談会へ。

11月27日(火)
内部協議5コマ。
吉志土地区画整理事業の竣工式。子育てや安全対策で注目される住宅団地だ。
福岡県トラック協会の飲酒運転撲滅北九州決起大会で挨拶する。
香月中学校吹奏楽部の皆さんが全国大会出場にともなう報告で市庁舎を訪ねてくれた。
政務で江島議員と懇談会。

11月26日(月)
17の政令市と東京都で構成される大都市道路整備促進協議会の会長として、副会長の仙台市と一緒に政府に提案活動をおこなう。7月に続いて2回目。北九州へ夕方戻る。1ヶ月前から予定していた政務で財界人と懇談する。このため、民主党福岡9区の講演会には祝電対応となった。当方に案内をした与党の市会議員団が共催なので、妻が代理出席をする。

11月25日(日)
さわやかな快晴の桃園球場。8時から12回全国規模少年ソフトボール大会。りりしい子供たちの入場行進に惜しみない拍手をおくる。約1000人の参加。桑野会長はじめ大会役員の皆さんのご労苦に敬意を表する。激励と歓迎の挨拶、そして始球式、山なりのボールだったがストライク。
学研都市で開催された発達障害のシンポジウムで主催者の挨拶。
PL男性セミナーで街づくりについて講演する。
世界エイズデイのレッドリボンキャンペーンで、KBCラジオの対談に出演する。
博多で行われた第10回の民主党福岡県連大会に招かれ、一言祝辞をのべる。
黒崎で頑張る旧知のお店の10周年。オーナーは、障害児への舞踊の普及で活躍している。スタッフはバーテンダーカクテル選手権で4000人の中のベストテンに選ばれた。
北九州大学のビジネススクール開学記念レセプションで乾杯の音頭をとる。1期生の活躍が期待される。財界、学会のメンバー、意欲にあふれた学生たちと楽しく閉会まで歓談する。
上京のため空港へ。満席、離発着が遅れ、待合室で日本、アフリカの王者エジプトのバレーボールのシーソーゲームに一喜一憂する。白の鵬が9勝で勝ち越し。黒崎に部屋をかまえた間垣部屋おめでとう。機中で原稿書き、対談原稿のチェックでキーをたたく。23時すぎに投宿。

11月24日(土)
中国訪問団の一行がイノヴェーションギャラリーを視察するので出迎え、歓迎の挨拶をする。館内の見学に同行し、産業の歴史を自分からも説明する。
次に、エコタウンの視察にバスで同行。中国視察団にバスから市内の経済産業、環境政策などの説明をする。エコタウンセンターでPRビデオを見たあと、数多くの質問を受ける。後藤環境部長が丁寧に状況を説明する。中国財界の関心は高く、採算性に質問が集中する。エコタウンセンターで一行と別れる。
八幡の会合へ急ぐ。都市再開発の現状と課題について率直な意見交換をする。
新日鉄大谷体育館へ。北九州レスリングフェステイバルの開会式で激励する。毎日新聞が取材に来ている。外国や遠隔地からもちびっ子レスラーが参加しているが、北九州には中学生の世界チャンピオンがおり、これからの活躍が非常に楽しみである。
KIGS(イノヴェーションギャラリーの略称)映画祭に出かける。映画研究家の松永さんたちと一緒に見る。近代製鉄発祥150周年記念事業イベント。地元八幡でロケをした45年前の名作映画、「この天の虹」を見る。当時の八幡製手所の現場と八幡の街、社宅が舞台。久我美子、田中絹代、田村高広など、木下恵介監督。作品上映に至るまでの間、館長さんが映画会社との交渉などで大変苦労したものと察する。おかげで、素晴らしい感動を味わえた。
見終わって館長の案内で明日からはじまるたたら製鉄法のリハーサルを見学する。古代から近代までこの方式で鉄生産が行われた。それを1901記念モニュメントの真下で再現している。
政務で車を乗り換え、上田市会議員、続いて後藤議員の会へ。
公務で日明校区の日明公民館から40周年を祝うパーテイーへ。井生元議員ら熱心な地域活動家がたくさん集まって盛況である。

11月23日(金)
朝、6時起床。ニッサンのゴーン社長が今日、北九州に来て会談がセットされているため、急きょ便を早めた。7時前には、大連空港へ出発。大連の朝は早い。どんより曇っている。市内を駆け回るバスは冷暖房なし、1元(15円)の大衆の足だが、どのバスも超満員である。
8時45分の便で福岡空港へ。朝が早いので、大連市政府のお見送りは丁重にお断りしていた。11時20分、福岡着。そこから北九州大学へ。大連とは打って変わって快晴。車窓からみえる山の稜線、紅葉は見事だ、外国から帰って、日本の四季の美しさをしみじみ感ずる。
北方の大学キャンパスへ。車中でテレビの特別企画、「ニッサンの復活、GTR」の番組を見る。川本秘書官のはからいでゴーンの素顔と最近のニッサンを垣間見ることができた。
ゴーンがあらわれた。2002年ワールドカップの日本ロシア戦のとき以来だ。若返っている。自信に満ちた表情で語り始めた。苅田町長、行橋市長、商工会議所会頭と並んで対話する。僕からは、水供給の保障からスタート、ゴーンさんもこれには笑ってくれた。ついで関連企業の誘致、カーエレクトロニクスへの参加、社員の北九州市内への定住促進を要請する。
終わって、博多へ。県知事との初めてのトップ会談、県との行政連絡会議には3人の副市長、企画室長、秘書室長も参加する。
貨物空港の機能強化で意見一致、旅客の問題は継続協議という意味だ。自動車、半導体の振興、光化学オキシダント問題などでの協力関係の強化を確認する。
一方、重度身体障害児の医療補助、中学校の少人数学級化などいくつかの課題については継続協議をおこなう。県依頼の留学生サポートシステムの構築については、市としても前向きに検討する。マスコミ対応まで含めて1時間半、新幹線で急いで小倉へ。
中国の企業連合会(日本の経団連に相当)会長ご一行をお迎えする。中国政財界の要人と懇談のチャンスを得る。稲山元経団連会長との約束を果たしに北九州にきた、と中国要人。日本経済、中国の将来、中国における市場経済の将来について、また、自分からは、エコタウン、大連氏とのよき関係、青島、大連、昆明への環境水道技術供与の現状を話す。中国側は、北九州のそうした試みに深い関心を寄せられ、いくつかの質問を受けた。今度は、北京で会おう、と会長からお言葉をいただく。
大連から帰国して自宅へ。間取りは狭い、庭はない、ペットもいない、でも我が家が一番スウィートだ。

11月21日から22日まで大連出張

11月20日(火)
8時50分、市庁舎で内部協議。全会派代表者会議で12月議会の提案をする。来客応対。
戸畑消防署の開所式で主催者挨拶。合理主義で考案された設計の館内を視察し、レスキュー隊の訓練を見守る。いつ見ても、見事な救助訓練である。
午後、中国通の小田文化国際部長と合流して、15時10分発で福岡空港から友好都市の大連市へ。約2時間、東京へ行くのと変わらない。(中国は姉妹だと序列ができるという理由で姉妹都市という言い方をしない。)
時差は1時間なので、訪米と違って身体がとても楽だ。
大連空港には、大連市人民政府の王(外事弁公室副主任)国際交流副局長ら幹部職員が花束を持って忙しい中を出迎えてくれた。5月訪問以来である。駐大連北九州事務所のスタッフも全員元気に頑張っている。副局長と同じ車で市内へ、市街地を見やりながら、最近の北九州のできごと、例えば女性副市長の登用が話題になった。中国では女性が社会にどんどん進出している。王副局長は女性である。自分からは大連市民の暖房、住宅事情や共産党大会以降の出来事を話題にする。30分弱で宿へ。
夕食会は、企業セミナー、水道技術協力、大連事務所のメンバーなど日本関係者と一緒に。通訳が入る食事は、気を使うが、今夜はリラックスできる。明日からの行程や大連市長との会談準備などの打合せを兼ねる。最近の中国情勢は、こんな会合のときに、新鮮な情報をたくさんゲットできる。

11月18日、19日は工事中



11月17日(土)
1ヵ月半ぶりのお休み、とはいっても夜には政務が入っている。
午前中は、とにかく眠ることに。
テレビ新聞で福田・ブッシュ会談の模様を見る。拉致被害者と家族を置き去りにしないと、大統領。京都議定書後の枠組みつくりで日米の協力が話し合われた、という。米朝金融協議がニューヨークで始まっている。アメリカは、北朝鮮敵視政策を修正するのだろうか。拉致被害者家族が総理への不信感を表明している。北九州では、加藤久美子さんの1970年の拉致疑惑が未解決となっている。
地球環境政策では、アメリカを何としても世界の枠組みに復帰させねばならない。国境を越えた大気汚染の問題では、中国などアジアの国々との対話のスタートが急務だが、すすんでいるのだろうか。

11月16日(金)
モーツアルトの後期のピアノソナタで目を覚ます。さわやかな目覚めだ。
下関市で開催されている海峡都市フォーラムへ。下関駅構内で4都市物産展の開会式。青森市のヘルシーな保存食の汁を一口賞味する。各都市は、豊かな食材をアピールしている。下関駅前の開発の歴史をスタッフに尋ねる。
昼過ぎまで4市長、スタッフと視察へ。まず鯨の調査船が停泊している。ボイジャーで関門海峡をまわる。巌流島に初めて上陸したが、綺麗に整備されている。佐々木巌流の名前から命名されたという。本来は船島。ボイジャーで下関のウオーターフロント、壇ノ浦など海峡を視察し、門司港レトロを散策する。この間、4市長で街づくりについてさまざまな意見を交換する。
門司観光協会のボランテイアの方々が関門海峡の歴史を懇切丁寧に解説してくれた。200万の兵士、100万の軍馬が門司港から出征したが、帰ってきたのは、100万人だけだった。米軍兵士の捕虜が収容されていたので、レトロ地区は空襲を免れた。
JR門司港駅でバナナの叩き売りのイベントがあった。JR本社跡の活用、戦前からの色の変化を聞く。レトロ地区のレストランの経営状況などが話題となる。
午後は、市庁舎に戻って内部協議を10コマ。
夕方、連合北九州の地協委員会。過去5回の記録では、産学局長の出席だった。連合からは、政策制度の提言をあずかっている。
財政の専門家と懇談。
船場吉兆の牛肉偽装の真相が次々と明るみに。食品表示の問題は深刻だ。

11月15日(木)
8時半から12時半まで内部協議をびっしり。
19回日本海峡フォーラムイン下関へ。
13時40分から20時半まで。海峡都市会議。函館、青森、下関、北九州の4市が参加。19年前、末吉市長らが呼びかけてスタートした。朝日新聞社の後援も大きい。青年会議所、港湾関係者も参加してシンポジウム、夕方からは市民交流会。
9時過ぎ、帰宅。テレビで守屋元次官の証人喚問を見る。まじめに一生懸命がんばっている自衛隊員が気の毒になる。部下とのやりとりの実態はもとより、事務次官の退職金が8000万円と報道されている。官僚機構のありかたが根底から問われている。

11月14日(水)
内部協議6コマ。その合間に、表敬訪問などを受ける。
北九州市民硬式野球部の監督、選手代表から報告を受け、激励する。
小梅姐さんの完成披露で表敬を受ける。小梅さんは、18歳から8年間八幡で芸者をつとめ、北九州にゆかりが深く、応援したい。
エコマテリアル九州工場の完成披露式典に出かける。
私立幼稚園連盟の予算要望を受ける。
門司税関と本市の行政懇話会。
門司の地域包括支援センターを視察。
19回日本海峡フォーラムイン下関で門司を訪れた青森市長を出迎え、門司港レトロ地区を案内して視察する。
下関で事前準備会。4市長で懇談する。

11月13日(火)
3泊5日の訪米は、やはりきつい旅だった。しかし、公務日程は待ったなしでつまっている。時差ぼけにめげず、起き出し、登庁する。
10時、橋本副市長と協議。
あくびをかみ殺しながら内部協議を続ける。
13時50分、暴力追放福岡県民大会。県知事、県警本部長に続いて決意表明をおこなう。
大連市との水道協力などについて内部協議。
17時、小倉のまちづくりを考える会で講演。
北九州の港湾航空政策の専門家と懇談。

11月9日から12日(工事中)
アメリカの姉妹都市タコマ市へ出張。

11月8日(木)
今朝は、企業訪問からスタート。水素エネルギーの開発やテレビ会議などが話題に。業界の景況判断も参考になる。戻って、東京事務所で議会対応などで電話連絡。出張が続くので、気になっていることについて手配をする。
全国モーターボート競走会の会長を初訪問。若松ボートはナイターが順調である。全国的な公営競技の動向やこれからのありかたなどが話題となる。若松ボートへの末永いご支援を要請する。
成田空港へ。国際便はいやである。2時間も前に空港に行っておかねばならない。安全を考えて、早めに出たら3時間も前に着いた。国際交流課長、アメリカ担当の小石係長と合流する。時間を無駄にしないために、待っている間、課長からアメリカ情勢のヒヤリングを受けたり、資料を読んだり、ホームページの更新に余念がない。15時発で西海岸の姉妹都市タコマ市(シアトルの隣町)へ出発。フライト時間は、8時間半。高度11000メートル、追い風230キロ、揺れはなく、快適だが、長い時間である。昼なので眠れない。
現地時間で朝の7時に到着する予定。この機内でキーをたたく。時差がきつくなるので、無理してワインで眠りを誘うが、日本時間の夕方からそう眠れるものではない。しかし、寝ておかないと、シアトルに着いてから初日の13時間の公式日程がきつくなる。

11月7日(水)
北九州空港から8時25分発で上京。昼間の羽田、都心間はいつも渋滞している。時間に余裕をもって上京しているが、このいらいらは、止めようがない。
12時から2時間。関門国際航路整備期成同盟会の予算要望。
北九州市長が会長を務めている。海運関係者と一緒に地元選出議員に要請し、国土交通省へ要請活動をおこなう。次官、技監、局長などに面会し、会を代表して予算確保を要請する。アポの関係で階を行ったりきたり、結構疲れるが、大事な仕事である。
このたび福岡県に工場を移転することを決めた神奈川県湘南の日産車体の本社へ向かう。15時半、社長を表敬し、関連企業の誘致などの諸課題について意見を交換し、要請する。インチョン出張のため苅田の起工式に出席できなかった。このあとデモフィルムを見て、駆け足で工場を見学する。我が家が愛用したセレナもここで生産されている。見事なコンピュータ制御、ロボット技術である。究極の緻密なレイアウトだ。
17時、もう暗くなっている。それから東京に戻る。幸い、行きも帰りも向きが混む逆方向なので、渋滞は渋谷あたりだけ。19時前から、企業誘致の状況について専門家としっかり意見を交換する。10時には、投宿、いよいよ明日から訪米だ。英文スピーチを読み直す。

11月6日(火)
今朝は、朝刊の読む量が多い。内部協議がびっしり、
9時、元スパイダーズの井上尭之氏が挨拶に。市立高校のコンサート講演に出演する。映画カーテンコールの安川修平役の出色の演技が自分には忘れられない。
大連市の水道局関係の幹部と面会。
定例の記者会見。
日本で初のコカコーラ廃棄自販機リサイクル工場の起工式で若松のエコタウンへ。
農業委員会との第1回の意見交換会。2回目をまた開催する方向で調整する。
産業医科大理事長と面会。
緑ヶ丘中学校のマーチングバンドが全国大会出場、県大会金賞の報告に。フィルムであらかじめ活躍ぶりは知っていたが、生徒さんの表情がはつらつとしている、一芸に秀でている青年のさわやかな笑顔は本当にいいものだ。
大相撲間垣部屋の激励会で黒崎へ。黒崎に福の神が舞い降りたようににぎわっている。
青年会議所幹部と懇談。北九州のこれからの課題について率直な意見交換をする。

11月5日(月)
今日は、8時35分から13時間、びっしりの日程。ほとんどこういう日々を送っているが、来年からは日程設定も見直したいと思う。自分の時間は、お昼時間の弁当15分、今日は特別に習字の練習を15分、あとは、移動中の車の中。土日なしでこんな調子では、いい知恵はでてこないし、市民と直接ふれあう時間も少なすぎる。来年からは、ひととおり公務になれたので、日程のたてかたを修正したいと思う。
クロスFMのインタビュー。
中国共産党中央組織部の局長ご一行が来訪、旧知の大使館参事官(中国政府の元日本課長)や中央対外連絡部のスタッフらと何年ぶりかで再会、これからエコタウンを視察していただく。環境技術協力を今後とも深めていくことなどを話し合う。
女優のとよた真帆さんと30分、対談。門司出身の青山映画監督のパートナーで、シェークスピアの舞台を踏む予定と聞く。僕が聞き手になって、北九州の印象、女性の活躍できる社会環境などについて語っていただく。
日刊工業新聞の座談会90分。財界人、学者と明るい将来への展望を語る。
折尾土地区画整理事業に慎重な意見を聞く。
産業界と懇談。第3次産業のグローバルな事業展開の展望などで意見を交換する。
このほか、補正予算編成など内部協議が隙間をぴっちり埋めるように設定されている。
小沢辞任会見をめぐる報道がかまびすしい。離党して自治体の首長になっっている現在、あえてコメントすることは差し控えたいが、参議院の与野党逆転によって、当分の間、試行錯誤が続くと思われる。是非、国民の前でオープンに議論を深めてほしい。
床について時折音楽を聴く。モーツアルトのピアノソナタをここ数日、愛聴している。15番から18番、ピリスの演奏。気持ちが安らぐ。作曲の動機は、弟子のレッスン用であったり、いろいろだが、生活に苦労していた人生後期の作品。技巧的には優しいが、演奏は最も困難と言われる傑作である。

11月4日(日)
8時45分、全国ふうせんバレーボール大会の開会式。北九州が発祥のスポーツ。心のバリアフリーがすすむことを願う。高校生らのボランテイアのサポートには心より感謝したい。沖縄の選手が選手宣誓をおこなう。
快晴のもとで筑前木屋瀬宿場祭りの開会式。消防音楽隊のカラーガード隊の演技が喝采をあび、イベントを盛り上げる。
政務で立正佼成会小倉教会の壮年の会でご移動になる竹野教会長に送別の挨拶をする。続いて門司のハッピー愛ランド司へ。福島司議員とお餅をつく。
小倉で毎年開催される北九州地区居合道大会へ。教士8段の演武を見る。
北九州大学の学園祭、青嵐祭へ。昨年の学生実行委員会のメンバーと懇談し、彼らの案内で視察する。凛が、キーワード。学生さんは、丁度自分の子どもくらいの年恰好、表情が明るくていい。僕の学生時代のシリアスで危険な雰囲気の学園祭とは趣が異なる。ただ、市外へ就職する若者が多いのが残念だ。斉藤先生のゼミのテントに立ち寄る。イカの塩焼きがおいしかった。さて、学生自治会からは、授業料値下げの要請書をすでにあづかっている。図書館の概観を見る。キャンパスの広さ、樹木の茂り、建築の設計、学生の表情を見やりながら、学園祭を後にする。もっと時間がほしかった。若者が魅力を感じる街づくりについてヒントを得たかった。
ここからは、再び政務。まず八幡の民謡発表会へ、今年は、96歳の女性が歌って、喝采を浴びた豊永会、毎年参加している。小倉で開催された西鉄バス北九州労組の設立祝賀会、坂道を乗り越えての再出発。ご隆盛を祈る。若松で教育問題の懇談会。
今夜は、9時過ぎに帰宅できたので、ホームページを更新。
小沢代表辞任の会見を聞く。本気で大連立を考えていた、との報道には驚きを禁じえない。

11月3日(土)
朝刊は、一斉に大連立の報道。国全体の方向を揺るがす会談。一夜の幻となったが、直感的に受諾は100%ない話に思えた。それが双方とも分かっていたと察するが、なぜ、小沢さんは即答しなかったのか。中央からの情報はないので、推測の域を出ないが、一時すると見えてくるかもしれない。
今日は、北九州少年ソフトボール市長杯の開会式。りりしい子どもたちが元気よく行進した。スポーツで子どもを見守っている方々に敬意を表する。
足立中学校区の文化祭。校区全体でサポートし、ニューウェーブやソフトバンクの選手など母校の先輩を多数まねいて、楽しい行事がぎっしりのイベント。
起業祭の一環でスタートした市民ふれあい囲碁大会。今回は、子どもたちの参加がふえ、16歳で10段の若者も参加した。超党派の囲碁振興議員連盟のメンバーだったが、ずっと囲碁の発展を願っている。
八幡製鉄所の87回殉職者慰霊祭で黙祷を捧げ、献花をする。
終わって、起業祭の伝統である組協のうどん屋に立ち寄り、所長、組合長さんたちと一緒にうどんをすする。実行委員会の本部に寄る。
北九州市保育研修大会の式典へ。藤岡会長のスピーチに耳を傾ける。表彰された保育士さんたちに拍手をおくる。厚生年金ホールは満員、でも来年はどうなるのか。あらためてホール存続の重要性をかみしめる。
八幡の夜空、星降るイルミネーション点灯式。東田で行われている25時間マラソン大会の詰め所のテントを少しまわる。参加した八幡東区、西区の区役所チーム若手職員としばし歓談する。帰るとき、ふと、東田開発がスタートする前の頃を思い出す。
北九州市民劇場の50周年パーテイーが盛大に開かれる。演劇のサポーターや俳優の仲代達也さんらと楽しく歓談する。演劇のファンクラブがこれほど本市で頑張っていたことは今夕まで知らなかった。市民劇場の長年の精力的な活躍に拍手をおくり、最後に「若者たち」を合唱する。この歌は、30年ぶりだろうか。

11月2日(金)
ガソリンが、150円台に。公共輸送重視の時代がいよいよやってくる。駅前は重要度を増すはずだ。
朝3コマの協議。門司へ、出光美術館の企画展の開会式。出光会長と久しぶりに再会、素晴らしい絵画を短時間だが鑑賞する。急ぎ、市役所に戻る。
ヒューマンメディア創造センター理事長と面会。アメリカにおける環境政策のアピールについて助言をいただく。
ホームレス支援機構の奥田代表と面会。政策提言をすでにいただいている。困窮している多くの市民が元気になって施設を退所している。奥田代表の実践から行政が学ぶものは大きい。
八幡へ。まつり起業祭の開会式で来賓祝辞。急ぎ、市庁舎に戻り、6分で昼食。午後はびっしり7コマの内部協議。
西日本文化協会の大島会長と面会。
ねんりんピック茨城大会の北九州選手団結団式で激励の挨拶。皆さんの若々しさには敬服する。
中国総領事と面会。
堺ブレイザーズのメンバーが市役所に。北九州が第二のホームタウン。今後の活躍におおいに期待したい。
三役会、続いて定例の市幹部会。
商工会議所の新役員就任パーテイーで乾杯の音頭をとる。多くの経営者と握手する。優勝報告に訪れたニューウエーヴの監督、選手に拍手をおくる。
それから、ホルモンのおいしい店で旧知のジャーナリストと仕事を離れて大学時代の思い出話に花を咲かせる。
20時からのNHKスペシャルの番組は、録画して後日見ることに。
福田首相が大連立を打診、小沢代表は拒否の報道。政局は流動化し始めるのだろうか。

11月1日(木)
今日は、6コマの内部協議。来客や会議に忙殺される。年金ホール存続に向けた作戦を練る。財界人を訪問。JICAアフリカ研修生の団と面会。北九州サッカー協会会長と面会、大連のサッカー事情などが話題に。東京の友人の紹介でマスコミ記者が挨拶に。話をしていて、中央の政界事情には疎くなったな、と感じる。最後の質問で大連立の可能性を聞かれ、ないと思う、とこたえる。
平野遼回顧展の鑑賞で井筒屋へ。平野夫人と一緒に鑑賞する。以前、平野家を訪問したときに、所蔵作品を見せていただいた時もそうだったが、若き日の自画像が目にとまる。世に認められる前、平野さんが一番苦しかった頃の自画像と聞いた。アートヴィレッジ構想を公約に掲げており、わずかの時間でも本市の芸術家の作品に触れるようにしている。
国際アビリンピック大会出場に伴う表敬。三菱化学グループに勤務する日本一の2選手を激励する。
九州地方整備局首脳の就任挨拶。率直に本市の要望や空港問題などの本市の考え方を伝える。
自治体の憲法に当たる北九州市の自治基本条例の第1回検討委員会で挨拶と委員の委嘱をおこなう。
進出企業グループの挨拶。
北九州保育所連盟会長と面会。
NHK番組の収録でスタジオへ。テーマは、生活保護行政について。精一杯、本市のすすむ方向を話す。厳しいご指摘だったが、稲垣さんをはじめ、検証委員会の皆様に心より感謝している。最大限、答申を尊重して前進したい。
連合北九州から、政策提言を受け、意見を交換する。
県民体育祭の優勝祝賀会で祝辞を述べる。冬、夏に続いて優勝。北九州市民のスポーツ熱、レベルは、県下随一、うれしい限りだ。

10月31日(水)
東邦チタニウム社長と面会。アジア女性交流研究フォーラムの吉崎理事長と面会。
若松の東邦チタニウムの起工式へ。ここに先端素材の拠点が生まれると、新規雇用、経済活性化が期待される。
学研都市へ急ぐ。多数の研究者、学生でキャンパスは、あふれている。
清華大学に続いて、このたびは中国の名門の上海交通大学と、FAIS、北九州市との交流協定に調印する。産学連携フェアのゲストのオムロン首脳を囲んで懇談する。産学連携フェアで開会式で挨拶。フェアの各ブースを視察。
台湾サイエンスパークの首脳と面談し、市庁舎に戻る。4コマの内部協議。
九州国際大学付属高校の重量挙げ選手の国体優勝の報告を受ける。りりしく、表情に自信が満ち溢れている。世界へのさらなる飛躍を祈りたい。
ヴィーナスワンの総理表彰の受賞報告会。女性の起業をサポートする素晴らしい活躍が評価された。本市の女性が小嶋さんのあとに続いてほしい。
医師会幹部のお通夜に出かける。
明日のテレビ収録の準備に余念がない。

10月30日(火)
日比谷で北九州市環境賞の選考委員会。選考をお願いした立場なので、黙って学者の皆さんの議論を聞く。1時間半の学者の意見交換は、今後の環境政策を考える上で大変参考になった。
東九州自動車道の建設促進中央大会。多数の与野党の国会議員が出席している。その対面の自治体関係者の席に座る。決議案を朗読するのがお役目。東国原知事の隣の席。この道路が完成すると、大分にかけて北九州空港へのアクセスが大幅に改善される。空港活性化は重要な本市の課題だ。
大分、宮崎県知事らと一緒に自民党本部へ。総務会長、政調会長を訪問、市長としては初めての訪問場所だ。続いて国土交通省、総務省などへの要望活動。
夜、羽田から北九州へ。満席だった。
昔の原稿にでくわし、笑ってしまう。サラリーマン川柳は楽しい。中高年にジーンとくるものが目立つ。
ドットコム どこが混むのと 聞く上司
ユニクロは どんな黒かと オヤジ聞き
ウィンドウズ 使えない人から ウィンドウへ(窓際族)

10月29日(月)
今日は、内部協議が13コマ。あまりにも多くの課題がある。その他に、定例の記者会見。選挙管理委員長と面会。FMキタキューのインタビュー。第1回の明日の農林水産業を考える懇話会。食材のブランド化に取り組んでみたい。生活保護の問題で週刊金曜日の取材を受ける。麻田副市長を囲む会。21時過ぎ、北九州空港から上京。深夜に宿へ。

10月28日(日)
8時45分、イベントを後援する西日本新聞社前へ。56回九州一周駅伝大会のスターターをつとめる。
若松二島市民センターの創立10周年。地域福祉、交流の拠点として活発に活動をおこなっており、本市では珍しい平家ボタルの飛ぶ川を地域で保存している。
秋の文化祭が八幡東市民会館で、華やかに八幡日本舞踊協会の公演。祝儀舞を鑑賞し、車中でお弁当を食べながら小倉南へ急ぐ。
ながの縁日祭、健康と福祉祭り、好天に恵まれ、緑の空間に多くの市民が集まり、出店で行列ができている。長野緑地のさらなる整備は大きな課題である。
西日本展示場で開催されたふれあいフェスタの展示ブースをみてまわる。
57回を迎えた北九州市立大学の同窓会パーテイーへ。
12回の紫川市民ハゼ釣り大会、昨年より100人多い700人が参加。久しぶりに釣り糸をしばし垂れる。幸い2尾かかる。てんぷらで早速食味、なかなかの味である。表彰式に大会会長として参加する。
車椅子バスケット国際大会のフェアウエル大会。公式の式辞に続いて、英語で自分の気持ちを少し述べる。
The CUP was very successful. I do hope to see you again in kitakyushu.
主催者としてラストまでおつとめをはたす。

10月27日(土)
10時、女流俳人、橋本佳奈子さんの自宅があった魯山荘で子ども俳句大会。文化連盟会長、文学館館長、俳句界の大御所、教育次長などの来賓と席にすわり、表彰を見守る。かわいい子どもたちだ。今年は、4000句の応募があった。気に入った句は、
「お父さんに 分けてあげたい 夏休み」
県の俳句連盟会長の講評を聞いて、なるほどと、俳句の楽しみ方を体感する、11時10分まで。
それから政務で深江工作所の組合大会へ。小倉に戻り、29日の記者会見の準備。小倉北区で新装オープンし人気のあるスピナに初めて出かけ、うどん定食を食べる。都心回帰の現象はどこまですすむか。
1時半、山田緑地で開催されたもりフォーラムへ。挨拶をして展示を見てまわり、絵葉書を書くレッスンを受ける。それからさわやかな緑地内を一周して散策する。毎日新聞が詳しくもりフォーラムを報道している。認知症のかたが家族やボランテイアと一緒に秋の緑地で自然に触れる企画。福祉ボランテイアや住友生命などのスポンサーに深甚なる敬意を表する。地域包括支援センターの職員がお世話をしている。挨拶のなかで、24ヶ所の包括支援センターに何でも相談してください、と話す。僕も認知症サポーター
の一人。高田会長から指導を受けた。
八幡の個人事務所に出かけ、まず老人クラブの方から地域の事情について説明を聞く。公務の時間帯がどうしても取れなかったので、ここでチェリャビンスクとの技術提携について専門家から詳しくロシア情勢を聞く。市長就任以来8ヶ月を振り返り、市民の関心事について率直に意見を交換する。建築許可の審査の遅れについて再度要望を受ける。国としても重要問題だ。改善を急ぐべきである。
後援者との懇談会、当選以来時間が取れなかった2箇所で会合をもつ。あっという間に時間がたつ。

10月26日(金)
8時50分、2回目となる北九州市立高校の訪問。情報総合実践室で消防局のメンバーと高校生が一緒になっておこなうDIG(住民参加型災害図上訓練)の模様を視察する。高校生は真剣に作業に集中していた。
9時40分、中堅企業の新製品を見る。10時、本城リサイクル工房を視察。職員の皆さんと握手する。ISO14001を取得し、日明工房ともども懸命に頑張っている。
11時、国際車椅子バスケットボールの開会式。保育園から中学生まで多数つめかけている。世界一流の試合を見ることは非常にいい教育プログラムだと思う。市立高校ブラスバンドの演奏が大変良かった。
本庁に戻り、お弁当を短時間で食べ、昼休みを利用してアメリカ文化について15分間ヒヤリング。
13時過ぎから内部協議をスタート、17時20分まで今日は、7コマ。
その間で、物流の関係で訪日中のインチョン市幹部職員の表敬を受ける。また、進出企業幹部の表敬を受ける。
満員のウエルとばたで開催された男女共同参画フォーラムで講演を50分、僕の希望で質疑を10分。これからの街づくりをテーマに思いの一端を率直に述べる。
夜は、政務で北九州市会議員OBの集い。推薦労組との政策懇談会に出席。安全の問題もあるので、申し訳ないが、個人事務所のスタッフに送ってもらう。長い一日だった。

10月25日(木)
今日の内部協議は、広報が中心。
クロスFMのインタビューを受ける。テーマは、文化の日、ワインのふたつ。
車椅子バスケットボール連盟の表敬を受ける。外国選手団代表の見事な筋肉には惚れ惚れする。健闘を祈ってやまない。
東南アジア青年の船参加青年による表敬を受ける。アジア各国の青年が大挙訪問していただいた。アジアのゲートウエイ、オアシスを目指す見地から、日程を優先して対応した。門司の教育賛助会で講演。
子ども家庭局の発足会で職員を激励する。

10月24日(水)
朝、8時40分から内部協議をスタート。審議会の始まるぎりぎりまで続ける。
9時半から、北九州市の基本構想審議会へ。2時間半の委員の議論を聞く。ここ今後10年のビジョンを1年がかりでまとめる。
幹部職員との定例の懇談会。10月にあらたに開設した市職員からの市長へのホットメールを利用するよう促す。このメールは、僕だけしか目に触れないもので、完全に秘密扱いだと言い添える。
アメリカの情勢ヒヤリング10分。
定例の記者会見。市の不作為を理由にした認可外保育園の突然の自主廃園の行動は、極めて遺憾である。市は、廃止命令も視野に厳しくチェックし、指導監督を行っている最中であった。
産業界との政策懇談会。投資の拡大を要請し、土地利用のあり方などについて率直に意見を交換する。

10月23日(火)
東京も涼しくなった。
午前中は、中島議長、谷財政局長と一緒に地方財政に関する政令都市の要請活動をおこなう。17の政令市を代表して、総務省幹部を順番にまわり、地方財政の強化を訴える。
終わって空いた時間は夕方のIR説明会に関する金融、市の財政、市債関係の資料を読み返す。今日の相手は金融のプロである。
アメリカの世界的な投資会社メリルリンチ社へ。北九州市顧問の鈴木さんを訪ねる。最近の北九州経済についていくつか助言を受ける。
3時40分から5時20分まで野村アセットマネジメント本社ビルへ。銀行、投資家など80名余を相手に北九州を売り込み、そして質問を受ける。
1時間、北九州市のIR説明会。無事終わって、随行した財政局長と一緒に帰北する。10時に帰宅。

10月22日(月)
市長の仕事の一つは、セールスマンである。上京した企業誘致、経済政策の専門家とチームを組んで、終日、地元にご縁のある企業本社を訪問し、北九州への投資拡大を強く要請する。
中国政府要人と貿易について意見を交換する。僕から、港湾・空港や北九州の経済状況を詳しくPRする。
夜は、市長就任後初めてマスコミなど在京の長年の友人たちと懇親できた。

10月21日(日)
8時40分、小倉の北九州医療刑務所へ。受刑者の社会復帰をサポートする篤志面接委員を議員時代から拝命している。担当は、一般教養。
ここでまちづくりの現況や地球環境問題などについて1時間講演。みんな真剣に聞いてもらった。市長に就任して、医療刑務所を訪問するのは、矯正展、運動会に続いて3回目になる。
グリーンパークで31回の都市緑化祭。好天に恵まれ、多くの市民でにぎわっている。緑化事業で功績のあった市民、自治会などを表彰する。タワーにのって周囲の風景を堪能する。秋薔薇がきれいに咲いている。さすがにプロの剪定、管理。見事な咲きぶりである。
陸上自衛隊小倉駐屯地の創立51周年。祝辞で本市主催の災害訓練での抜群の活躍を讃える。

政務で八幡西区の秋の文化祭、煎茶の会へ。
夕方、めずらしく仕事から早く解放されたが、明日の企業訪問にそなえて上京する。
機中でしばしホームページの原稿を更新。生活保護関係のレポートに目を通す。行きつけの理髪店に20分立ち寄り、シテイセールスの現状について東京事務所長と懇談する。

10月20日(土)
終日、風が強い。風の橋の風車がよく回っている。
改修がすんで美しくなったお城の前で小倉城祭り。
3R活動推進表彰式、エコライフステージ2007のキックオフ、エコステージの会場を視察。お隣の会場で土木フェア、最新鋭の8段変則の自転車で環境局長と勝浦公園を一周する。
東京大学IR3Sシンポジウム、華やかな婦人教育研究会40周年、日本保育園保健学会、政務で森本由美後援会の行事へ、政務の行事は、いつも僕の個人事務所で配車をしてもらう。日本小児口腔外科学会へ。全国から集まった歯医者の大御所と挨拶する。紫川水上ステージの音楽イベントに立ち寄る。今夜は、寒くて演奏者がかわいそうだが、演奏はなかなか良かった。ジュニアオーケストラが出演する。団長をつとめているので挨拶の中で紹介する。
帰宅して久しぶりに原稿を書く。もっと早くうまい文章を書けたらと、深いため息をつきながら一心不乱に書き続ける。訪韓メモなど。市長へのメールを読みかえす。
菜の花の苗をベランダへ、今日から我が家も菜の花プロジェクトを始める。
自衛隊倫理規定違反疑いの元防衛次官。どう申し開きするのだろうか。現場でまじめに頑張っている自衛官が気の毒だ。
消費者のコメ離れ、崩れ行く生産現場というタイトルのNHK討論会は、見ごたえがあった。政治家が出ていない点がいい。農産物自由化問題は、昔も今も、外国でも日本でもむつかしい問題だ。

10月19日(金)
菜の花を楽しもう!誰でもできるBDFセミナーで挨拶。菜の花プロジェクトは、重要なマニフェストである。超党派の菜の花議員連盟のメンバーであった。
部内協議を終日続ける。課題は、山のようにある。一つ一つ担当責任者と議論する。
その合間を縫って現在、企画展が開催されている森鴎外展へ。文学館の館長、副館長から詳しく説明を受ける。鍛冶町の森鴎外居宅を中心に鴎外研究を続けている方々と懇談する。津和野、東京の本郷、そして北九州の3つに現在も残る鴎外の足跡が見られる。谷元市長の決断で鍛冶町の居宅を市が買い取った。本市の財産を大切に継承していかねばならない。
全国大会で優勝したりりしく可愛い敬愛中学、高校の女子柔道部メンバーの訪問を受ける。彼女たちの素晴らしい快挙に喝采をおくりたい。
北九州島根県人会に出席、旧知の大蔵省幹部出身の県知事、全国の島根出身財界人代表団と一緒に懇談する。津和野は、森鴎外の出生地である。荒神谷では、公共事業をきっかけに偶然古代史の見方を揺るがすような銅鐸、剣が多数発掘されている。出雲の国、島根県には是非旅行してみたい。
新しい北九州シテイオペラ設立パーテイー。席上、厚生年金ホールの存続について要望がたくさん出た。すでに国に対し繰り返し、2000人が入れる唯一のホールは死守したいとの立場を表明し、折衝を続けているが、国は入札で決めるとの主張をくりかえしている。市民の意思を再結集し、眦を決して前進していきたい。

10月18日(木)
子供のジャズバンド、スイングキッズの表敬を受ける。スイスの市長から表敬を受けてほしいとのお手紙をいただいていた。本市でジャズファンがふえることを期待している。演奏レコードを聴いたが、軽快なスイングジャズのリズムはなかなかのものだ。
若松区の戦没者追悼式で追悼の言葉を述べ、献花をする。
3R推進全国大会で挨拶。東大総長、教授、環境省幹部と懇談。地球環境問題、3R運動について東大総長の講演を聞いて本庁に戻る。
PCB2期工事の協定書の調印などの部内協議を時間びっしりに入れる。就任以来の日程の組み方だ。人事委員会の辞令交付式をもって9時間の本庁での公務が終わる。
中小企業地球問題交流会で挨拶。全国から集まった中小企業者の環境ビジネスの成功を祈っている。地球環境問題に真剣に取り組む企業には、ぜひとも頑張ってもらいたい。
図書館行政に関する懇談会。政務なので、今夜は久しぶりに歩いて帰宅する。歩くことはいいことだなと思う。オンリーワンをめざす都市にとってどんなグランドデザインが描けるだろうか、思案する。

10月17日(水)
朝から九州市長会。秋晴れの佐賀市内は、シックな街並みで落ち着きがある。総会で議案を審査、議決する。厚生労働大臣の発言をめぐるやりとりがあった。
総務省幹部の講演を聞いて、昼食会、サガン鳥栖のGMの感動的な90分の講演を聞いて、15時に中座、一路市庁舎へ戻る。訪韓中のテレビ放送の録画や新聞記事を車中で見る。
17時から公務スタート。まず人事の発令、いつもこの式には3人の副市長、総務市民局長が同席する。それから内部協議5コマ、夜、教育委員会が後援する講演会の祝辞。
1ヶ月ぶりに自宅で夕食、オシムサッカーの快勝に拍手を送る。新テロ対策法に関する最近の新聞記事をまとめて読む。ボクシングの亀田父子の謝罪記者会見。本当に反省しているのだろうか。7歳少女刺殺事件。壊れた狂気の大人の徘徊に社会はどう対処すればよいのか。エスカレータ事故死、基準違反の構造だった。マスコミ報道は、モラルハザードの渦に満ちている。

10月14日から16日まで
インチョン市を訪問


10月16日(火)
8時、打合せを兼ねてスタッフと朝食。野菜は、日本とそれほど変わらないが、ドレッシングはやや個性的、すいかは甘くておいしい。以前から、食材のブランド化と海外の市場開拓に深い関心があるので、海外訪問のときは、昔から嫌いなものも一通り食味する習慣がある。
バスで出発する前、20分ほど散歩する。ホテル周辺のお店の看板広告は、すべてハングル。日本人観光客が少ないのだろうか。英語の表示も極めて少ない。ところで門司港レトロの表示はどうだったろうか、観光客の目線に立って、表示しているだろうか、一考の余地がある。松島をソンドと読むが、松が確かに多い。街路樹は異国の地であることをあまり感じさせない。
まず空港周辺の巨大な経済特区を視察。高層ビルの展示室で説明を受け、眼下の巨大なスケールの予定地を見る。衝撃的な開発計画である。この一角にエクスポの予定地がある。韓国の国家的威信をかけたプロジェクトの感がある。欧米の企業誘致や大学の立地に熱心である。日本の名前が出てこない。日本パッシングにならなければよいが。
マッカサー率いる国連軍が上陸した時の記念館に寄る。
湾内の遊覧船に乗って、インチョン市議会の幹部と昼食。湾内を船はゆっくりすすむ。湾外の映画ロケ地、シルミドは、遠すぎて行けない。インチョンの海には、たくさんの小島がある。かもめが船のすぐ近くまで飛んでくる。日本の団は、僕の日程のため他国より一日早めに切り上げて帰国することにしていた。
船を下りて、飛行場に向かう途中、100年前の日本の銀行が保存されている旧日本人街を視察する。スーパーマーケットの視察では、生鮮食料品売り場を見て歩く。日本の平均的なスーパーより清潔感を感じる。食材は豊富で新鮮だが、価格は、それほど安くない。韓国スタッフは、しみじみ昨今の物価上昇を語ってくれた。国際空港には早く着かなくてはならない。空港でスタッフの皆さんとお別れをする。
夜の便で帰国。一路、佐賀市内へ。翌日の九州市長会に出席するため前泊する。10時に着いたので、夕食がまだだった市長会担当スタッフ、随行秘書官と懇談し、労をねぎらう。

10月15日(月)
早朝に目覚める、快晴だったが、散歩はしなかった。2,3日前から風邪気味だったので、大事をとった。窓から見える山の稜線は美しい。
文化国際部が作成したぶあつい資料を読み直して、いよいよ10時すぎ。インチョン市姉妹都市・市長サミットが始まる。各市長は10分から15分でプレゼンテーションをする。北九州は英語による映像ビデオを持参した。国によってそれぞれ特長がある。アメリカの都市は、観光、風景を強調、ベトナムは、企業誘致の細かい条件、というように。
「子供はすぐに友達を作れるが、大人になるとなかなか親友はできないものだ。しかし、今日はインチョン市のおかげで参加市長と友人になれた。各市のプレゼンテーションを聞いて素敵な世界一周旅行をしたような感じだ。インチョン市長に心から感謝する」とコメントした。13時前に会議を終える。
昼食ではインチョン市長の横にすわる。通訳は食事をする時間的余裕がまったくないほどに、会話をする。それからバスで市庁舎へ。1階の写真展を見る、北九州の写真数点やTOTOの製品も陳列されている。それから参加都市市長共同の記者会見、2009年のインチョンエキスポ参加に努力する旨の共同宣言の調印をする。北九州博覧祭のときにインチョン市は参加していただいている。
18時からインチョン市にとって、年に一度の「市民の日記念式典」に参加。市内はひろい、バスで移動するが、人口260万人だけのことはある。会場の体育館は巨大で、プレショーは華麗である。控え室でインチョン市幹部と懇談する。再開発で住民の理解をどう得るか、民間の建設会社と市の公益がぶつかるときにどう解決しているか、といった質問を受ける。北九州の女性フォーラムの視察団と合流、SEDの視察で訪問していた。最初に、市民表彰があった。いい企画だと思う。
式典を1時間余で中座してホテルに戻る、帰路の対向車線は渋滞している。東京、名古屋のように大都会である。20時半から、夕食会。わっっしょい100万夏祭りで北九州を訪問したインチョン市幹部や、アメリカの市長、外交官、インドネシア通の名誉大使らと同じテーブルで歓談する。ハイトビールとキムチで楽しく2時間を過ごす。
この夜、ウリ党の大統領候補が決まった。私の予想とおり若手のチョンドンヨン氏。岡田克也さんと一緒に夕食を共にしたことがある。インチョン市はハンナラ党の金城湯池。イミョンバク氏への期待が圧倒的に強い。これから年末にかけて、韓国は、大統領選一色になりそうだ。

10月14日(日)
8時5分に自宅を出発。福岡空港からインチョン空港へ。55分のフライト。上空から見えるインチョン空港や港は巨大である。まさにアジアのハブだ。日曜にもかかわらず、インチョン市役所の幹部と通訳、名誉外交官、本市派遣のスタッフが出迎えてくれた。晩秋のように肌寒い。
まっすぐ車でソウルへ。この片道1時間の車中で最近の韓国情勢について説明を受ける。通訳の金さんは、中央大学で学んだ日本通、政治経済、どんな質問にも丁寧に応えていただいた。
まず、ソウルにある日本の都市国際協会首脳にあいさつ。日曜出勤をしてもらって恐縮する、大統領選が話題になる。自分のあらかじめの希望で、ソウル市内の有名な川を案内していただく、川の流れを見ながら、遊歩道を歩きながら説明を聞く。たくさんの市民が楽しそうに散歩している。記念館で歴史的な経過のビデオを見、詳しく説明を聞く。高速道路を解体し、暗渠になっていた河川を見事に復元した。元ソウル市長の李さんの決断による世界的に有名な河川復元の事業だが、まさに革命的、驚異的な事業である。李さんは、ハンナラ党がおす次の有力な大統領候補である。
次にお願いして有名な観光スポット東大門に寄り、さらに南大門の商店街へ。車を降りて20分ほど歩く。北九州の商店主との勉強会で、ここが話題になったことがある。本で知っていたが、百聞は一見にしかず、その雰囲気に触れてみる。たくさんのお店、観光客。時間がないので、漫画館の前を通って、インチョンに急ぎ戻る。
19時からの歓迎晩餐会では、インチョン市長の左に座る。経済交流などで意見を交換する。米国のホノルル、アンカレッジ、バーバック、ベトナムのハイフォン、インドのカルカッタ、メキシコのメルリダの各市長や随行のスタッフたちと歓談する。残念ながら一度会いたかった天津など中国の市長は欠席だった。ハイフォン副市長とは身振り手振りをまじえて楽しく懇談する。ベトナムは、中国と並んで、これからの経済発展が予測されている。

10月13日(土)
周望学舎の学園祭を視察。大学生のキャンパスより若々しさと笑い声に満ちている。則松校区秋祭り、金山川祭りなど地域の行事をまわる。
明日から姉妹都市インチョン市の招待で出張する。資料を読み直して訪韓の準備をする。

10月12日(金)
消防庁の研究統括官の来庁。高校時代の同級生だが、ちっとも変わっていなかった。eーPORT小倉センターの開所式、情報通信の基地として発展するポテンシャルは大きい。。
新基本構想検討委員会に1時間。
女性後援者の懇談会。中小企業者の集まり。

10月11日(木)
9時、全国障害者スポーツ大会に向けて北九州選手団の結団式。
10時から1時間、八幡戦没者追悼式。小倉に戻って、昼食はチャーハン。平日は原則、市長室で弁当を一人、20分で食べる毎日。おいしかったこと。13時、社会貢献型「市民後見人」養成研修事業。北九州市環境衛生大会。クロスFMのインタビュー。この日は、部内協議が少なく、山ずみの資料を読んでは整理し、また、市長へのメールをたくさん読む。韓国居留民団との懇談会。

10月10日(水)
朝は、まず内部協議から。九州国際テクノフェアの開会式。祝辞の冒頭で経済産業省と総務省から局長が来賓として出席されたことに謝意を表する。この展示会も着実に広がりが出てきた。
戸畑区の戦没者追悼式で追悼の言葉を述べ、献花をする。
アメリカ情勢のヒヤリングを10分。幹部職員との定例懇談会。水産小売団体協同組合との懇談。高円宮妃殿下のいのちのたび博物館ご視察の対応で大わらわ。妻も一緒に妃殿下をお迎えする。

10月9日(火)
8時40分、ベトナムクイニョン市代表団の表敬。麻田副市長の辞令交付式。三役会議。全局長の集まる幹部会で麻田さんを紹介する。PCB処理2期工事の調印式。記者会見。大谷会館で八幡ロータリークラブでの講演。総務省の九州総合通信局長が熊本から来訪。
以上に加えて今日は、内部協議が、9コマ。
18時、東アジア経済交流推進機構の歓迎レセプション、アジア各国の代表団と乾杯し、交流を深める。次の日程があるが、グラスはあけなくてはならない。食べる時間はない。議員時代、きついときは断ったこともたまにあるが、市長に就任してからは、カンペイやコンベイ、チアーズを断っていたらシテイセールスにならない、そう自覚している。
19時40分、恋文俳句入選者表彰式。主催は青年会議所、いいアイデアだと思う。「冷めないで 二人の気持ちと 焼きうどん」秀作が一杯だ。
ここから政務、20時半から、ブレーンの一人と懇談。選挙後初めてだが、多忙すぎる7ヶ月余だった。

10月8日
昨晩から、久しぶりに八幡西区の自宅に。
午前中は、自分の時間がとれた。目覚めてモーツアルトを聴く。人情の機微、喜怒哀楽の心象がこんなにかわいく描かれるとは、フィガロの結婚のハイライトにしばし聞き惚れる。甘美で優雅な珠玉の傑作ピアノコンチェルト23番を聴きながらホームページをせっせと更新する。国会議員だった数年前に書いたころが、つい先日のように想起される。就任して3回の議会が終わり、すべての議案が承認された。嬉しい限りだ。やっとホームページをいじる気持ちの余裕が戻った。手入れをほとんどしていないが、薔薇が咲いている。檸檬の実が今年初めてたくさんなった。5年木である。愛犬ハチと仲良く庭をながめながらプライムタイムをすごす。
午後、公務で市内を行ったり来たり。多くの市民と顔を合わせる。
福岡県民文化祭のオープニングイベント。県知事とならんで祝辞を述べる。
経済文化局と内部協議。
秋の歌謡祭、厚生年金ホールが満杯。出演者は、セミプロばかり、来賓歌唱をしていたら、大恥をかくところだった。大月みやこさんがゲスト。ステージで花束をおくる。
ホールの存続を会主から要請される。もちろん死守したいが、一般競争入札にこだわる政府が相手。道のりは険しい。

10月7日(日)
政務で午前中は、議員時代からよく参加した自治区会の運動会や民謡の発表会などへ。
北九州国際芸術祭のイベントに。小倉出身のバイオリニストの演奏を半時間聴く。演目のバッハのドッペルコンチェルトは、僕の一番好きなバッハの傑作だが、もっと大胆な自己主張があっても、と思う。しかし、あの若さでロンテイボーコンクールの2位になった腕前。世界的な芸術家になって活躍することを願う。
九州地区の獣医師大会で挨拶。
夕方、少し、黒崎を散歩する。寂しい。カラオケ大会。市民から黒崎活性化を頼んだぞ、と声がかかる。政務で庶民的な集まりに出かけていくと、市民の本音が聞ける。自分は、議員時代から、かたぐるしくない会合が大事なことだと思っている。今夜は、黒崎地区の若手グループと焼き鳥をつまみながら、3時間をすごす。
終わって、黒崎の商店主に自宅までおくってもらう車の中で、黒崎再生についての地元の声をさらに詳しく聞く。駅北口方面を回ってみる。
人気芸能人、毒舌コメデイアンの綾小路きみまろ。本は読んでいるが、舞台は知らなかった。何事も知っておかなくてはと、ライブのテープを初めて聞く。疲れを癒しながら床に就くのにはたしかにいい。

10月6日
快晴の北九州、かつての4大工業地帯とは思えない素晴らしい青空だ。
市民体育祭の開会式へ。60余団体の入場行進に拍手をおくる。激励の挨拶。来年は、市制45周年。元気な街つくり、100万人健康つくり、スポーツの年にしたいものだ。
いくつか行事をこなして本屋に。最近売れている本や地元出身の作家の著書を買い込んで喫茶店でしばし目を通す。こんな時、時間のたつのを忘れる。黒崎の商店街をしばし歩いてみる。寂しい限りだ。しかし、考えようによっては、落ち込んだ今が再生のチャンスだ。






これ以前は、いつかまとめてアップする予定です。