6月28日(日)
日本は、むし暑い、アメリカ西海岸とは大変な違いだ。そのせいか、5時にはそっと一人で起床。
胃腸に最もやさしいと思われる紅茶をつくって、昨日、シアトルで買ったバンクライバーンのアンコール(1970年の録音)を聴く。ショパンコンクールで優勝したピアニスト、ショパンが中心だが、ドビュッシー、スクリャービンもアルバムに。珍しいのは、シューマンの作曲したリートをリストが編曲したものを弾いている。何といってもスケルツオ2番がいい。
7時半、ニュースバードを見る。TBS系のニュース専門番組で、いつチャンネルをひねってもアップデイトされたその日のニュースを聞ける。
内閣改造問題、築地市場移転問題。北朝鮮テポドンの開発映像、1万人参加の写真展、上海のマンション倒壊、ブラウン管テレビや扇風機などの経年劣化事故で政府は試用期間表示を検討、4羽のカルガモの子供が宇都宮の下水溝から救出、海のエジプト展、プリウスの生産増強など。
報道2001、太陽光発電で日本復活の特集番組。25兆円の市場。東大元総長の小宮山先生は、内閣の家計の7万円負担増に疑問の声、エコと生活の両立は可能との認識、この考えに自分も賛成である。フジテレビの世論調査、民主は自民の倍の37%、無党派は37%。
FBS、22年ぶりの解禁でマイケル初来日の密着取材を放映、続いて1998年のプライベート来日、お台場テーマパークで楽しむ彼の映像を見る。
朝ごはんをしっかり食べる。ご飯と味噌汁、塩さば、卵焼き、お新香、やはり、日本食は、最高の美味だ。ただ、塩気は外国に比べて多すぎるかもしれない。
9時半、出発、快晴。夜まで休みなくスケジュールが入っている。
部落解放同盟八幡地区協議会の第48回定期総会部落解放同盟の総会。市長に就任して初めて出席。インターネットでの差別発言の書き込みが問題になっている。差別のない社会、人権を大切にする社会をめざして努力を重ねると挨拶。
政務で八幡西区のグランドゴルフの大会へ、毎年1回、今回で18回目になる。100人を超す参加者と公園の木陰でお弁当を一緒に食べる。上津役地区からは、公園での犬の放し飼いを規制するよう陳情を受ける。ふんの始末もしないで犬を遊ばせ、近所の市民が注意しても聞かない人がふえて困っているという。産業廃棄物施設をめぐって揺れ動いた鷹見台地区の住民からは今後の対応を要請される。グランドゴルフの正規の試合が開催できるよう芝生公園の整備の検討をしてほしいなど、各地区の住民から多くのお話を聞く。
小倉の国際会議場で生涯現役夢追塾第4期生入塾式の式典で祝辞を述べる、ネットワークサロンで意欲にあふれた塾生と歓談する。
個人事務所へ立ち寄る。日高所長と打ち合わせ。
八幡で詩吟の創立30周年祝賀会へ、市内外の家元が多数出席。盛大な会合であった。1時間余で失礼する。
時差のせいか、午後になると時折、睡魔が襲ってくる。明日からびっしり公務日程が待っている。1週間分の新聞切抜きを読み出すが、長時間続かない。。
6月27日(土)
長い旅だった。日付変更線を超えて日本時間は27日に。
やっと成田に到着、飛行時間10時間余。ここで2時間ほど待つ。小汚い空港入口の喫煙室で一服、長らくすっていないので1ミリのマイルドセブンでもめまいがする。きつねうどんを貪る。
福岡空港着。チームメンバーと別れる。
到着口に待ち受けた朝日新聞記者の取材を受ける。大阪府知事提唱の政治活動への参加の意思を聞かれ、現在の心境を率直に述べる。
空港から1時間、車中で加茂野秘書課長からたくさん報告を受ける。9時15分、我が家に。きつい旅だっただけに、安堵感、疲労感がどっと吹き上げる。芋焼酎でいっぱいやって疲れを癒す。
相変わらず事件満載のニュースバード、マイケルジャクソンを特集したCNNの Legend of a Thrillerを見る。訪米中、首都ワシントンでおきた列車事故、タコマ公園近くの惨事と日本で報道されたが、これは、東海岸の出来事で、たまたま地名がそうなっている。
アメリカ社会は、インターネットが普及しているが、帰宅して、タコマ市や外国のニュースは、パソコンから簡単に検索して入手できる。Jcomでニューウェーブの最近のダイジェスト、最近の敗北は残念。
今日は、13428歩だった。
6月26日(金)
シアトルから帰国、福岡まで15時間の旅。
6時、早朝散歩のスタート、夜は明けたが、大変肌寒い。迷子にならないように、ゆっくり歩き出す。日本車が少なくない。よく茂った樹木がいい。ジャズアレイのところまできた。ジョギングをする若い人が、結構いるものだ。コンビニを探したが、結局どこにも見つからない。アメリカのコンビニに一度是非行ってみたかった。そこでタクシーに乗って、コンビニに行き、500円もするアメリカタバコを買って、ホテルまで帰る。日本のカップラーメンはなかった。万歩計では7000歩、ホテルの食事はまだなので、真向かいのスターバッグスで卵サンド4.95ドル、モカ2.85ドル、消費税10%、しかし、サンドイッチが口に合わない、コーヒーは甘すぎる。シアトルはスタバーッグス発祥の地で、本社があり、代表的なアメリカ人の庶民的な味と思うが、食はすすまない。
宿でシャワーを浴びて、隣接の小さな食堂へ。ルーズベルトホテルは、由緒あるホテルと聞くが、なぜか食事はいまいち。大きなベーコン、卵焼き、ジャガイモ、パン、コーヒーそれだけだ。ただ、フレッシュジュースとデザートのケーキがふんだんにある、典型的なアメリカンブレックファースト。宿の隣がオールドネイビー。海水浴のテーマでバーゲンをしている。
真向かいにシアトルで最も大きいという本屋 Barnes & Nobleへ。確かに広い、ジャンル別の整理が行き届いている。店員の愛想はよく、サービスもいい。ロバートシューマンの評伝を探したがなかった。しゃれたエコバッグやCDを買う。アメリカでは、エコバッグがお店ごとにデザインが工夫されている。クラシック音楽のコーナーでは、Cliburnのアンコールアルバム。懐かしい演奏家だ。辻井さんの受賞で再び有名になった。愛聴しているアシュケナージやルービンシュタインの感性からすると、どこか甘美に思える。日本でもそうだが、シューマンはほとんどない、やっと森の情景作品82を見つける。50を過ぎてから好きになった曲だ。蝶々、シューベルトの即興曲作品90のカップリング。ロシア人のJegorovの演奏。ジャズのコーナーでは、BenoitとElla$Louis。ジャケットの絵が素晴らしい。時折、小倉のHMVで物色しているが、日本でもジャズのアルバムは多数出ていて、あまり遜色がない。
11時、いよいよホテルをバスで出発。空は晴れてきた。道路はすいている、20分ほどで空港へ着く。トヨタのプリウスの大きなPR看板が見えてくる。ブッシュ政権が京都議定書を離脱したとき、シアトル市は独自に賛同したのだった。マスクをしている人はまったく見かけない。ユナイテッド航空で一路成田へ。商工会議所専務の波多野専務と隣り合わせ。イヤホーンで音楽を聴こうと思ったが、ジェット機のエンジン音でよく聴けない。手ごろなヘッドフォンの携帯が旅には必要と痛感した。外国滞在で食事が変わり、時差も加わると胃腸はどうしても疲弊する。食欲も落ちる。とにかく機内ではよく眠ることにした。
6月25日(木)
シアトル市に移動、終日滞在。シアトル貿易開発協議会のビル・スタッフォードさんにお会いできるのが楽しみだ。
7時前にムラノホテルを出発。海外旅行で一番大変なのは、出発の朝、荷物を上手にかばんに入れること、早朝散歩の余裕はない。このホテルの長所は、6時半から食事ができること。大きなオムレツ、2人前は十分あるボリューム、ジャガイモ、パン、フレッシュジュース、コーヒー。日本人の多くは、食事を残すことはもったいない、と感じる、自分も大変気になる。しかし、全部食べると、あまりのボリュームにどっと旅の疲労が噴出して椅子に座ったままあやうく熟睡しそうになる。アメリカ人の胃袋は、すごいものだ。
バスに乗り込んで走り出すと、タコマ富士の裾野がはるかに見える。道路は心配していたほど渋滞していなかった。複数の乗客がいる自動車は、専用のレーンを走れる。まもなくシアトル空港を通り過ぎて左手にボーイングの巨大な工場が見えてくる。50分後には、シアトル市内へ。
2年ぶりのシアトル、映画「Sleepless in Seatle めぐりあえて」の舞台となった。トムハンクス、メグライアンの主演でヒットした作品。映画のとおり、市内随所に憩いの空間があり、煙突のある工場はほとんどなく、港湾が栄え、ITなど世界的な企業の本社が集積し、整然とした街並みをながめていると、全米で最も住みやすい都市ベスト10にランクされるのがうなずける。樹木は豊かで歩道もゆったりしている。
8時前に、シアトル地区商工会館へ到着。2年ぶりの訪問だ。エントランスの出口でしか喫煙できなかったので、エントランス一帯の風景はよく覚えている。何人かのアメリカ人とそっと紫煙をくゆらせる。
私がシアトル政財界のVIPと敬意を表しているビルスタッフォードさんに面会する。たしか4回目になる。シアトル市の副市長を長年勤め、現在は貿易開発協議会のリーダーで、シアトル政財界に精通している。初対面は、2007年5月、グレーターシアトルの政財界人の訪問団として来北したとき。一行を歓迎する門司港ホテルでの会合だった。マイクロソフトやボーイングなどの首脳が多数参加した夕食会が始まる前に、
10分ほど北九州市のプレゼンをしたが、そのあとの夕食会で名刺を交換した。
次に、2007年11月、私がタコマ市の訪問時にシアトルの事務所に訪ねた。北九州市内企業のビジネスチャンスについて1時間ご教示をいただく。
2009年4月にビルが、日本を訪問した際、北九州市役所に立ち寄っていただいた。今回の我々の受け入れの打ち合わせのためである。
そして今回の訪問。夜の日本総領事館主催のパーティーでは、夫人同伴で参加された。日本の温泉とならんで北九州のエコの取り組みがいいと、いつもアメリカ人社会で本市を宣伝していただいている。
さて、スタッフォードさんの助言によるプログラムの1番は、シアトル恒例の貿易、環境ビジネスセミナーの場で、市長及び市内企業のプレゼンのチャンスをつくっていただいた。出勤前のシアトル企業人向けのビジネスプロモーションの場である。
ここでエコビジネスのプレゼンテーション。まず、自分から慣れない英語で半時間ほど、北九州市の環境産業振興について説明する。無事終了、肩の荷がやっとおりる。
続いて、現地で合流した北九州環境ビジネス推進会(KICS)の中野さん、北九州テクノリサーチ、エコタウン事務所長の佐藤さん、福岡大学資源循環研究所の中野教授から15分づつプレゼン。
プログラムの2番は、シアトル、キング州地域の経済発展に貢献しているエンタープライズ・シアトルのゲリットソンさんとの意見交換、協議。高価値の企業の創設、誘致にたずさわり、環境技術の無料情報提供もおこなっている。アメリカにおけるエコビジネスの現状、日本企業のビジネスチャンスなどについて有益な示唆を得る。2007年に設立されたクリーンテクノロジーアライアンスという環境技術に特化したワシントン州のビジネス団体の動きについて詳しく情報提供を受ける。本市には、同じような仕事をしている北九州貿易投資ワンストップサービスセンターがあり、日米の経済交流の連携がとれることを期待している。
プログラムの3番は、エコビジネスで躍進するマッキンストリー社の訪問。
オバマ大統領が候補時代、選挙キャンペーンで訪問し、学校やオフィスビルの省エネ化に成果を挙げたファシリティマネジメントの企業戦略を激賞して、一躍全米に勇名をはせた企業だ。オバマさんは、マッキンストリー社のような会社を国のモデルにしたいと述べた。
11時すぎに2階建てのマッキンストリー社へ着く。成功をおさめているが、高層ビルではない。築地の工業団地のような一角に、工場と併設している。菅工事などビル建設の中小企業で父の代に創業したが、エコによる省エネ、コストダウンに着目して成果を着実に上げ、今や全米の公共施設のビル管理、省エネ化にとりくむ大企業に発展している。会社概要、企業戦略を社長の兄弟の副社長はじめ首脳陣から聞く。
トップが明るいと、社員の表情がこうも明るいのか、自分の第一印象である。会社隆盛のポイントは、社風の明るさだと感じる。サンドイッチと水のワーキングランチョンで質疑を続ける。社内見学。設計現場、食堂、社員用のスポーツ施設、快適なくつろぎの空間、屋上のゴルフ練習場、会社内を隅々まで案内していただく。2時間はあっというまに過ぎる。
プログラムの4番はワシントン大学の訪問。
これほど大きく立派な大学は初めてである。図書館も巨大。キャンパスの広さは、日本では考えられないほどだ。ワシントン大学環境カレッジを訪問したのは、今朝プレゼンをした専門家3人も一緒に環境に関する研究状況を聞くためだ。学長、数人の教授と1時間ほど意見を交換する。国のリサーチ予算は、国防関連の研究をしているジョンホプキンス大学には及ばないが、何と全米2位である。ワシントン大学に対する認識を一新する。著名なMITやハーバードよりリサーチ予算が多いのである。自分から環境に関連して北九州市学術研究機関とワシントン大学との間で研究者の交流を要請する。
16時、シアトル市役所へ。シアトル市議会議長のコンリンさんに佐々木議長と表敬訪問。シアトルは、全市が同一選挙区で9人の市会議員が選ばれる。日本に比べて、議員の数は、極端に少ない。議長は、次の有力な市長候補のようだ。佐々木議長から訪問団を代表して挨拶する。自分からは、世界の環境首都をめざす北九州市とシアトル市との交流強化を期待していると述べる。コンリン議長は、2年前、グレーターシアトルの訪問団に参加して北九州市を訪問し、エコタウンや学研都市を視察している。市議会の応接間には、日本各地のお人形が飾られている。市議会を視察する。
18時過ぎ、在シアトル日本総領事館へ。
難波総領事のご高配によって、総領事館と北九州市の共催で北九州シテイプロモーションのチャンスをつくっていただいた。
多くの参加者を前に自分から挨拶と環境戦略でのシアトル・北九州連携について英語でプレゼンを10分、レセプション方式で参加者は立っていると事前に聞いたので、半分に内容を要約する。その準備に、移動中おおわらわだった。そのあと乾杯して楽しいレセプションに。今日は昼間、シアトルマリナーズの試合があって、イチローが大活躍したと聞いた。イチロー、ジョージマのおかげで、シアトルの対日感情はすこぶる良好だと察する。イチロー様々である。シャボン玉石けんのアトラクションがあり、エコタウンの概要、北九州投資環境などのパンフを配布した。ビルスタッフォードさんにお礼を申し上げる。在シアトルの日本人企業経営者に挨拶する。英語に堪能な北九州市エコタウン所長からエコタウンのプレゼンも加わった。タコマ市の姉妹都市委員会のメンバーも一緒だった。マスコミの取材を受ける。総領事館のあたたかいご配慮に深謝してバスに乗り込む。
途中で高級住宅街のある高台の公園から夕暮れのシアトル市内と湾をながめる。白夜のシアトル、何と美しい街だろうか。この街から、スターバッグスがおこり、ここで素敵な映画ロケがおこなわれ、ビルゲイツがマイクロソフト社をおこした。
ホテル横の小さな食堂で福岡県庁のサンフランシスコ事務所、北九州チームの若手スタッフの合同懇談会に参加。アメリカには、日本の焼酎がないので、持参したワンカップの芋焼酎でぐいっといく。30数年、酒をたしなんでいるが、自分には、やはりこれが一番だ。すべての日程を終了した。今夜は、ここちよい眠りにつける。
6月24日(水)
ワシントン州タコマ市に終日滞在。
4時には目が覚める。外は真っ暗。12階の窓をあけると肌寒い風が吹きこんでくる、16度だ。早朝散歩に出かける。
交差点には、黒色の鉄製のベンチがある、年長者にはありがたい配慮だ。小型のごみ清掃車が車道をゆっくりとクリーンアップ、運転手からおはようと声をかけられる。街にはごみがまったく落ちていない。通りのあちこちに黒色の大きなゴミ箱が置いてある。日本よりもやや大きな清掃車が、こんな早朝なのに回ってきた。5時、空が次第に明るくなる。かもめが飛んでいる。6時、空は透き通るような青さ、白い雲のコントラスト、ガーシュウィンのラプソディーインブルーをふと思い出す。アメリカの空の青さにはいつも感動する。高台にあるダウンタウンから見下ろせるThea Foss Water Bayの波は、鏡のように静かである。
路面電車LRTに乗ってみる。実に快適、グリーンが基調のきれいな車体、バリアフリーの配慮、乗務員らしき女性に料金を聞くと、笑顔で無料と。Convenntion Centerから終点のTheaterで降りてスクウエアを散策、歩き出す。Domeまでの短い距離だが、LRTは実に魅力的な公共交通機関だ。ファーストフードのコーヒーショップがあいている。カプチーノを注文してテイクアウト、公園や橋のたもとで、またベンチに腰掛けたりして苦みばしったカプチーノをちびちやる。商店街では、不況のせいか、空き店舗がめだつ。
街路樹は、本当に素晴らしい。街中に、噴水や水の流れをモダンアートのデザインでうまく演出したスポットがあり、2箇所でしばしたたずむ。タコマ市は、モダンアート、とくにガラス工芸で有名な都市であることを実感する。かつてのCITY HALLやCUSTOM,COURTなど実に美しい建築だ。門司港レトロのように、整備が期待される古い建築が他にも残っている。緑色の屋根のクラシックな建物が見える、ここが、日本のかつての領事館である。のちに現在のシアトル市に移った。東海岸北部は、タコマから拓けた歴史を持つ。タコマとは、水源の意味。19世紀末の古い建物をいくつか整備して、大切に活用している。
7時には、シアトルに向かう車列が、フリーウェイだが自動車専用の大通りを疾走していく。日が昇ってきた。現在修理中の橋に出る。垂直に橋の中央部が船の往来に合わせて上下する仕組みの珍しい橋梁だ。
思い立ってタクシーに乗り、タコマ港を見学に行く、1950年竣工のつり橋ナローズブリッジを通っていく。とにかくバックヤードが大きい。安全管理の規則で車を降りられなかったが、車窓からたくましいタコマ港の息吹を感じとる。
7000歩の早朝散歩は無事終わる。この間、街中で見かけた灰皿は2箇所しかなかった。前回の訪問時に比べて、アメリカの禁煙社会化はさらにすすんだようだ。歩きタバコは、まず見かけない。
早朝散歩を楽しんでいた頃、本市国際交流課の上田課長、碇係長は、シアトル空港へ飛んでいってついに訪問団全員のバッグをゲットし、ムラノホテルにとってかえした。涙ぐましいスタッフの頑張りで、朝、ひげをそれた。
ひときわ高い古いビルのCITY HALL市庁舎に訪問。人口20万人、127平方キロ、4度から18度の気温、市花はスイセン。
バーズマ市長の執務室へ。ガラスの窓から市内が一望できる。民間ビルを買い取っている。バルコニーに出てみんなで写真を撮る。今日は、快晴の好天。50周年を契機にさらに友好を深めたいと挨拶する。
アーバン・ウォーター・プロジェクトの概要説明が市庁舎であった。
タコマ市が最近起工した省エネのアイデアを散りばめたエコビルの説明を受ける。来年春の完成予定。市長の思い入れが、相当に大きいと思う。このあと、ウォータープロジェクトの現地視察に出かけたのである。猛暑の中、ヘルメット、安全作業服を着て、かんかん照りの建設現場に。バーズマ市長から直に説明を受ける。
11時過ぎ、大きなフェリーPoint Ruston Ferryに乗って、湾を周遊する。このフェリーは、通勤用でかつて使われていた。姉妹都市交流に関わった20人くらいのアメリカ人も一緒に乗り込む。船中でサンドイッチ、コーヒーの昼食。バーズマ市長から、ウォーターフロント開発のビッグプロジェクトの将来構想を直に説明を受ける。金属精錬工場のあった一帯を地盤改良し、住宅街を建設するという。あちこちに、蟹のしかけが見える。潮は引いている。ポイントディファイアンス公園は美しい。この岸辺で、北九州市の高校生たちがバーベキューを楽しんだところだ。鉄道が湾ぞいに走っている。たまたま貨物列車が通りかかった。とにかく長い、一体何十両編成だろうか。通り雨だろうか、風も強くなる。海軍の大きな艦船が停泊している。停泊地近隣の住民は、他にいい場所はないのか、と言っているらしい。ヨットやプレジャーボートがたくさん港に係留されている。波はほとんどなく、鏡のようである。ヨットが湾をゆっくりと進む姿は、一幅の絵のようで実に素晴らしい。
14時半、記念植樹式。
ダウンタウンの中心部できれいに整備され、日本の花が植えられたミニ公園が会場。植樹の式典会場から100メートルくらい先に市庁舎がそびえている。snow bellをバーズマ市長、佐々木議長と一緒に植樹する。前のビルのオーナーも参加。アメリカでは、公有地でも植樹の際は近隣住民の了解をきちんととるという。集まった市民の方々と会話する。非核平和運動の活動家と握手する。アメリカ人女性から厄を払い幸運をまねくインディアンの伝統的な工芸品をプレゼントされる。次の市長選では、選対事務所に飾ります、と言ったら、大いにうけた。帰国して登庁し、真っ先に市長執務室に大事に飾っている。
タコマ市の街路樹、樹木管理担当の若い女性職員から感想を聞かれ、wonderful,fantastic,charming,知っている言葉を連発する。前回訪問した時、色づいた晩秋のメイプル(楓)の街路樹は、最高に美しかった、落葉の管理はコストがかかるが、それをいとわず景観を大切にしているタコマ市に敬意を表する、と述べると、常緑樹の管理にもコストは同じようにかかるので、とこたえた。姉妹都市委員会の女性の会長のテリーさんが、5年後、みんなここで再会しましょうと、閉めの挨拶で述べた。
当方の希望でタコマアートミュージアムへ立ち寄る。
ルノアールが2点あるが、ほとんどがモダンアートで、建築、デコレーションも斬新である。painting,glassのNEDDY ARATIST FELLOWSHIPが開催中。ここでタコマ出身の著名なアーテイストDale Chihulyの作品を見る。彼の活躍でタコマはガラス工芸の街として知られるようになった。バーズマ市長夫人もガラス工芸にとりくみ、2年前訪米の際、市長からプレゼントされた彼女の作品は市長室に飾ってある。ガラス工芸品、モダンアートでタコマは有名であり、注目されている。
17時半、コンベンションセンターでセレモニーが始まる。まずホールの入り口前で、ウェルカムドリンク方式でパーティーが始まる。ウェスタンの生バンドが雰囲気を盛り上げる。姉妹都市関係の市民が多数集まってくる。北九州のほか青森や神戸など日本の各地方に縁のある日系人、日本に留学や旅行をしたことのあるアメリカ人も。2年前、日本庭園の開園セレモニーで訪米したときお世話になったタコマコミュニティカレッジの学長さんに挨拶する。今回、訪問する予定だったが、飛行機が遅れ、かなわなかった。枯山水の日本庭園は、アメリカ人に愛されているだろうか。
ホールは、着席のディナー方式。日本の結婚披露宴のように、テーブルを回ってお酒を注いだり、歓談する人はいない。歓談のために、あらかじめウェルカムドリンクが用意されているという。
アンダーソンさんの司会進行でバーズマ市長、テリースパック姉妹都市委員会会長、難波在シアトル日本総領事、佐々木議長に続いて
一言、挨拶。その趣旨は、次の通り。
「 タコマ市と北九州市の姉妹都市提携50周年の式典にあたり、ビル・バースマ市長、ご臨席の皆様方、そしてタコマ市民の皆様の半世紀にわたる友情に、北九州市を代表して厚くお礼を申し上げます。
姉妹都市の制度は、このアメリカの地から提唱され広がりました。基本理念は、people- to-people すなわち人と人との交流です。国と国との関係では、時として対立することや取り組みに時間を要することがあります。しかし、私たちのような都市と都市との交流、すなわち人と人との交流では、お互いに理解を深め異なる部分も認めあい、出来るところから交流を始めることができるというメリットがあります。
タコマ市は、20世紀初頭には、多くの日本人が移民として渡った地域です。彼らは米国市民としてこの町の発展に貢献したと伺っています。また、北九州市との姉妹都市交流においても彼ら日系米国市民の功績を忘れてはなりません。そのような歴史の中で、タコマ市と北九州市は、この50年の間に、まさにpeople-to-peopleの交流を積み重ねてまいりました。
例えばタコマ市と北九州市の高校生による親善野球試合の相互開催、バースマ市長の卒業されたスタジアム高校と北九州市立高校の学生交換留学、タコマコミュニティカレッジと北九州市立大学との交流協定、タコマ港と北九州港との姉妹港提携など、さまざまな分野の交流により、多くの市民が互いの市への理解を深めてきました。
これらの交流を支えてこられた先人たち、そして今現在、両市の交流の架け橋としてご尽力されている方々など多くの方々の力の結集により本日の式典を迎えることができました。皆様の努力と熱意に深く敬意を表しますととともに、私自身この交流を将来の世代につなぐ役割を担う一人として、責任を感じております。
今年50周年を迎えますが、今日は新たな50年のスタート地点であると考えております。
私たちの市が、半世紀の交流を基礎として、これからもお互いに学びあい、さらに友情を深めることで、両市の発展に寄与し、そしてアメリカと日本、さらには世界に貢献できるよう、共に手を携えてまいりましょう。」
続いて、姉妹都市交流に功労のある3人をステージで表彰する。半世紀もの間、姉妹都市交流を支援してきたシルビア・サスさん、昨年亡くなった日系社会の中心メンバーで交流を支えてきた故ジョセフコーサイさん、代わりに夫人がSister-City
Awardの表彰盾を受け取った。そして日米高校親善野球のアンダーソンさん。
公式行事が終わったあと、日系のお店「歌舞伎」へ出かける。ご主人のジョセフコーサイさんは奥さんと30数年、タコマ市でこの日本レストランを経営しており、北九州市との姉妹都市交流のお世話役の中心メンバーだった。昨年、亡くなられた。追悼の思いをこめて、歌舞伎で訪問団の懇親会をおこなう。刺身やお寿司がメニューにある日本食レストランである。ホテルに戻る。モダンアートに慣れてきたせいか、ホテルの調度品が雰囲気にマッチしていると思う。
タコマを今日は、14000歩、歩いたので、ぐっすり休める。
6月23日(火)
ノーフォーク市からシカゴを経由してタコマ市へ移動する1日。
時差の影響か、夜中の3時すぎには、もう目が覚める。部屋のインターネットランの接続にトライする。ホテルに一日6ドルの料金をチェックアウト清算する仕組み。高速ランの通信環境は実に快適で、愛用のモバイルパソコンのバッテリーは外国電圧に対応可であったが、プラグが机上にあり、机の上は、旅先なのに小倉の自分の仕事部屋より快適である。市役所からおくってもらった音声ファイル、ボリュームが大きいので全部で13に分割したメールを受信、順に再生してみる。ばっちりうまくいった。シアトルでの企業人向けのプレゼンテーションの原稿だ。半時間のボリュームがある。出発直前まで原稿を手直ししていた。本市のスタッフであるバレットさんのネイティブイングリッシュを夜が明けるまで、聞きなおす。持参した梅干、おかきをかじりながら煎茶でリラックスする。5時半、夜明けだ。鳥のさえずり、突然、ヘリコプターが対岸の上空を旋回し始めた。
朝6時半すぎに朝食、うれしいことに、ノーフォーク市のご配慮で別室の食堂にご飯の炊飯器と味噌汁、納豆など日本食が用意されている。アメリカ産米のおいしいこと。価格を考えると、日本農業にとっては衝撃である。チェックアウトに際し、コンピュータの不都合が発生、会計に手間取る。8時前には宿を出発。濱田先生のお弟子さんたちが見送りに来ていただいている。荷物を持ってもらう。お弟子さんには学校の教師が多い、社会人で、濱田先生が教鞭をとる大学内につくった武道教室で習っているお弟子さんたちだ。バスでノーフォーク空港へ向かう。道路はすいている。15分で到着、チェックインも順調、いよいよ濱田先生ご夫妻、お弟子さんたちと別れを告げる。ご一門の身に余るご歓待に心から感謝したい。
9時38分発シカゴ行きのユナイテッド航空のゲートへ。
ところが、またもやトラブルの発生。機材が到着していない、この時点で2時間以上遅れる見込み、これではシカゴからシアトル行きの飛行機に間に合わない、代わりを探すが、混んでいて予約がなかなかとれない。昨夜に続いてまたも。こじんまりしたターミナル、チェックインしたらどこにも出れない。今夜は、タコマ北九州姉妹都市委員会による歓迎レセプションが予定されているが、一体シアトル・タコマ空港には何時に着くのだろうか。
情けないが、ひたすら待つしかない。スターバックスで時間をすごすことに。巨大なサンドイッチ、巨大なシーザーサラダ、ラテン音楽ががんがん鳴りっぱなし。シーザーサラダはアメリカ人お好みのメニューだ。CAESAR SALAD、チーズ、クルトン、アンチョビなどを混ぜた野菜サラダだが、不思議なとりあわせだ。コースの最初に出てきて、黙々と、どこか勉強しているように食べる。デザートは、何と大きなケーキやアイスクリームだろうか、子供だけではない、大人も楽しそうに、幸せをかみしめるようにデザートを楽しむのである。
シアトル財界人向けのプレゼンテーションの原稿をチェック、バレットさんのネィティブイングリッシュの発音を繰り返し聞く。イントネーション、間合い、アクセントを体感する。アメリカ人を相手にはたして通じるだろうか、不安をかき消すようにヒアリングを繰り返す。スモールサイズのコーヒーを注文したが、アメリカでは、日本の大カップになるらしい。焙煎、風味は、日本のお店と同じだと感じる。アメリカの街中のコーヒースタンドでは、豆と一緒にお湯をいれてこすので独特な脂がうすく混じり、日本人には好みが分かれる。スターバッグスの味は、今やグローバルスタンダードだろうか。
やっと飛行機が到着し、2時間おくれで出発する。シカゴまで2時間のフライト。濱田夫人手づくり、差し入れのおにぎり弁当をほおばる、実においしい、怒りやストレスがこれで幾分おさまる。機内で携帯パソコンの囲碁を楽しむ、9目半の圧勝。
シカゴ空港は、大きい。人がたくさん、でも誰一人マスクをかけていない。待合ロビーで時間をつぶしていると、アメリカは人種の坩堝と言う言葉を思い出す。アメリカ人は、よく食べる。アイスクリームや大きなハンバーガー、視界に入る3,4人に一人は、悪いがもう半端なメタボではない。特定健康指導も手遅れだ。健康のために禁煙社会にしたというが、食生活の改善のほうが先ではないだろうか。
シカゴ空港ターミナルの外へしばし出る、気温はみるみる測定可能最高気温の34度に。入り口には次の注意書きがガラスドアに。
NO SMOKING IN BUILDING
CHICAGO MUNICIPAL CODE 7-32-400
NO SMOKING WITHIN 15 FEET OF ENTRANCE
CODE 7-32-070
VIORATORS SUBJECT TO $100 FINE
喫煙100ドルの科料を市の条例で決めている。
アラスカ航空の切符がようやく確保できた。シカゴ空港での待機は3時間に。1列6人がけの満員の飛行機でうとうとしながら、長い行程だ。シアトル空港まで5時間弱。アメリカ大陸を東西にまたいでやっと着いた。すっきりしたレイアウトで3,4分で出口に出れるのは良かったが、何とあずけたバッグが出てこない、どうやら別便で来るらしい。40分ほど待ったがらちがあかない、パーティーの準備をして待っているタコマ市姉妹委員会の皆さんのことを思うと気が気でない。そこで先を急ぐことに。
高校生の日米親善野球のお世話をながらくしてきたトニーアンダーソンさんが出迎えに。彼の運転で大きなワゴン車に乗り込んだ一行は、一路タコマ市内へ。16マイル、25キロの行程、通勤時間は過ぎており、渋滞していないので約20分で市内へ。実に美しい街だ。
2年ぶりの訪問になる。前回は、成田を昼に発ち、10時間眠れぬところでシアトルに明け方に到着、まっすぐ北上してボーイングの最新鋭の巨大なエバレット工場を視察した、とにかく眠くてどうにもならない。街並みを見ようにもまぶたが開かない。前回の訪米は、終始、時差、睡魔との戦いだった。
氷河に覆われたレーニア山、通称タコマ富士がさいわい彼方に見えてきた。ラッキーである。トニーは、ワゴンの助手席に座るよう勧めてくれた。座席が高いので、景色が良く見える。今回は、目がしっかりあいている。片道4車線、時速制限60マイル(1マイルは1.6キロ)の幹線道路を走る。道路の両サイドは、騒音、排気ガスから街並みを守るように背の高い針葉樹が整備されている。見事な樹林地帯。タコマ市に近づくと樹林が切れ、道路沿いに開発された地区を通る。カジノの大きな看板がある。地元原住民の産業振興で認められ、ショービジネスも盛んになっているという。
緯度が高く、白夜のタコマ市内へ。
閑静な歴史地区の住宅街に。通りは広く、街路樹の茂りは申し分ない。タコマが製材業と貿易の拠点として栄えはじめた1888年に建築された2階建ての瀟洒な一軒家。デビー・ビンガム家のホームパーティーで歓迎していただく。イメージとしては、100年後の八幡東区高見地区、兵庫県芦屋市の山の手だろうか。デビーさんは、神戸市の私立高等学校に留学していた知日派。市の職員で姉妹都市交流を担当している。神戸市は、タコマのお隣のシアトル市の姉妹都市である。
北九州との姉妹都市委員会のテリー会長は、芦屋市の学校で教鞭をとったことのある女性、阪神地区の思い出話を若干する。タコマ市の姉妹都市委員会の皆さんは、2時間以上も待たされたのに、笑顔と拍手で迎えてくれた。謝辞を北九州国際交流協会の高木理事長がユーモアを交えて述べる。歓迎の横断幕が部屋に飾られている。かわいいお子さんの写真が部屋に飾られている。高齢だが、実に若々しいシルビアさんは、アイゼンハウアー大統領のころ、姉妹都市をつくる政府の考えに共鳴し、半世紀の間、交流に努めてきた功労者である。長いすに座って歓談する。楽しい、心に残るホームパーティーだった。愛犬は、お客様のいる間は、2階で大人しくしている。庭には、バーベキューの立派なセットがあり、芝生が美しく手入れされている。
パーティーが終わり、ムラノホテルへ。モダンアートのコンセプトで建築され、内装も完璧にモダンアートにこだわりを見せる極めてユニークなホテル。フロアごとに異なるアーテイストの作品がいたるところに展示されている。自分のフロアは、コビという女流作家の作品が飾られている。部屋の内装もモダンアートの意匠が散りばめられている。タコマ市は、ガラス工芸のモダンアートで有名な街である。
今日は、7700歩。バッグと飛行機を待ちくたびれた一日、こんなアクシデント続きは初めてだ。バッグはまだ届いていない、朝、ノーフォークを出てタコマまで14時間の旅。靴を履いたまま、バタンキュー。
6月22日(月)
ノーフォーク市に終日滞在。姉妹都市交流の1日。
空が白んできた。太陽は左手から昇ってくる。関門海峡のように大きなエリザベス河のウオーターフロントに面したホテル、河の対岸には大きな船を修理建造する巨大な造船所が見える。6階の窓から視界に入る煙突は1本のみ、200メートル左手に橋がかかる、産業用トラックが夜中も走っていた、道路が余りよくないのか、タイヤが古いのか、若戸大橋の坂を登るときもこんなんだろうか、道路とタイヤがきしむ音は、あたりが静かなところだけに気になる。時差のせいか、早朝に目覚め、スニーカをはいて散歩に出発。ノーフォーク市のシンボルと言えば、マーメイド(人魚)。モニュメント彫刻が随所に見られる。スニーカは、次第に足になじんでくる。
このあたりは、18世紀末、イギリス海軍の艦砲射撃によって焼け野原になったところ。史跡を伝える掲示板が建てられている。200年以上にわたる鎖国から日本が世界に開かれるきっかけとなったペリー提督の艦隊はノーフォークから出港した。昔も今も海軍の拠点である。
かわいいリスが走り回り、小さな赤い花弁のバラが咲き乱れている。倉庫が移転した場所には no trespassing(不法侵入禁止)の張り紙が。この表示は、アメリカ滞在中、街中で多数見られた。不況の影響か、再開発が中断している感じだ。もう少し行くと野球場がある、当地のチームは、3Aクラスと聞いた。青いラベンダーがところどころ河畔に群生しているが、背丈は高い。散歩中の年長の人やジョギングで汗をかく若い女性、運転中のドライバーとすれちがうと、向こうからハイ、と声をかけてくる。知らない人だと、むすっとして目もあわせない現代の平均的な日本人とは異なる。ウォーターフロントは20数年前に着手され、木造の桟橋はかなり古くなっている。ホテルの横にはレストランやショップの入った2階建ての大きなビルがあり、営業はやや苦戦しているようだが、フェリーの観光船がここから出ている。4000歩の散歩が終わって、ホテルに。ホテルの1階のトレーニングジムは、早朝から満員お礼のにぎわい。散歩のおかげで朝食はおいしいが、時差のせいか、少食に。本場のアメリカンコーヒーは、砂糖ミルクをいれないのに、甘く感じる。昨夜遅く出迎えてくれた濱田先生の門下生の皆さんが、朝早くからホテルに来られて何かと世話をしていただき、恐縮する。
団は、出発、すぐ近くのノーフォーク市庁舎を訪問し、ノーフォーク市長ら市首脳陣に挨拶する。応接間には、日米両国の大きな国旗に並んで両市のシンボルの旗が掲げられている。北九州市のシンボルマークの入った旗は、本市から贈ったものだろうか。こうした配慮にアメリカ人の社交性を感じる。
2期目のポールフレイム市長には、50周年を契機に、両市の友好をさらに深めていきたいと述べる。
旧門司市からおくられ、姉妹都市締結のきっかけとなった風師人形に対面する。何という艶やかさ、ういういしさ。部屋の中は、しーんと静まり返った。全員が人形の少女の色あせぬ美しさにしばし見とれる。日本の人形でこれほど魅力的なものは初めてである。次に、50年前、旧門司市にそのコピーを贈られたroyal mace(王の杖)の本物も見せていただく。佐々木議長と一緒にポールフレイム市長から、両市の友情の印にロイヤルメイスのコピーをいただく。
市庁舎を出て、ノーフォーク港の視察に出かける。
1時間ほど高速の船でエリザベス河を周遊する。1戸数千万円の高級マンション、レンガ造り、瀟洒な建物が桟橋近くにある。ノーフォーク市の経済の3分の1は、海軍に負うており、金融不況の影響は比較的少ないと聞いた。
イラク戦争でトマホークを発射した戦艦ウィスコンシンは、退役し現在観光用で係留されている。そのすぐそばを我々を乗せた船はすすんでいく。まもなく右手に河に面した石炭の積み出し桟橋が見えてくる。そのスケールは大きい、河だが水深は15メートル、トラックで2時間くらい内陸部から掘り出して搬送している。河沿いの廃棄物処分場は、9ホールのゴルフ場に再利用されている。工場は市内にほとんどなく、アメリカ海軍の基地がある。軍艦がたくさん係留されているところに来た。航空母艦や潜水艦は出航しているようだが、数多くの艦船が停泊している。はるばるテキサスから石油のパイプラインを引いてきてエネルギー動力源としている。海底トンネル2本で両岸を接続しているが、爆撃されても海軍基地の機能を阻害されないためという。ノーフォークは、アメリカ海軍の最大の拠点である。
対岸に綺麗な低層のビルが見える。病院で、イラク戦争の負傷兵などがここで治療している。電力は、発電所を市内に持たず、原子力発電所が近隣都市にあるという。浚渫した土砂でコンテナ港湾の建設に着手しているが、その建設規模は、北九州空港に優るとも劣らない。
昼食会。
フレイム市長の挨拶に続いて早速、歴代市長や姉妹都市交流に功績のあるアメリカ政財界人と一緒に食事をする。私は、市長と前市長の前に座る。やや緊張したせいか、シーザーサラダのほかに何を食べたか、記憶にない。朝鮮半島の話題が出された。どう思うかと聞かれ、率直に所見を述べる。また、オバマ政権への期待を当方から述べる。とくにグリーンニューディールの成功を祈る、北九州市は、環境モデル都市として頑張っていることを強調する。アメリカ経済の再生の見通しについては、悲観的な見解はまったくアメリカ人から聞かれなかった。
7月に訪日するノーフォーク市長とタコマ市長と3人で地球環境問題のパネルディスカッションをおこなう予定だ。
マッカーサー記念館を視察。
全米で唯一、この記念館にマッカサーの遺品が保管されている。ノーフォークは、元帥の母の生地で、彼はここで亡くなっている。マッカーサースクウェアという公園の中のクラシックな旧裁判所の建物を記念館にしている。門司区役所のようなレトロ調の建築を大事に活用している。退役した元大佐が、情熱的に彼の歩みを雄弁に説明する。愛用した大きなパイプや手紙、家族の写真、戦艦ミズーリで日本代表がサインした降伏文書や日本進駐時代に乗っていたクライスラーのリムジンも展示されている。戦後、アメリカ大統領選に出馬する準備を始めるが、そのときのマッカーサー陣営の小さな薄い鉄製のシンボルバッジを記念にいただく。
MacARTHUR FOR AMERICA 1948 と書かれている。
クライスラー美術館を視察。
古代、クラシック、ロマン派からモダンアートまで実に多彩な作品を惜しげもなく展示している。休館日を特別にあけていただいた。
町の中心部は、広範囲にわたって電線が地中化されている、車で10分くらい高速で飛ばして郊外に出ると、おなじみの電線がたくさん見える。ダウンタウンから10分ほどで右手に池や森林が見えてくる。この植物公園の規模は、若松のグリーンパークくらい。ここに記念行事の会場が設定されている。
ノーフォーク市姉妹都市提携50周年記念式典。
風光明媚な植物公園のホールでおこなわれる。多数の知日派のアメリカ人、日系人、下院議員が100人くらい参加、拍手で出迎えていただく。ポールフレイム市長に続いて、
英語で一言祝辞を述べる。その趣旨は、次の通り。
「 ノーフォーク市と北九州市の姉妹都市提携50周年記念式典にあたり、ポール・D・フレイム市長、ご臨席の皆様方、そしてノーフォーク市民の皆様の半世紀にわたる友情に、北九州市を代表して厚くお礼を申し上げます。
姉妹都市の制度は、このアメリカの地から提唱され広がりました。基本理念は、people-to-people すなわち人と人との交流です。
国と国との関係では、時として対立することや取り組みに時間を要することがあります。しかし、私たちのような都市と都市との交流、すなわち人と人との交流では、お互いに理解を深め異なる部分も認めあい、出来るところから交流を始めることができるというメリットがあります。
両市の交流は、門司の風師人形がご縁で、ノーフォーク市長が市の象徴であるロイヤルメイスの複製とメッセージを送ったことから始まりました。
このように深い縁のあるノーフォーク市と北九州市は、この50年の間にまさにpeople-to-peopleの交流を積み重ねてまいりました。
例えば、オールドドミニオン大学と本市の北九州市立大学では、国際交流提携を結んで既に20年以上が経ち、教員交流や交換留学などが活発に行われてまいりました。また、モーリー高校と本市の門司学園高校では美術交流・文化交流が行われるなど、教育・文化などさまざまな分野の交流により、多くの市民が互いの市への理解を深めてきました。 これらの交流を支えてこられた先人たち、そして今現在、両市の交流の架け橋としてご尽力されている方々など多くの方々の力の結集により本日の式典を迎えることができました。皆様の努力と熱意に深く敬意を表しますとともに、私自身この交流を将来の世代につなぐ役割を担う一人として、責任を感じております。
今年50周年を迎えますが、今日は新たな50年の歴史のスタート地点であると考えております。
私たちの市が、半世紀の交流を礎として、これからもお互いに学びあい、さらに友情を深めることで、両市の発展に寄与し、そしてアメリカと日本、さらには世界に貢献できるよう、共に手を携えてまいりましょう。」
姉妹都市交流に功績のあった方を表彰する。その中の一人、濱田先生は、バージニア州立オールド・ドミニオン大学でながらく教鞭をとるかたわら、北九州市出身のご令室と一緒に姉妹都市友好の活動で活躍されている。
姉妹都市交流50年の記録したDVDが上映される。なつかしい北九州の政財界人や交流に参加した市民の写真が多数出てくる。
北九州ガーデンでノーフォーク市長、佐々木議長と一緒に植樹式をおこなう。
結婚披露宴のパーテイーも開かれるきれいな日本風の庭園、北九州ガーデンと命名された庭で楽しいレセプションがおこなわれる。指揮者、写真家、佐世保や横須賀で勤務した海軍将校、日本の企業人、学者、姉妹都市交流でお世話をされてきた方々と歓談する。ここでも濱田先生の門下生がエスコートしていただく。ノーフォーク市の姉妹都市は、日本の北九州市をはじめ、ドイツのウィルヘルムシャーベン、フランスのトルソー、イギリスのノーフォークカントリー、ロシアのカーニングラード、カナダのハリファックス、以上6都市である。
今日は11600歩、よく歩いたので、深く眠れそうだ。
6月21日(日)
アメリカ東海岸のノーフォーク市へシカゴ経由で向かう。21時間の旅。
朝、福岡空港へ。恵みの雨が降り出した。訪米中、予報によれば雨が多少は降りそう、ダムの貯水率が上がるといいが。まず成田まで飛んで、ここで3時間も待つ。日本茶パック、芋焼酎、かまぼこ、梅干、日本人好みのコーヒードリップなどを確保し、長い旅の始まりにそなえる。
17時、成田を出発、シカゴまで12時間のフライト。訪米資料を見たり、英文スピーチを聞いたり、寝たり起きたりを繰り返して、時を過ごす。
上空から見えてきたシカゴの街並みは巨大で、緑が実に豊かだ。道路はまっすぐで、碁盤の目のような街並みにはほれぼれする。シカゴは、暑い、最近好んで持ち歩いているグッズの名刺大の携帯温度計は最高の34度に。空港内をてくてく歩く。
ノーフォーク行きの飛行機が遅れ、シカゴ空港で約3時間半、待たされることに。でもアメリカ人のお客さんは慣れっこのようで、そんなにあわてず騒がない。空港内のショップは、巨大なターミナルの割には小さく、見るものはあまりない。ファーストフードやレストランで時間をつぶすが、どこも込み合っている。店員の愛想はいい。マスクをしている人は、まったく見かけない。そういえば、成田からシカゴ経由でノーフォーク市まで行く間に、マスク姿にはまず出くわさなかった。症状が軽いので、別に気にしていないという。メキシコと並んでアメリカは海外渡航危険国だったが、アメリカンスタンダードとはこんなものだろうか。
人口20万人のノーフォーク市とは、旧門司市が50年前に姉妹都市を締結した。50周年行事は、明日いくつかセットされており、今夜は公式行事がない。しかし、空港で姉妹都市交流関係の何人かの方が出迎えてくれるという。飛行機の離陸が予定より1、2時間ほど遅れ、到着が深夜になりそうなので、出迎えの方々に申し訳ない、出迎えを辞退させていただく旨をスタッフからお伝えしたが、待っているとのこと。狭い空港ロビー、アイスクリームをおいしそうにアメリカ人は食べている。食べながら待つのが定番だ。足の短いダックスフントのような小さい飛行機にやっと乗り込んだ。
夜11時すぎ、やっとノーフォーク空港に到着。
空港ターミナル出口で感激する。ノーフォークで活躍する元大学教授の浜田先生ご夫妻や武道のお弟子さんたちが、横断幕を持って拍手と笑顔で我々一行を迎えていただいたのである。ご当地を初めて訪問する自分にとって、この歓待が初のノーフォーク体験となる。長旅の疲れも遅延したいらいらも忘れてしまう。うれしい。武道を学んでいるアメリカ人は、礼儀正しい。滞在中、ボランテイアで訪問団のお世話をしていただいた。
さて、荷物が出てくるまで空港ロビーを出て、久しぶりに紫煙をくゆらすことに。大きな樹木が、勢いよく枝葉を広げている。荷物カウンターで荷物を待ってもなかなか出てこない。まもなく、信じられないことが判明する。ユナイテッド航空の飛行機が小さくて、バッグをのせられなかったというのである。いつ着くのか分からないので、やむをえずホテルにバスで向かう。もう午前様になっている。結局、次の最終便で搬送されたらしい、1時半頃にかばんが到着した、やれやれ、これが、最新のアメリカ事情である。
道路は広く、渋滞はなく、フリーウエイで快適だが、継ぎ目でがたんがたんする。日本の高速道路のように完璧な設計舗装は期待できない、なにしろ、アメリカに道路料金はない、ただである。日本車がマイカーでは相当のシェアをもっている。
アメリカは建物内がすべて禁煙だが、各部屋にもno-smoking roomの注意書きがある。
If smoking occurs during your stay,a $200 cleaning fee will be billed to your account。
吸いたい時は、ホテルを出て吸う。バージニア州はかつてタバコの産地だったせいか、、ここのホテルには、出口に日よけのあるベンチと吸殻入れが置いてある。愛煙家にはジーンとくる気配りだ。東南に高く1等星が光っていた。ウオーターフロント開発で建てられたホテル。大きな河の対岸には、巨大な船舶の造船工場。左手に橋がかかる。産業用道路らしく、夜通し車が走っている。
6/21〜27
訪米。タコマ市・ノーフォーク市との姉妹都市50周年行事に出席する。
6月20日(土)
雨は今日も降らない、快晴だ。油木ダムは貯水率1割をきり、行橋では減圧給水を始めている。しかし、遠賀川の水利権など多くの水源を持つ北九州市の水事情は万全だ。諸先輩の先見の明に感謝したい。
世界のインフルエンザ患者は、5万人超。1957年以前に生まれた人の発生者数が知りたいものだ。日本の中高年者には免疫があるというのは本当だろうか。ワクチンの生産が早まるとも聞くが、何月だろうか。明日から訪米だ。50周年事業がアメリカでセットされているので、順延を本市から申し入れなかった。
大谷小学校の新校舎落成、創立50周年の記念行事で祝辞を述べる。バリアフリーの建築で、太陽光発電が屋上にある、事業費は15億円。
本庁舎へ戻り、書類整理に没頭。本屋に立ち寄る。
第6回の八幡東区自治会祭りで祝辞を述べる。会場の八幡市民会館は半世紀を過ぎても威風堂々の建築だ。
インチョン空港で安く買った愛用のスニーカーで紫川周辺を散歩、運動靴をマイシューズとしてならしておくつもりが、裸足ではいたので、あとで絆創膏をはるはめに。わしはあほや、ほんまにあほたい、自嘲しながら、自宅からノーフォークまではいていくことに。これでアメリカの大地をしっかり歩いてくる予定だ。
ピストン藤井のロックアルバム、ショパンのピアノコンチェルトホ短調、次いでヘ短調を聴く。アンネローゼシュミット、マズア指揮ゲヴァントハウスの演奏、実に魅力的な作品、気がついたら1日で3回も聴きなおしていた。
IVAN THE TERRIBLE イワン雷帝の大作第1巻を見る。全3巻、戦争の真っ最中の1944年のソ連映画。戦艦ポチョンキンの反乱で著名なエイゼンシュタイン監督、音楽はプロコフィエフ、ロシア語。夜中まで見る、こうしておかないと、長い飛行機の旅で寝付けない。
6月19日(金)
市長の指示で北九州市企画文化局が企画提案した新コンクール。
21年度予算に盛り込み、議会で承認された子供ノンフィクション文学賞がスタートする。元気発信!北九州プランで強調している、「人と文化を育む」まちづくりの新規政策第1弾。文化で町おこしをめざす本市のシティプロモーションの面でも大いに期待できる。このポスターとかっこいいチラシがいよいよ出来上がった。なかなかの出来栄えだ。できるだけ多くの学校にこのポスターが張られることを切に願っている。
定例の記者会見。
訪米の報告のあと、記者からいつものように自由に質問を受ける。
政府は空港での患者感染確認を中止するなど、本日付で新しいインフルエンザ対策を通知した。発熱外来は、本市の場合、医師会との調整合意をとるため、当面は続ける方針。
スクールニューデイールのテレビ発注は、地元発注にするのかと聞かれた。
心情的には、市議会が超党派で付帯決議を可決したように、地元経済の振興に資する方向は理解できる。ただ、WTOのルールがあり、保護主義を回避するため、一定額以上の政府発注は地元に限定できない仕組みがある。他都市の動きも含め、よく議論を深めたい。
自立更生センターの開所式には出るのかと聞かれた。
出席の方向で日程を調整している。更生の施設は、日本の安全安心戦略のために必要な施設である。安全面で心配している一部の市民の声を法務省はしっかりと聞いて、運営委員会にそうした方々も入っていただいて、地域の円滑なご理解をいただきながらすすめてほしい。
朝一番は、人事の発令。この会は、市長、3人の副市長と総務市民局長が出席する厳粛な儀式である。文部科学省から着任して大活躍の竹内部長が本省に栄転することになった。退任の辞令と感謝状を手渡す。
企画文化局国際政策課長から6/21〜27アメリカ出張について。
企画文化局スポーツ振興担当部長から移動車中にて諸報告。
出光美術館特別企画展「板谷波山と富本憲吉−近代陶芸のパイオニア」内覧、開会式。館長さんい面会、謝辞を述べる。
(財)国際東アジア研究センター平成21年度 第2回理事会、昼食会に出席。九州電力の鎌田理事長が退任し、末吉さんを新理事長に選出する。
福岡ボクシングジム会長 越本 隆志さんほか3名が7/12REAL SOUL BOXING青少年チャリティー40の案内に。
北九州市食品衛生協会 平成21年度通常総会で祝辞を述べる。
第47回森鴎外をしのぶ会で挨拶、献花。
企画文化局国際部長からアメリカ出張について。
総務市民局市民部長から6/30市長と気軽にランチタイム。
保健福祉局高齢者支援課長から7/5高齢社会をよくする北九州女性の会総会記念対談について。
総務市民局総務部長から6/29自治基本条例検討委員会による市長への最終報告について。
広報室広報課長から6/30FM KITAQ市長インタビュー。、
食品衛生協会の総会で祝辞を述べる。
シアトルでの財界人を対象にするプレゼンテーションの最終打ち合わせ。英文スピーチをバレットさんにチェックしていただく。ここには、ボーイング、マイクロソフト、スターバックスなどの本社がある。環境関連の企業人が集まっていただく予定。
更生自立センター開所式への対応について総務市民局長と協議。出席を確認する。
自見議員の政経セミナーに1年ぶりに参加する。地元とのパイプ役になって中央政界で活躍しておられることに一言、謝意を述べて中座する。
戸畑区医師会の創立記念パーティーに招かれ、祝辞を述べる。北九州医師会長、小倉、若松医師会の首脳にも挨拶する。
ウィーンフィルのフルート奏者、ギュンター フォーグルマイヤーのリサイタルへ。最後のプログラムに何とか間に合う。アンコールの愛の夢、愛の喜びは秀逸の演奏。北九州楽友協会の主催。ピアノ調律士の江里口さんは80回ほど演奏会を開催、日本の若手アーテイストのウィーンデビューを数回お世話している。演奏会が終わって、打ち上げの席で演奏者に歓迎の挨拶をする。
焼酎を飲みながら、識者と歓談する。
6月18日(木)
新型インフルエンザ患者の発生が、昨日とうとう北九州市内で確認された。タミフルを投与、隔離治療で、重症化していないとの報告を受けている。
臓器移植法案改正A案が衆議院で可決される。海外での移植手術が困難になったため、国内法の改正が急がれていた。年齢制限がなくなり、親族の同意で移植が可能となる。脳死は死なのか、国内の議論はまだ落ち着いてはいない。
北朝鮮、頑張ってワールドカップ出場を決める。国家の体制、国家指導部に問題があるとしても、サッカーワールドカップは平和の祭典であり、スポーツ選手の快挙には拍手を送りたい。
山田陣営の被疑者の市職員が買収の疑いで再逮捕された。誠に残念である。本市は市職員との接見をいまだ当局に許されていない。厳正な処分の審査は、法令規則において、接見して本人の言い分を聞いてから、と定められている。当局の接見許可を待つしかない。
ベトナムへの投資詐欺の容疑で逮捕者。とどまることを知らない経済犯の摘発。刑罰を重くしてはどうか、という意見がよく市民から届けられる。
イラン大統領選後の混乱はいつおさまるのだろうか。取材妨害に西欧のメディアは当局を非難している。保守派のハメネイ師が大衆の前に出てきて、選挙に不正はないと演説。保守派のデモ隊には、ホメイニ師のプラカードも。しかし、改革派を支持するイラン国民は着実に増えつつある。
朝、シテイプロモーション首都圏本部へ。昨年、東京事務所を名称替えした。
平成22年度予算の国提案。企画文化局長、建設局長、港湾空港局長、建築都市局長、子供家庭局長、環境局長、教育次長らが手分けして、また一緒に霞ヶ関、永田町をまわる。市長に着任して4回目の提案活動である。国会開会中で委員会審議もあり、霞ヶ関はあわただしい。在籍の幹部職員に要望する。
9時40分、各局長らと国土交通省1階ロビーで合流。
国土交通省の技監、道路局長、次長、企画課長、航空局長、都市整備局長、港湾局長、各局の審議官に面会して地元の社会資本の整備を要望する。大臣、副大臣、政務官には要望書を置く。
久しぶりに議員会館へ。手分けしてまわる。三原代議士、西川代議士、麻生太郎事務所、自見議員、弘友事務所などをまわる。現在、改築中で雰囲気がだいぶ変わっていた。なつかしく感じる。
総務省事務次官に面会。
厚生労働審議官、保険局長に面会。
環境大臣、事務次官、官房長に面会。大臣室に多数の幹部職員を呼び込み、丁寧に本市の要望に応えていただいた。
文部科学大臣には、教員の定数増と耐震特措法の延長を要望する。事務次官、審議官、局長に面会。
こうして、8700歩の提案活動が終わる。
企業人と歓談して、深夜に北九州に戻る。
6月17日(水)
市内で初めて新型インフルエンザ患者の発生が確認される。博多の専門学校に通う19歳の男性、電車で八幡の実家に戻り、診察、検査で判明した。、急きょ夕方の記者会見をひらき、そなえはきちんとしているので、市民は冷静に行動するよう呼びかけた。何か心配があれば、まずはフリーダイヤルの発熱電話相談に電話すること、うがい手洗いの励行をお願いしたい。
政府、景気底打ち宣言。しかし、原稿を読み上げる閣僚の元気のない表情には、一抹の不安を感じてしまう。政治家のプレゼンテーションに関し、他山の石としたい。
アメリカ、北朝鮮を核保有国と認めずの外電。アメリカは、北朝鮮の核開発を放棄させる作戦をどう組み立てているのだろうか。
党首討論のダイジェストを見る。テーマをしぼって議論すると、両者の考え方が良く見えてよい。なぜ45分なのか、短かすぎないか。少なくとも1時間半くらい、週2回は、野次を禁じて集中して討論してはどうか。それにしても日本の国会のえぐい野次の連発にはうんざりする。発展途上国どころか未開の地にも劣る人類最低の品格である。
鳩山総務大臣のコメントは明快で、説得力がある。自民党内に、喧嘩両成敗で西川辞任を模索する動きがあるというのは、分かる気がする。
日本サッカー、豪州にあえなく逆転負け。背丈の違いだけではなさそうだ。
岡山駅突き落とし殺人で少年に懲役5年から10年の判決。少年法のあり方に疑問を感じる国民は相当いるのではないか。
ヴァンゲリスのアンセムを聴き、気合を入れて登庁。
まず市長への手紙を読む。新聞を丁寧に読む。
内部協議は、保健福祉局長の報告から。
産業経済局貿易振興課長から6/25シアトルでの市長プレゼンテーションについて。
本会議。監査委員などの人事議案上程、議員提出議案上程、採決。市長提出のすべての議案は可決され、無事6月議会は終了した。
広報室と打ち合わせる。いつも室長、課長、係長と相談しながらすすめている。
日本労働組合総連合会の社会政策局環境フォーラム担当部長の丸田満さんほか1名が来北挨拶及び講演依頼に。
小倉北警察署・北九州市警察部新庁舎の内覧会。
企画文化局国際政策課長から6/21〜27アメリカ出張について。
秘書室と日程協議。
企画文化局スポーツ振興担当部長から諸報告。
新型インフルエンザ患者発生で夕方、急きょ記者会見。
副市長、局長、区長との恒例の懇談会に会見のため遅れて参加する。
企業グループの懇談会。
北九州空港から夜遅く上京。
6月16日(火)
イランの抗議デモが数十万人規模に、デモ隊への発砲で死傷者が出ている。勝利した陣営は、集会でアメリカに死を、と叫び、核開発疑惑で世界的に警戒されている政教一体の政権集団だ。改革派は、何をどう改革するのかよく分からないが、公然と政権を批判する勢力が台頭したことは、イランにおける民主主義の将来の希望を感じさせる。
今朝は、ライオンキングで目覚める。本拠地のロンドンのLyceum Theaterの公演に感激し、売店で買ってきたレコードを30回くらい聴いただろうか、でもまったく色あせない。ミュージカルの傑作にふれると、さわやかな初夏の風を感じる。
SWINE FUL 4月26日から6月14日までの累計でみると、本市の発熱外来受診者数は13人、発熱電話件数は4910件との報告。
ベトナムで最初に日系企業団地を建設した野村ハイフォン工業団地開発会社社長の湯元英一さんが来北挨拶に。ハイフォン市との交流協定締結に立ち会っていただいた。
建設局長から事業用地にかかる行政代執行について。
財界人に紹介を受けた回転寿司やさんで昼食。4種類のイカを食べる。
時間が少々あったので、行きつけの喫茶店でコーヒーを楽しむ。
1か月分の政策ファイルを整理する。
政務で挨拶まわり。
門司港レトロ開発、医療政策の懇談会。
6月15日(月)
全盲のピアニスト辻井さんのクライバーンコンクール優勝のニュースは、日本列島にたちこめる暗い閉塞感を吹き飛ばすさわやかな一陣の風となった。彼のニュースを見るたびに、辻井さんとご両親に拍手喝采をおくる。
朝刊は休み。千葉市長選の結果は日本の政財界にどう受け止められるだろうか。
日本郵政の社長は辞任すべき、とこたえた国民は75%。鳩山総務大臣の事実上の更迭で政権があびた返り血は、かなりの深手となった。
塔野市民センターの10周年記念でいただいた菜の花の種を今年は、いつまこうか考える。昨年は、庭にたくさん菜の花が咲いた。しかし、昨年庭に植えたケナフは、大きくはなったが枯れてしまい、残念だ。また、チャレンジしてみたい。
議会の全代(全会派の代表者会議)で、2月議会で各会派間合意されず、先送りになっていた議会選出の監査委員など人事案件の提案説明をする。議会人事なのに、どうして首長提案になるのか、不明だが、国の法律でそう決まっている。
曽根地区活性化21の会から、渋滞緩和のため曽根駅高架化の要望を受ける。片山、渡辺両議員が同席。相当に予算がかかるビッグプロジェクトなので長期的な課題として検討するとこたえる。JRと国も負担する課題なので、よく議論せねばならない。
西日本新聞北九州支社長の村田勝重さんが6/24付異動挨拶に。
環境局環境首都政策課長から7/31米国姉妹都市環境シンポジウムについて。
平成21年度第1回JICAボランティア及び帰国ボランティアによる市長表敬。
鞄田天領水の代表取締役社長の石井嘉時さんが黒崎地区進出に伴う挨拶に。
三役協議。小中学校等における地上デジタルテレビの発注方法について。
潟Xターフライヤー代表取締役社長の米原慎一さん、前代表取締役社長の堀高明さんほか2名が6/23付異動挨拶に。空港開港以来ご尽力された堀、武藤両氏に、ご苦労様とねぎらいの言葉をかける。
建築都市局都市交通担当部長、局長。
総務市民局人事課長。
総務市民局総務課長から北九州自立更生促進センターについて。
ジャズなど魅力あるスポットを都心にどう作っていくか、中心市街地活性化の方策のテーマで財界人と懇談。市有地、公的な空間の利用規制を緩和して、市民が楽しく集えるスペースを都心で確保できないか、今後、庁内でよくつめてみたい。紫川ぞいをしばし散策してみる。
6月14日(日)
晴れ、しかし空は若干かすんでいる。こんな日は、いつも光化学スモッグの発生が心配になる。日中の大気汚染防止の話し合いは、急がねばならない。
平成21年度全国シニアソフトテニス北九州大会。現在、子供たちのスポーツクラブの人気ベスト3は、野球、バスケットボール、ソフトテニスと聞いた。老若男女が楽しめるスポーツは、そう多くはない。今朝の穴生ドームは、テニスファンでにぎわっている。
佐藤慶太郎胸像除幕式。日本のカーネギーとして知られる若松の石炭商。東京の美術館に33億円を寄付するなど、数多くの社会貢献で知られる。若松の佐藤公園も寄付された資産のひとつ。
火野葦平館を訪ねる。館長さんから今まで知らなかったこと、興味深いエピソードを聞く佐藤慶太郎胸像建設記念講演会で歓迎の挨拶。
若松あじさい祭り。交通渋滞で車が動かない。歩いて高塔山公園に上る。この間、公園はかなり予算を投じて整備された。さらに周辺の整備を続ける。
北九州市立文学館の第5回特別企画展「女性文学者の手紙展」瀬戸内寂聴さんの講演会で歓迎の挨拶。芸術劇場は満員の盛況。開始前に瀬戸内さんに挨拶する。
政務で黒崎のきてみて館で開催されたカラオケ大会へ。1曲歌ってすぐに失礼する。会場は、かつての映画館、客席は100人ほどで、昔のなつかしい雰囲気が残っている。
若松に戻る。洞海湾無料連絡船に乗船。若松に玄関を作る会の企画で多数の市民が、終日クルーズを愉しんだ。洞海湾をめぐりながら、市民の目線に立って海岸線を一層楽しく活用する方策について一考をめぐらす。
厚生労働省の現職局長が逮捕。現職局長の逮捕は霞ヶ関はもとより、日本社会にとって衝撃である。
VangelisのAnthem (2002 FIFA W.CUP Official Anthem)を聴く。
千葉市長選、民主推薦の若手候補の圧勝。これほどの大差になるとは思わなかった。
ヒットしたコミカルな未来映画トランスフォーマーを見る。奇想天外なストーリー。宇宙から飛来したロボットが、何とアメリカ車に変身して人間に近づく。会話の中で見事なロボットを見て、こんなすごいのはきっと日本製だ、というシーンが印象的だ。
6月13日(土)
北朝鮮への制裁強化で国連は合意した。瀬戸際外交の最貧国が相手のこと、実効性がどの程度あがるかは別にして、制裁決議は採択された。北朝鮮の国営テレビは、たけり狂ったように国際社会に対し罵声をあびせている。原爆つくりに精を出すという。愚かな独裁国家は、来るところまで来てしまった。
経済は最悪期を脱却で日米の経済閣僚が一致してコメント。GMの対処を見ていると、アメリカ経済の回復は早いかもしれない。中国の投資は堅調である。日本の需要がいつどのような勢いで戻るかが焦点だ。
師村妙石先生の2007世界書芸全北ビエンナーレグランプリ受賞・上海市白玉蘭記念奨受賞・上海市名誉市民就任、還暦祝賀会が盛大に若松で開かれる。上海の呉昌碩記念館の館長一行と歓談する。清王朝末期の書道大家の呉先生の胸像は、若松頓田の貯水池のほとりにある。
シューベルトのピアノソナタ18番ト長調。久しぶりに聴いたが、実に素晴らしい。モーツアルトを母、ベートーベンを父とすれば、シューベルトは長女、シューマンとショパンは、双子の兄弟である。
サッカーベストシーンでベッカム、トッティ、ジダン、ロナウドらのスーパーゴールの映像を何度も食い入るように見る。チャンスメーカーのアシストも見事だが、ゴールへの執念と超絶技巧で一世を風靡したスターたちのファイトは感動的だ。
ターミネーター4のエピソード、テレビ人気シリーズの第2弾。スリリングな展開に時のたつのを忘れる。主人公のジョンコナーは、命をねらわれ続けプレッシャーに疲れた思春期の高校生、母親のサラの心配をよそに時にわがままに振る舞い、危機を招く。ターミネーターは、キャメロンと言う名のロボット。もともとシュワルツネッガーのヒット作だが、彼の知事転出で大物キャストは欠けたが、暗殺ロボットからの息つかせぬ逃走ドラマにはそれなりに見ごたえがある。
6月12日(金)
生活保護裁判で1審敗訴の本市は本日、控訴しない方針で最終的に国と協議が整った。午後、担当責任者から記者会見で報告する。以下の趣旨で、自分は記者団からの質問にこたえる。
・ 生活保護裁判で控訴しなかった一番の理由は何か。
「現在、ご主人が68歳、妻が77歳と高齢となっている。平成12年の保護開始当初から、ご主人自身も病気や障害を抱えながら、日常生活全般にわたって重い病気や障害を抱えた妻を介護している。こうした状況を踏まえたとき、一日でも早くご夫婦が安心して療養できる環境を整えることが当世帯に対する福祉事務所の使命であり、そのためには、これ以上訴訟を長引かせることは適当でないと判断した。」
・ 市は当時の判断の誤りを認めたということか。
「最近では、保護受給世帯が自動車を保有するための要件はかなり緩和されてきたが、限られた要件でしか認められないなど自動車保有に対する考え方が厳しかった当時としては、国の通知を厳格に解釈し、保有を認めなかった判断はやむを得なかった。裁判所も、本市の当時の解釈について「相当の根拠がある」として一定の理解を示している。
とは言え、本市が行った停止処分によって、市民が7ヶ月もの間、生活困窮に陥ったという結果は重く受けとめなければならず、本市の指示や停止処分が違法とされたことも含めて、一審判決は真摯に受け止めている。」
・ 北九州市の生活保護行政が大きく転換したことが、今回の控訴をしないという判断に影響したのではないか。
「控訴を見送るとした判断は、今回の保護停止処分にかかる裁判所の判断や、現在の年齢や生活状況等、原告世帯に関する個別の状況を検討した上で決定したものであり、生活保護行政を見直したこととは関係がない。
保有を認めるべき自動車について、長年にわたって処分するよう指導してきたことや、保護の停止処分によって生活困窮を強いたことなど、精神的ご苦労をおかけしたことについて、心よりお詫びしたい。」
・ 控訴を見送る決定までに時間がかかったが、国(厚生労働省、法務省)とは方針に違いはなかったのか。特に、厚生労働省は控訴する意向だったと聞いたがどうか。
「判決内容(裁判所がおこなった本件に関する事実認定や法令・通知の解釈等)について一つずつ慎重に協議し、その結果、先ほど、最終的に国との協議が整い、控訴しない方針で一致した。
協議の過程で、いろいろと意見があったのは確かであるが、この方針は国と一緒に決めたものであり、現時点で、改めて協議の過程や内容をご説明することはさしひかえたい。」
・ 今回の控訴断念を決定したのは、市長のリーダーシップによるものか。
「生活保護業務は法定受託事務であるため、控訴するかどうかは国と協議しながら決定した。しかしながら、訴えられているのは北九州市であり、協議の中で、当事者としての本市の思いは十分伝わった結果だと思っている。
控訴するかどうかの方針は、国と協議した結果、決定したことである。」
鳩山総務大臣、首相と会談、辞任へ、との報道。総裁選の選対本部長が辞任するとなると、事態はかなり深刻だ。
三菱重工が二酸化炭素排出を抑制した石炭火力発電所をオーストラリヤで建設との報道。石炭ガス化、炭素回収の技術水準には目を見張る。石炭、太陽光、原子力などのエネルギー関連の投資が21世紀のニューディールとなるのか、注目したい。
プレリュードで目覚め、朝ズバを見て、8時半、弁当箱を持って出発。
本会議で5人の一般質問にこたえる。
建設局長から香月駅西線の整備について宿題報告。
本会議が終わって、ぶら下がり会見で所見を述べる。
ケニーGのソングバード、シルエットのメロディーがしみいる。
日ごろ、世話になっている秘書室のメンバーと懇談、大いに歓談する。
ジョンウェインの駅馬車を英語カセットで聞く。小学生の頃、父親に連れられて神戸の映画館で見たなつかしい名画である。
モーツアルトのコシファントゥッテをDVDで見る。あほらしいというか、たわいもないというか、そんなシナリオだが、モーツアルト最高傑作のオペラだと言うファンも少なくない。その境地に達するには、少し年をとりすぎたかな、と思いながらグラインドボーンの映像にしばし見入る。
6月11日(木)
株価、8ヶ月ぶりに一時1万円台に回復。最悪期は脱したか。底打ち感が広まれば良いが、地方都市の雇用情勢は、厳しさを増すばかりだ。凍りついた個人消費が伸びなければ、経済再生は心もとない。自動車メーカーは、ラインの大改造でもっとエコカーの生産をフル操業すべきだ。
SWINE FUL 世界的大流行をWHOが正式に宣言。経済の停滞をできるだけまねかないよう、日本政府の新対処方針にあるように、社会的規制は慎重に対処する必要がある。
ピアノコンチェルトヘ短調で目を覚まし、CNNを見て8時半、弁当箱を持って出発。
本会議2日目。
5人の議員の質問に答える。
北九州地域の労働者福祉協議会の17回総会で挨拶。
夕方から最終日の質問に答える準備。9時まで。
ひどい肩こりをほぐして帰宅。
小倉の昔を良く知っている市民から、堺町公園のリニューアルに際し、なぜ桜の樹を切ったのかと叱られる。
6月10日(水)
アメリカのノーベル賞学者が、アメリカ経済の好転が近いと発言し、市場が反応しているという外電。かつてのアメリカの繁栄の象徴であったGMの荒療治が転換期になってほしいものだ。
バラードで目を覚まし、朝ズバを見て、8時半、弁当箱を持って出勤。本会議初日。議長から、本会議は、上着、ネクタイを着用しないクールビズでとのお話があったので、初めて執行部は全員、クールビズ、議長提案に則ったスタイルで出席。議場は、エアコンを緩めているので暑い。
市歌斉唱で会議は始まる。もっと市歌をいろんな場所で歌ってはどうかと、常々思う。
幹部職員の紹介に続いて議案の提案説明をおこなう。
5人の議員の質問に答える。
夕方5時から、明日の質問の答弁書つくり。8時40分まで。
松岡功元中間市県会議員のお通夜へ。
ワールドカップ予選、日本、カタールと引き分け。「世界を驚かす覚悟がある」誰の発案か知らないが、キャッチコピーとしてはすとんと落ちない。ところで、サムライジャパンは、素晴らしい言葉だった。
NHKの織田信長の息子教育の番組は大変面白かった、最後まで見てしまう。
本会議質疑は、着任して10回目だが、緊張の連続。ノクターンで疲れを癒す。
6月9日(火)
生活保護裁判で、本市は、一審敗訴、控訴するかどうかの協議を国と行っている。市役所の幹部会であらためて自分の所見の一端を述べる。厚生労働省には、自動車保有と保護の要件に関して意見があるようだが、7か月間、障害をかかえて闘病している高齢夫婦を生活困窮に追いやった事実は、本市として真摯に受けとめねばならない。
国地方の借金は816兆円、GDPの1.7倍。政府は、2020年代に財政健全化の新しい目標を設定する。消費税、負担と給付はその計画の中でどうなるのだろうか。
CNNを見る。
秘書室と日程協議。
産業経済局中小企業・ビジネス担当部長から6/25シアトルでの市長プレゼンテーションについて。
14時から議会勉強会。、明日の質問の答弁書を幹部会で一問一答で読み合わせし、発言内容、発言者を確認する。9時すぎまで。帰宅して、関連資料に目を通す。
6月8日(月)
CNNを見る。各国のマスコミが世界同時不況下の自国の経済をどう報道しているか、関心がある。暗いニュースばかりでは、個人消費が戻らない。需要が戻らなければ、経済の再生はおぼつかない。
秋葉原通り魔事件から1年。日本の安全神話が木っ端微塵に完全崩壊した事件だった。犯罪列島、モラルハザードの蔓延、そんあ泥沼に咲いた蓮の花のように、辻井さんがクライバーンコンクールに優勝したというニュース。感動的なステージだった。
全日本海員組合九州関門地方支部長からの要望を受ける。この1ヶ月間、行政内部でフェリー救済策をつめている。
保健福祉局介護保険・健康づくり担当部長からがん検診受診率向上に係る企業との協定の締結についてほか。
産業経済局長から早稲田大学・北九州市立大学共同学部の検討について。
第1回アジア低炭素化センター検討会。九工大の下村学長に座長をお願いしている。ラストまでメモを取りながら識者の意見に耳を傾ける。
港湾空港局空港アクセス・構想担当部長から北九州空港アクセス鉄道構想について。
八幡製鐵商友会の第59回通常総会後の懇親会。大いに歓談する。
ポロネーズに聴き入る。
6月7日(日)
アメリカ国務長官、北朝鮮に対しテロ支援国家の再指定を検討と言明。オバマ政権の朝鮮半島政策がいよいよ動き出す。
日中ハイレベル経済対話で温室効果ガス削減、知的財産保護の専門部会設置が話し合われた。
生活保護裁判への対応で生活保護課長が整理した論点整理メモを読み直す。
公務はいれず、終日、6月議会に向けて資料整理などですごす。
ニューウェーブ、8000人超の観衆の前で待望の勝利、順位は7位に上がる。家族そろってテレビで観戦。ゴールもさることながら、見事なアシストに拍手喝采をおくる。NHKのライブ放映は、大変ありがたい。もっとファンがふえることを願う。
日本がワールドカップ出場を決める。
新型インフルエンザで患者発生となれば、休暇中でもスクランブル発進となる。携帯電話を横において、久しぶりにクラブを振り回して汗をかく。正確なアプローチがむつかしい。
確か3回目になるが、イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」に泣く。
6月6日(土)
山口県美祢の旅館でのボイラーCO中毒死の捜査が続く。旅館経営者のモラルハザード、安全確保の法令や行政の監督の限界に愕然とする。
障害福祉団体連絡協議会第12回定期総会で激励の挨拶。
とばた菖蒲まつり2009で祝辞を述べる。菖蒲が満開。戦没者慰霊碑で手を合わせる。婦人会の出店でカレーをご馳走になる。星野村の村長がお茶のトップセールスで来北、挨拶する。
第24回小熊野川ほたる祭りの式典で祝辞を述べる。
小倉東ロータリークラブの創立50周年記念式典。
第20回折尾まつりの式典で北島新区長と一緒に祝辞を述べる。折尾神楽、学生による沖縄エイサーに加え、今年から捜索ダンスのオリタンが出し物に加わった。
小倉東ロータリークラブ創立50周年記念祝宴へ戻る。
北九州市ソフトボールスポーツ少年団の役員・指導者と父母の合同懇親会。グラウンドのさらなる確保を要請される。
もののふ北九州懇親会の懇親会が8時50分から、祝辞を述べる。
ショパンのワルツに聴き入る。
6月5日(金)
全国の生活保護受給者は165万人に。不況の影響もあって全国的に急増している。孤独死は、正式な統計はないが、全国で毎年2,3万人にのぼるといわれ、北九州地区では、65歳以上の孤独死が約220件、そのうち生活保護受給者は約1割と聞いている。
今年1月、失業した若い市民が区役所に生活保護の相談に訪れたが、申請書を受け取らずに帰宅し、連絡がないまま孤独死で発見された件について、門司福祉事務所長から事実関係の報告を受ける。
この男性は、再就職の意向をもっていた。ケースワーカーが保護申請の意思を確認したところ、申請をせずに帰っている。生活保護行政としては、この窓口対応に誤りはなかったとの説明を受ける。昨年から本市は、孤独死を一人でも減らすため、民生委員、自治会役員、社協など民間、地域の皆さんと力を合わせて、命をつなぐネットワークの立ち上げに取り組んでいるだけに、今回、若い市民が孤独死に至ったことは、大変残念である。市としては、ネットワークの構築に引き続き、努力を重ねたい。亡くなられた方のご冥福を祈る。
企画文化局政策部長から新球技場整備の検討課題について。
大和ハウス工業褐レ問の梶本六夫さんほか3名が就任挨拶に。企業や全国の自治体の環境エネルギー戦略について意見を聞く。
九州国際大学硬式野球部の第58回全日本大学野球選手権大会出場に伴う市長表敬。甲子園の土を踏んだ選手が数人もいる極めて有望なチーム。2年ぶりの全国大会出場。
潟sュアラ代表取締役の赤星健さんほか3名がモンドセレクション最高金賞の受賞報告に。2年連続の栄冠に喝采をおくる。
建築都市局都市交通担当部長、港湾空港局空港アクセス・構想担当部長から6/15曽根地区活性化21の会からの要望受けについて。
日本銀行北九州支店長の長野聡さんほか1名が5/25付就任挨拶に。
企画文化局政策部長から世界遺産を活用したまちづくりについて。
福岡県左官業協同組合第48回定期総会で歓迎の挨拶。
八幡東区中央町のレインボー広場で中愛おかみの会主催のビアパーテイーが盛大に開催される。祝辞の中で、近い将来の復活を期待すると述べる。八幡東区役所からも多数参加していた。
個人事務所で打ち合わせ。
旧知の医療関係者とししなべをつつく。医師確保、新型インフルエンザ対策、市立病院の課題など話題は多岐にわたる。
6月4日(木)
足利事件、再審開始へ。菅家受刑者は釈放、検察は無罪を論告。捜査・司法当局は、この重大な誤りをどう総括するのだろうか、今後を注視したい。
一方、韓国の検事総長は、ノムヒョン前大統領の自殺を受けて、辞意を表明した。
SWINE FUL 国内患者の約9割が治癒。
北九州市卓球協会会長の安枝守太さんほか2名が、第40回全国中学校卓球大会について来訪。
総務市民局定額給付金室長から定額給付金の振込み状況について。
橋本副市長、企画文化局長と協議。(財)国際東アジア研究センターについて。
鰍ンずほ銀行常務執行役員の中村恒さんほか2名が来北挨拶に。
産業経済局誘致課長から企業誘致に係る助成金の分割申請について。
橋本副市長、教育委員会教育次長から諸報告。
生活保護課長、地域福祉部長と協議。
発言通告に目を通す。
グリーンパークのひびき動物ワールドを視察。
学校現業現場で働く組合員組織の全国ネットワークの集まりが小倉で。第61回の都市学校連絡協議会の懇親会で歓迎の挨拶。福岡市、神戸市、大阪市、京都市、名古屋市、川崎市、横浜市、千葉市から自治労の組合役員が参加。市長が代わった名古屋市など各都市の直面する最近の話題について率直なお話を聞くチャンスにめぐまれた。
6月3日(水)
ダムの水位が下がっている昨今、恵みの雨。
生活保護老齢加算の裁判で地裁判決。
市長定例会見で質問に答える。直轄負担金の問題解決は、退職金や年金の問題にとどまらず、補助金、地方交付税、国・地方の税源配分など総合的な見地に立って対処すべきと答える。
定額給付金室長。
新型インフルエンザ対策本部広報官。
総務市民局人事課長。
門司区役所を視察。区長と意見交換。
焼きカレーを食べる。
北九州東海岸、空港島を船のみらいに乗って海上から視察。港湾空港局、国土交通省九州整備局から説明を受ける。
出光美術館のルオー展へ。
本庁に戻り、第5回の緊急経済対策本部会議。
保健福祉局保護課長から諸報告。
企画文化局長。
小倉青色申告会創立55周年記念式典 田中敏行会長財務大臣表彰受賞祝賀会で乾杯の音頭をとる。
政務で小倉南区でホタルを鑑賞する集いへ。ボランテイアの熱心な活動家が多数参加、貴重な提言、意見を聞く。
6月2日(火)
景気は底打ちと経済担当閣僚。市内企業の景況感、日銀短観とも1−3月期は底ではない。6月はもっと悪化すると答えた企業が増えている。予断を許さない状況だ。
産業経済局緊急経済・雇用対策室長から6/3第5回緊急経済対策本部会議について。
企画文化局スポーツ振興担当部長から皿倉山フィールドアーチェリー場について。
建築都市局住宅管理課長。
全代で議案を説明する。
子ども家庭局子ども家庭部長から児童文化の将来像について。
広報室長。
三役会議。6月議会の論点整理。
副市長、局長、区長からなる幹部会議。議題が終わって、本市出身のボクサーの里帰りマッチの紹介。世界チャンピオンを目指して頑張っているのは、日本スーパーフライ級1位、バンタム級8位の青年たち。
九州旅客鉄道竃k部九州地域本社長の細田勝則さんが就任挨拶に。
環境局対中国環境協力担当部長からアジア低炭素化センター検討委員会について。
在福岡オーストラリア総領事ウェンディ・ホルデンソンによる市長表敬。
建築都市局折尾総合整備事務所長から折尾駅舎の世界遺産登録について。
建設局道路部長から小倉駅周辺のバリアフリーについて。
北九州地区中・長距離フェリー協議会からの要望受け。港湾空港局長が同席。高速道路の料金割引の影響は、フェリー業界にとって深刻である。対策を検討している。
港湾空港局ポートセールス担当部長。
FM KITAQの市長インタビュー。テーマは、シティプロモーションほか。
秘書室と日程協議。
学研都市で研究開発型進出企業交流会。
小倉で福祉、医療、法律家との交流会。禁煙条例の提案があった。66億円のタバコ税が本市の税収となっていることから、アメリカ、イギリス方式への移行は自治体にとって悩ましい課題がある。しかし、歩きタバコを禁止するゾーンの拡大は以前から検討している。学校、病院等の敷地内を禁煙ゾーンにする方策については、分煙の徹底も含めて検討課題と思う、とこたえる。
6月1日(月)
GM、破産法申請へ。
エールフランス機は墜落とのニュース。飛行機には避雷針がついているのではないか。事故原因の徹底解明を待ちたい。
北九州市議会公明党議員団からの経済危機対策に関する要望を受ける。
広報室長。
田川地区水道企業団理事長の伊藤信勝田川市長ほか3名が、耶馬溪ダムからの分水のお礼及び更新の要請に。
広報室長。
北遠地区JAの合併予備契約書の調印式。
フェニックスジャパン社長の門司武敏さんが来訪。
建築都市局長。
帆柱ケーブル且ミ長の宮脇春吉さんが、平成20年度決算の報告に。
産業経済局自動車産業振興課長から福岡モーターショー2009について。
第2回北九州市環境モデル都市地域推進会議の総会、交流会。
穴生中学校の夜間学級を視察、戦中、戦後の混乱期に学校に行けなかった人たちのために穴生小学校の教室を借りておこなっている。九州各県の教育委員会は、正規の学校設立を認めていない。市は支援している。ボランテイアのお世話役と意見を交換する。
5月31日(日)
環境首都100万本植樹プロジェクトのイベント。昨年10月にスタートしてから53000本が市内で植樹された、うち18000本を植樹した新日本製鐵株ェ幡製鐵所が今日は、さらに2000本の植樹をする会。所長さんに続いて社員の皆さんにお礼の挨拶をし、響灘の同社埋立地で所長さんと一緒に記念植樹をする。
長浜児童館の落成式。
日明校区生活安全パトロール隊5周年記念大会。
グミの里まつり・井堀文化祭。
ほばしら墨友会20周年を寿ぐ会。日本伝統の水墨画の普及発展を期待している。
金子みすず 心のコンサートでコーラスに参加。「明るいほうへ」をステージで歌う。ウエル戸畑大ホールは満員の盛況。昨年も参加。
第19回鞘ヶ谷ホタルまつり。
政務で中間市へ。九州天声会発表会で時代おくれを歌う。
第17回香月・黒川ほたるまつり。八幡西区の自宅に立ち寄ってハチにえさをやる。
元県会議員永吉先生のご令室のお通夜に。先生にお悔やみの言葉を述べる。妻が弔辞の依頼を受ける。小倉のアパートに戻る。
5月30日(土)
午前中は、自宅で静養。勉強部屋のお掃除、資料整理、音楽、ブログの原稿書き、時間のたつのは本当に早い。散髪に出かける。
若松の商店街有志、中小企業経営者との意見交換会。
個人事務所へ。
第4回の撥川ホタル祭りで祝辞を述べる。電線地中化を是非実現したいものだ。宿場町にふさわしい景観をできるだけめざしたい。
地場企業経営者と懇談。
地場の事業所、企業の経営者の有志との懇談会。さまざまな提案、助言に耳を傾ける。
5月29日(金)
北朝鮮、国連安保理認めず。補正予算が成立。GM破綻へ。ノムヒョン氏の追悼に市民11万人が雨の中、参列。内外の動きはめまぐるしい。
市長定例会見で質問に答える。
法務省は、1995年に「北九州矯正センター構想」を発表し、小倉拘置支所など3施設を旧小倉刑務所跡に集めるとしていたが、このたび小倉拘置支所の移転をやめ、跡地へ移転済みの北九州医療刑務所の女子収容棟を新設すると住民に説明した件について質問があり、次の趣旨でコメントする。
「県弁護士会と地元自治会が拘置支所移転に反対だっただけに、新方針は大きな局面転換になる。将来も移転はないと明言してほしいとの発言も住民説明会であったと聞いている。法務省には新しい方向性について地元の理解が得られるようによく説明して進めていただきたい。」
なお、地元弁護士会は、歓迎のコメントを出している。
建築都市局都市交通担当部長。
建設局下水道河川部長。
企画文化部長と福岡市との連携について打ち合わせ。
産業経済局企業誘致担当理事から誘致案件について。
北九州市民共済生活共同組合第41回総代会で挨拶。
ロボカップジャパンオープン優勝チームほかによる市長表敬。世界大会に出場する。
福岡国税局長の池田篤彦さんほか2名が、国税電子申告・納税システムの利用拡大に関する協力の依頼に。
平成21年度北九州港響灘大水深コンテナ港湾整備促進期成会の総会で顧問として挨拶。
総務市民局安全・安心担当理事から客引き防止条例について。
(社)北九州市建設業協会の平成21年度総会後の懇親会。
三島光産労組の50周年を祝う会。基幹労連、連合のリーダーが一堂に会する。
平成21年度八幡さらくら会懇親会。市歌を高らかに合唱する。
製鉄の労働界リーダーとの懇談会。
5月28日(木)
特定健康指導の最終会、指導の効果があってメタボは大幅に改善された。今後、自由時間をできるだけとってスポーツで汗をかくこと、階段をつとめて利用することなどの指導があった。
第5回北九州市ブランド戦略会議で見解を述べ、メンバーの意見に耳を傾ける。
北九州市食生活改善推進員協議会の総会。2000人のメンバーが活躍している。食育は、大人、子供にとっても重要な課題だ。
総務市民局人事課長から諸報告。
鰍iTB九州社長の宮原啓介さんが就任挨拶に。
広報室広報課長と6/2FM KITAQ市長インタビューの打ち合わせ。
水道局長から宗像市、福津市、古賀市、新宮町への用水事業ほかについて。
環境局環境モデル都市担当理事から6/1第2回北九州市環境モデル都市地域推進会議について。
企画文化局国際部長から6/21〜27アメリカ出張について。この数日来、姉妹都市50周年行事を予定とおり実施してはどうか、との正式提案を受けている。
九州工業大学創立100周年の記念祝賀会で祝辞を述べる。
秘書室次長と日程協議。
第2回の北九州合同県人会で祝辞を述べる。大分、山口、佐賀、熊本、鹿児島の各県人会のメンバーが多数一堂に会する。ラストまで歓談する。
5月27日(水)
麻生、鳩山、初の党首討論。次回以降は、国民が今深い関心を持っている景気雇用対策、年金医療介護政策など具体的なテーマで議論を深めてほしい。白刃をまじえる論戦を国民は期待している。
北朝鮮、韓国に戦時対応を表明。核実験など一連の北朝鮮の行動を中国、ロシアはこの事態をどうみているのだろうか。中ロは、6カ国協議に参加している、いや重要な当事者である。協議は終わったと北朝鮮が言ってまわるのをセーブできる力を中ロは持っているはずだ。
サッカー、日本がチリに快勝。攻撃のつめでの連携パスプレーがさえている。
今朝は、8時50分、志賀副市長との協議から。
広報室長と第6回毎日・北九州フォーラムの打ち合わせ。
韓国仁川広域市の政務副市長の洪鐘逸さんほか4名による市長表敬。インチョン市で今年開催される都市祝典祭とならんでアジア大洋州の市長会議への参加を要請される。議会中なので、橋本副市長の出席を検討とこたえる。
産業経済局緊急経済・雇用対策室長から平成21年度6月補正予算の最終報告。
財政局長、部長から平成21年度6月補正予算の最終報告。
下富野公民館開館記念で市長講演。本市の高齢者福祉政策について。住民の長年の夢が実現し、立派な公民館が建立した。
建築都市局住宅計画課長から住宅・建築物省CO2推進モデル事業採択について。
市長と気軽にランチタイム。障害者の雇用に熱心な企業関係者との懇談。ハンデイを背負いながら民間事業所で懸命に頑張っている青年たちから、行政への率直な意見要望を聞かせていただく。
(社)北九州市観光協会の平成21年度通常総会で挨拶。
三役への議案説明、確認。
広報室長と5/29定例会見の打ち合わせ。
鞄本航空執行役員の田口久雄さんほか1名が就任挨拶に。
総務市民局人事部長と夏季一時金について協議。
第6回毎日・北九州フォーラム懇親会。平野さんから雇用政策について提案があり、所見を述べる。
福岡県弁護士会の北九州部会の服部弘昭氏の部会長就任披露宴で挨拶。市民の法律相談や法テラス活動、介護認定、児童施設の調査など弁護士会には行政が大変お世話になっている。
5月26日(火)
北朝鮮、短距離ミサイル発射。天津のホテルでテレビを見つめる。この国の首脳は一体何を考えて政治をしているのだろうか。
6時45分、朝食。7時半、宿を出発。渋滞の市内を抜け、車で高速道を1時間弱、飛ばす。巨大な規模の天津市エコタウンを視察。電線から銅をリサイクルする工場を見学。センター内で意見を交換する。視察を終えて、天津空港まで飛ばす。トランジットでインチョン空港へ、ここで大連から帰る市民訪問団と合流する。福岡空港へ全員無事戻る。熱のある人はいない、訪問団の労をねぎらい、解散してやれやれ、夜遅く帰宅。
5月25日(月)
大連のホテルをバスで出発。アカシヤ祭りの開会式に参加する市民訪問団と別れ、市内で自分がまだ行っていないところを走る。車で1時間。渋滞する区間も長い、道路と平行して電車がノンストップで走っている。まもなく開発区にはいる。話には聞いていたが、何と巨大な企業団地のスケールだろうか。住宅地域も商業地域も整備されている。中心部の管理委員会を表敬訪問し、トップの役員と意見を交換する。
大連市のファッションショーは有名な秋の国際的イベントだが、そのモデルさんを養成するモデル芸術学校を視察。身長は175センチ以上、美男美女がここで鍛えられている。世界の要人がこの学校を訪問しており、写真が飾られている。来日したことがある校長先生に案内していただく。キャンパスは、まさに大連の華である。
学校からきれいな渚の海辺が近い。夏は、大連市民でにぎわう綺麗なリゾート地である。また隣接するように、日本人の企業人が愛用する金石灘ゴルフ場がある。市内にゴルフ場は3箇所あるが、ここは、海洋に面したリゾート地域にある。カナダからの輸入木材で立てられたロッジ風のクラブハウスでお茶を飲みながら、支配人から中国のゴルフ文化談義を聞く。海岸線の保全と周辺の緑化政策に力を入れている一帯を抜けて、開発区に戻り、そのまま大連空港に向かう。ここから小型ジェット機で天津空港へ。1時間のフライト。今日も暑い日だ。
天津市に初めて訪問したのは、12,3年前。中国に進出した日系企業の視察で訪問した。北京から車で2時間飛ばして天津に行った。雨の降る朝、カッパを着て3列縦隊で自転車を疾走させる勤労者の姿にたくましく頑張る中国人の息吹を感じた。日本租界区が昔の面影で残っており、ビルの谷間にひっそりとたたずむ日本人租界区に足を踏み入れたとき、満州時代にタイムスリップしたように感じた。
天津郊外に飛行機はさしかかった。窓から見える田畑は実によく整備され、ダウンタウンは巨大である、人口1100万の4大直轄都市である。
2008年5月、首相官邸から連絡が入った。北九州市と天津市が日中両首脳同席のもとで日中循環型都市協力(エコタウン協力)事業の覚書を交換するが、上京できるか、という問い合わせだった。もちろん、他の予定をキャンセルし、上京した。天津市長一行と会談し、一緒に首相官邸に出向いた。その足で、天津市長一行は北九州市を訪問し、本市と友好を深めた。翌朝、市長の公用車に天津市長と通訳を乗せ、みずからエコタウン視察のガイドをかって出た。この覚書は、日本・経済産業省と中国・国家発展改革委員会の合意を踏まえ、国家レベルのプロジェクトである「日中循環型都市協力事業」の枠組みで実施するもので、この覚書に基づき、天津市は、本市の助言により「天津子牙工業園」マスタープランを策定し、自動車リサイクル事業の推進を決定した。
天津市長から一度訪問するよう以前から、お招きをいただいていたが、今回の大連市との友好都市締結30周年事業参加にあわせて、ようやく「天津子牙工業園」の視察が実現する。
なお、訪問時にあわせて、両市の行政や企業・組織による環境協力に関する合意書等の締結について、天津市側からの要望があって、両市間で協議してきた。
企画文化局長、企画文化局アジア交流課長、環境局対中国環境協力担当部長、北九州商工会議所理事の福田信夫さんほか環境専門家・企業・通訳が同行する。天津市側の対応者は、天津市長の黄興国(こう こうこく)、天津市政府外事弁公室主任の田貴明(でん きめい)両氏ほか。
外事弁公室の副主任はじめ天津市の幹部が天津空港に出迎えてくれた。
まず、市内の旧イタリヤ租界にある天津市の誇る企画展覧館を視察する。休館日を特別臨時にあけて案内していただく。想像を絶する驚くべき迫力のスクリーン、模型図の数々。中国のテレビ取材を受ける。それから迎賓館において天津市長はじめ市幹部に表敬する。中国のマスコミが多数取材に来ている。ここで環境合意書を締結する。天津迎賓館では、日本童謡の調べのピアノ演奏で一行を出迎えてくれた。天津市長主催の歓迎夕食会で友好を深める。中国の古楽器の演奏でもてなしていただく。黄市長とは、1年前の首相官邸、北九州市視察、昨年の蔚山での東アジア経済交流機構でお会いしているが、エネルギッシュな政治家で、中国で最高のリサイクル基地を建設しようという意欲にあふれている。
5月24日(日)
大連は晴れ。
10時、30周年記念植樹。大勢の大連市民が集まった中山公園で、ブラスバンドのファンファーレで式典がスタート。大連市の副市長、佐々木議長と一緒に桜の樹を2本植える。
一条台、緑山観景台、北大橋などを視察。車窓から見える街並みに風格を感じる。緑化政策が強力に推進されている。
ソフトウェア・パークを視察。日本系企業の進出状況を詳しくヒヤリング。
日本北九州商品展示販売センターのオープニング式典。
2年前、2回目の訪問以来、夏市長にギャラリーオープンへの協力を要請していたが、このたび、格別のご協力をいただいた。この大連市との協力事業は、地場の中小企業向けに中国市場販路開拓を目的としたチャレンジショップ(愛称:北九州ギャラリー)を開設するもので、友好関係を基盤とした経済交流として今後楽しみな事業である。地域企業の出展は、59ブース 49社出展(2009年5月1日現在)、工業製品18社、食品関連15社、環境技術他16社で、主な出展品は、食品(水産加工品、ドレッシング、ミネラルウォーター、お茶)環境技術・工業製品(電子機器関連、健康器具関連)。コーナーの入り口では、大連が企業発祥の地である内田洋行(株)のご好意で、同社最新のプレゼンソフトで紹介している。ギャラリーのオープンした心悦大酒店の入り口で式典、両市の代表挨拶、テープカット、花火が上がる。
夏徳仁・中国共産党大連市委員会書記と会見を行う。 1年前に夕食を共にして以来だ。その時は、市長だったが、訪中直前に書記に栄転した。後任の市長は、内定していたが、発表前なので、滞在中は、市長不在のときにあたっていた。
夏書記と水道技術交流に係る10年史の除幕式と新意向書の締結式。両市水道分野のこれからの技術交流の基本方針を定めた「水道事業技術交流意向書」を締結する。これまでの水道分野における大連市との取り組みをまとめた「交流史」の発刊記念式に出席する。
30周年記念レセプション。夏書記の隣に、2人の副市長と一緒にテーブルに座る。両市の友好都市提携30周年を記念し大連市政府が開催するレセプションが始まる。夏書記に続いてあいさつ。レセプションでは、大連市側アトラクションの雑技や歌など。「北九州をうたう会」による合唱組曲「北九州」序章、北国の春などをコーラスで披露、市民訪問団にコーラスのメンバーで参加した妻と一緒にステージに上がって歌う。
シャングリラホテル3階のホールは、日中双方の多数の参加者で大いににぎわった。レセプションの模様は、瀋陽からはるばる取材に来た読売新聞記者によって配信された。大変うれしく思う。
5月23日(土)
ノムヒョン前大統領が自殺。
遺書には、「ひどくつらかった」と。手紙ではなく、パソコンに残された言葉だった。中国滞在中にその衝撃のニュースを知る。韓国では、大統領が代わるたびに、告発合戦が繰り返されてきた。いつまでこの伝統は続くのか。朝鮮半島が一大事のこのときに。
国保の未納率が、2008年度、1割を超えた。過去最高の悪化との報道。
5/23〜26までの訪中。移動時間があまりにも長い旅。
マスクをいっぱい持って、早朝に自宅を出発、8時50分、福岡空港で出発式。友好都市提携30周年の記念訪問。北九州市の代表団と共に出発する記念市民訪問団及び北九州青年会議所訪中団との合同の出発式で挨拶。
福岡空港からインチョン空港を経由して大連空港へ。自分にとって大連訪問は、昨年5月に妻とプライベートで訪問して以来1年ぶりで、4回目である。今回、妻は、コーラスの訪問団からお誘いを受けて、市民訪問団の一員として訪中に参加している。
インチョン空港の検疫は、首に一瞬当てると体温が判明するチェック体制で、思った以上にスムーズに入国できる。インチョン空港内でマスクをして歩いている人は、日本人がほとんどと見受けられる。
中国での検疫は厳格に行われた。訪問団は、小一時間、入国カウンターで待たされる。旧知の王国際局長はじめ大連市政府の皆さんが花束と大きな横断幕をもって出迎えてくれた。佐々木議長と一緒に、空港待ち合い室で王局長(外事弁公室主任)と歓談する。大連市内へのアクセスは、土曜ということもあって快適、半時間ほど、車中でエスコート役の国際局副局長と対話する。1年間のうちに、建設ラッシュの市内は落ち着きを取り戻し、緑化政策がかなり推進されていると感じた。
大連市政府関係者との意見交換会。過去に研修生等として北九州市が受入れた大連市政府職員を招待し意見交換会を開催する。大連市の環境、水道、経済貿易、国際交流、港湾関係の職員の皆さんが多数出席した。大連市から本市に派遣された職員は70人ほどに上っており、両市の強固なネットワークを支える人材に育って本市との交流を支えている。長い目でこの交流を引き続き行いたい。1年半ぶり、2回目の会合である。大連市600万人の地域で都心に当たるのが中山区。そこの李書記(昨年まで区長)も、北九州市役所でかつて活躍した知日派である。
5月22日(金)
日銀、景気判断を上方修正。本市の調査では、景況感は底を打っていない。
昨年度、国内で最も聴かれた曲は、青山テルマの「そばにいるね」だった。
8時50分、環境政策を担当する本市の松岡理事と宿を出発。時折小雨が降る中、札幌の昼の素顔を車窓からながめる。空港への道路は、両サイドが素晴らしい樹林で囲まれ、畑がひろがっている。
SWINE FUL 麻生県知事から電話連絡が入る。車中で電話会談。
政府の柔軟な新型インフルエンザ対応の決定を踏まえて、今後、本市は、県と社会的対応をはじめ、よく協議して対処する基本方針を確認する。電話で本市の新型インフルエンザ対策本部に福岡県庁との協議開始を指示する。
兵庫県、神戸市は休校を解除した。
10時50分、千歳空港発。13時30分、福岡空港を出発。加茂野課長から、車中で諸報告。新型インフルエンザ関連の状況についてまず報告を聞く。電話相談が増えている。
本庁に戻り、企画文化局政策部長から平成22年度予算国提案について。
6月補正予算の市長決定。産業経済局、港湾空港局、建設局と続く。
人事委員会申出を受ける。
北九州港振興協会第45回通常総会で挨拶。
本庁に戻り、平成21年度6月補正予算の市長決定。教育委員会、建築都市局、水道局ほか4局。
夜は、本市出身の瀬尾和紀さんのフルートリサイタル。本市の市民文化賞を受賞して世界で活躍する音楽家の里帰り公演。超絶技巧、フィーリングとも第一人者だ。特筆すべきは、市内の学校をたくさん訪問して音楽のふれあい活動を続けていただいていることだ。休憩時に楽屋で演奏者に会う。世界での益々の活躍を期待している。前半の公演で中座する。帰宅して、ショパンのノクターン、ポロネーズ、エチュード。旅の疲れはいつの間にかどこへやら。明朝、大連に出発するので準備におおわらわ。
5月21日(木)
2008年度の経済成長、戦後最大のマイナスに。今年第一四半期の輸出は26%マイナス。年率換算マイナス15.2%、6年前の水準、1年前の567兆円がGDP516兆円規模まで縮減している。生産減による在庫減の効果は出てくるが、需要がどこまで戻るかについては、楽観、悲観の両論がある。自分は、底入れ感が今後どこまで広がるか注視しているが、厳しい雇用情勢、所得減による消費マインドの冷え込みで個人消費回復のきざしは、まだ見えてこないことが気がかりだ。一部のマスコミ報道が、先行き不安感、不況感をあおりすぎてはいないか。
今日から、裁判員制度がスタート。国民にその意義が十分浸透しないうちの開始。
SWINE FUL メキシコの死者74人に。世界の感染者1万人超。暑くなる北半球は、流行が減少に向かうと期待されるが、逆に南半球は、これから寒くなると流行が懸念されている。ワクチンの開発を急ぐべきだ。寒くなるまでが勝負だ。研究開発に大胆な予算投入をためらうべきではない。
朝、韓国風おかゆを食べる。トランジットの場合、旅行かばんを預けっぱなしにするので、朝の支度には不便である。しかし、ホテルの目の前が、出発ロビーで、この点は、最高に便利である。空港内ロビーでマスクをしている人は、日本人の一部のようだ。10時10分、インチョン空港を出発、空から見える巨大な干潟、すさまじい規模の開発区、海中に浮かぶ幾多の小島、インチョンのスケールは実に素晴らしい。本市の姉妹都市として21年にわたる交流がある。
千歳空港13時着。空港から札幌市街地に向かう道路は、快適で、車窓から見える北海道の深緑は、実に素晴らしい。北九州空港周辺の環境好感度を引き上げる必要性を感じる。環境首都にふさわしい空の玄関口の装いを考えていきたい。
第22回の全国経済同友会のセミナーに間に合う。札幌パークホテルの会場は、企業人であふれかえっている。全国から集まった経営者の皆さんに本市のシティプロモーションをおこなういいチャンスだ。
役目は、地球温暖化対策についてのパネル討論会にパネラーとして参加すること。JR九州の石原社長が座長、東大の山本教授、広島ガス社長らがパネラー。地球環境問題でひとしきり意見を述べ、北九州市のとりくみを具体的事例をまじえて説明する。リコー会長の桜井さんから本市の擬態的な低炭素の削減プランについて質問を受ける。
夜は、企業人との交流パーテイー。札幌市長に挨拶する。福岡県から参加した経営者の皆さんと交流する。札幌泊。
5月20日(水)
朝早く目覚める。すでに北京は暑い、今日は30度を越す日になりそうだ。晴れてはいるが、空は青空ではない。車が増えて朝夕のラッシュ時には、都心の渋滞はすさまじい。ウオーキングシューズを持参していたが、早朝散歩はひかえて、朝食は、ジャスミン茶とフルーツですませる。天安門が窓から見える。あの壮大なながめは何度見ても感動的だ。
初めて人民大会堂の正面入り口に。警備が厳しい。日本の国会をはるかに上回る威容。中国ハイテク企業国際フォーラムの会場は、その北端。市長は、ジュネーブ、ソウル、ミネアポリス、北九州から参加、中国政財界人と中国に進出している世界中の財界人の集まりと見受けられる。
まず指導者との会見、記念撮影のため、人民大会堂の貴賓室へ。
開会式。基調講演。進出企業と中国政府との調印セレモニー。経済危機を乗り越えるため、どんな知恵を出すかと言う趣旨のスピーチが続く。中国に進出している外資系企業人が多い。言語は、中国語と英語のふたつ。
夕方の出番まで時間がある。中座して、当方から希望して面会することになった外交部(外務省)へ。2003年12月に、3回目の訪中だったが、王毅外交部副部長(のちに駐日大使に転出)に表敬したことを鮮明に記憶している。
6年ぶりの外交部訪問。旧知の中国外交部アジア司副司長の呉江浩さんとの会談を半時間。駐日中国大使館で長らく公使参事官をつとめた。国会議員時代何度か会っているが、日本通である。ながらく胸につかえていた光化学スモッグ問題について、率直に意見を述べる、そしてその対応に中国の理解を求める。
また、駐日大使館時代に知己を得た商務省の首脳や自分がエコタウンを案内した中国経団連首脳にも表敬訪問したかったが、今回の訪中は、時間の余裕がなく、日程調整がつかなかった。
次にクレア本部へ。所長から、最新の中国経済情勢についてブリーフィングを受ける。
ハイテク企業国際フォーラムに戻り、講演者出席登録、いよいよフォーラムで講演。自己紹介は中国語で、続いて15分間ほど用意した原稿でスピーチ。バレットさんのネィテイブイングリッシュを数回聞いていたのであがらす、無難にこなせた。
日中環境技術協力を具体的に説明する。
終わって、北京空港へまっすぐ向かう。高速道路の両側には、高い樹木が綺麗に茂っている。自分の知っている限り、もっとも美しい空港アクセス道路である。オリンピックを機会に装いをあらたに魅力的な樹林になっている。
21時5分発。仁川空港に午前1時に到着。空港内のトランジットホテルまでが大変。慣れれば大丈夫だが、人通りの絶えた空港内を岩田係長とてくてく歩いてホテルまで、免税店街の2階にあるビジネスホテルで夜を明かす。1万円である。おかげでインチョン空港は、もう自分の庭みたいなものである。
5月19日(火)
建設局長から、前田中央公園整備事業など補正予算について説明。
保健福祉局計画調整担当課長から5/27下富野公民館開館記念 市長講演について。
総務市民局人事課長。
5/19〜20訪中(北京市)の最終打ち合わせ。アメリカ人のスタッフ、バレットさんにネイティブイングリッシュの発音を習う。時間がないのでテープに吹き込んでもらい、機内でそれを聞きながらアクセント、イントネーション、専門用語の言い回しを体感することにした。
不在中の新型インフルエンザ対策について念のため、麻田副市長、実務責任者の堀口広報官と打ち合わせる。
発熱外来にアメリカ帰りの発熱した市民が訪問との連絡に、市役所はピンとはりつめる。よりによって、出発間際に。
福岡空港16時45分発でインチョン空港へ18時10分着、ここで検査の結果、新型インフルエンザではなかったとの電話が秘書課長から入る。やれやれ、一安心。
19時インチョン発の便に乗り継いで北京空港へ20時10分着。時差があるので、現地21時過ぎだ。本市の上海事務所長に着任する予定の岩田係長、四川省出身で本市スタッフの通訳の劉さんが同行。夜遅い到着だったが、本市から派遣されクレア北京事務所で頑張っている滝口係長、そして中国政府の官僚が出迎えてくれた。もう遅いので、打ち合わせを兼ねて、北京飯店で軽い夜食、中華料理は脂っこいので、こんな時はやはり和食が一番だが、メニュにない、野菜サラダと焼きそばで満足せねばならない。
深夜まで明日のスピーチ原稿をチェックする。テレビで新型インフルエンザの状況を見る。気温が高くなると、インフルエンザの威力は衰える。九州には、まだ感染者がいない。
5月18日(月)
SWINE FUL。兵庫県のすべての小中学校、高校で、結局、休校措置がとられた。
8時40分、マスコミオープンで新型インフルエンザ対策本部の会議。幹部会でこれまでの関係部局から経過の報告があり、今後の対処方針をここで確認する。
市長定例会見。
北九州市教育委員会は、感染予防の観点から、修学旅行で神戸に滞在した中学校の生徒らを出席停止にし、関西方面への修学旅行を禁止した。これを知った兵庫県知事が「行き過ぎ。汚染地域に足を踏み入れたら、お前も汚染源になるというような言われ方だ(毎日新聞)」と不快感を表明した発言をどう思うかと聞かれたので、「ご自身の街で何が起きているかよく考えて発言していただきたい」とコメントする。
こうした状況で訪中の予定に変更はないかと質問され、次の趣旨でこたえる。
「4月28日発足の新型インフルエンザ対策本部において、市長が本部長をつとめている。市長が仮に不在のときは、マニュアルに沿って副市長が代わって指揮を執る体制を整えている。仮に不在だったとしても本部の活動が影響を受けることはない。ただ、この土日で事態が急変したので、時間はないが、この現状を踏まえて検討したい。
大連市訪問は友好都市提携30周年に加えアンテナショップ開設の重要事業があり、大連市から格別の配慮をもらっている重要な意義ある事業である。このように、行政としては出張をするが、市民訪問団に参加される民間の方々には市の対応方針を伝えてすでに了解をいただいている。市民の方々は状況を見て個々人で判断されると思われる。
また北京のハイテク企業フォーラムは中国政府からの初の招待であるが、本市のアジア環境改善への貢献に着目していただいたものであり、本市にとって国際社会に対する絶好のPRの機会となる。
まず大連市や中国政府に問い合わせを行いたい。中国は空港で厳格な検疫対応をやっているが、受け入れについての意見交換を踏まえて最終的に決定する。」
駐日英国大使のディビッド・ウォレンさんによる市長表敬。半時間ほど意見を交換する。イギリスの環境政策を自分から尋ね、本市の環境首都戦略をかいつまんで説明する。
西部ガス鰍ノよる市民センターへの最新鋭のガスコンロの寄贈式。火災事故が起きないように技術開発をすすめたコンロ。市として西部ガスさんに感謝状をおおくりする。
産業経済局新産業担当部長。
三役会議。
橋本副市長から諸報告。
港湾空港局長から6月補正予算について報告。北九州空港の整備など、懸案の前進にご尽力いただいた方々に感謝したい。待てば海路の日和、しみじみこの間の経過を振り返る。高速道路料金割引でフェリー事業者は大変困っている。港湾都市として栄えてきた本市としてどんな支援ができるか、検討を急いでいる。
NPO法人帆柱自然公園愛護会理事長の北山清種さんほか2名が環境大臣表彰受賞の報告に。SWINE FUL問題で憂鬱な日々の中で、さわやかなうれしい知らせだ。長年、緑の保全にご尽力されている。
総務市民局市民部長から5/27市長と気軽にランチタイムについて。
ハローデイ会による「ひまわり基金」への寄付贈呈式。市から感謝状をおくる。
新型インフルエンザ対策本部の広報官から、修学旅行生の健康状況、市内の状況、発熱外来の設置拡充、現時点における政府の対処方針を確認する。とくに患者発生時における行政の対処方針を再確認する。今日は、断続的に企画局長、国際交流部長、環境局、秘書室長などの意見も聞いた。新型インフルエンザ対策は、方針を再確認したので、不在中、副市長、局長を先頭にしっかり対処してもらうことにして、、訪中の重要性ならびに中国側の意向もふまえ、予定通り、北京、大連へ出張することを夕方に決める。
TNC市長インタビューに応じる。
教育委員会企画課長。
財政局長から平成21年度6月補正予算の市長事前説明。
(社)北九州中小企業団体連合会 第34回通常総会後の懇親会。
「LSIとシステムのワークショップ2009」レセプション。全国規模の研究者の集い、歓迎の挨拶をする。
潟nローデイ創立50周年記念パーティー。
ショパンを聴く。英文スピーチの精査、最近の低炭素社会づくりの戦略を追加した。
5月17日(日)
SWINE FUL。修学旅行のキャンセルに続いて、教育委員会は、関西から帰ってきた生徒の1週間休学の措置をとる。関西での事態の急変を受けて、本市の対応を協議、確認するため、明日1番に、新型インフルエンザ対策本部を召集することにした。ここに提案する方針を検討する。担当部局と何度かやりとりして、案文をまとめる。関西は、大変な状況になっている。短期間に大量の患者が確認された。どこまで感染は飛び火するのか、本市の修学旅行生は、大丈夫だろうか。ニュースで関西での高校生の感染のひろがり状況を注視する。毒性は比較的弱いが、感染力はかなり強い。
今朝は、小雨のぱらつく中、若松へ。家庭と地域を良くする講演会。家庭倫理の会若松の主催で、家庭を大切にして家族のありかたを見つめなおす趣旨と伺った。
知人の結婚披露宴に短時間出席。全国から多くの招待客が出席していたが、祝辞にこめた北九州市の子育て支援政策が本市のシテイプロモーションに少しでもなっただろうか。
車で博多へ急ぐ。
中山忠彦先生の日展理事長ご就任の祝賀会で祝辞を述べる。小倉生まれの洋画家。ありがたいことに、本市の文化大使ご就任の内諾をいただいている。昨年は、画伯の生まれ故郷の北九州市立美術館で展覧会を開催していただいた。
博多からトンボ帰り。
金子みすずコンサートで出演者と一緒に合唱する予定の曲を自宅で練習する。
訪中の準備、人民大会堂で北九州市の環境戦略を講演する。中国で講演する英文スピーチのチェック。公害克服の歴史、エコタウン、日中環境協力に加筆して、本市の低炭素社会作り、グリーンフロンティアプランを詳しく述べるよう明朝、指示することにした。
その足で北京から札幌に飛び、全国経済同友会主催のパネルディススカッションに初めて招かれ、環境問題のパネラーで参加する。全国の財界人が一堂に集結している場で本市の環境政策、ひいてはシテイプロモーションのチャンスになると考え、きつい日程を承知で予定化している。時間をかけてファイルを精査する。
「地球が静止する日」
2008年製作、キアヌリーブス主演のSF大作を何回かに分けてついに見終える。スリリングな緊張感にあふれている。
5月16日(土)
SWINE FUL。新型インフルエンザの短期大量の患者確認で大揺れの関西。この方面に市内から多数の生徒、教師が修学旅行に出かけている。修学旅行のコース変更、中止などの緊急対応で、教育委員会は休日返上でおおわらわとの情報を午後にキャッチ。このウィルスの感染力が若い人には強い懸念もあり、旅行を中止、延期すると教育委員会は決定する。
今日は、旧知の医師、薬剤師から新型インフルエンザの特徴や封じ込め作戦について助言をいただく。専門家の見解は、大変役に立つ。自分なりに情報を整理する。このウィルスにはワクチンがまだないが、タミフル等の坑ウィルス薬が治療に効く、昔流行したインフルエンザに感染した年長の世代には免疫があるのかもしれない。還暦を過ぎた世代に患者は殆どいない。幸い、日本では患者が重篤化していないが、妊婦、心臓病など持病のある人は要注意だ。若い人が感染しやすい、したがって集団生活をする学校の対応がきわめて重要になる。政府は、大阪、兵庫の教育委員会にすべての学校の休校措置を要請している。本市の教育委員会は、政府の基本方針にそって対処している。
鳩山さんが新代表に。朝、テレビで会見を聞く。各政党のマニフェストに注目している。とくに、道州制など地方分権を具体的にどうすすめるのか、地方財政の充実策や地方裁量の拡大、そして給付と負担などの諸課題についての公約が焦点だ。
北九州市立黒崎中央小学校の新校舎落成式典で祝辞を述べる。太陽光発電の設備を導入しており、副都心にふさわしい学校がスタートした。
北九州市農業協同組合の発足40周年記念式典で祝辞を述べる。10月1日に合併予定の北九州市と遠賀町の3農協による合併予備契約の調印式が富士見ホールで開催された。JA北九東部、JA北九州、JA同おんがが合併して、北九州農業協同組合(愛称JA北九)が誕生する。3農協は昨年2月に、合併研究会を設置して協議を重ねてきた。地産地消推進のためにも、合併による経営基盤の強化をめざす。本市は、それぞれの農協で培った人とモノを結集することは機能強化につながると合併を歓迎している。成功を祈る。
教職員組合の長年の夢であった北九州教育会館の完成披露会で祝辞を述べる。
国際ゾンタ26地区エリア4「エリアミーティング」懇親会で歓迎の挨拶。
衆議院時代から毎年開催していただいている個人後援会の会合。世話人の皆さんが、市長就任後、初めて企画していただいた。
5月20日、北京で開催される中国ハイテク企業フォーラムに招かれ、市長講演をする予定になっている。本フォーラムは、数多くの国際政治の要人、海外の市長、多くの記者が参加する大規模なものと聞いている。本市は、国際社会における北九州市の知名度向上、ひいてはアジアを中心とする国々との国際経済交流の拡大を図りたいと常々考えているが、今回で12回目となる本フォーラムでは、これまで数百人の国際政治の要人、国際組織のトップ、海外の州長、市長等、及び数千人の世界的に著名な商工・学術リーダー等が集まった実績を有している。中国側の出席者については、現在調整中と聞いているが、中国政府や北京市政府の幹部が出席予定とのことである。なお、中国国内の省、自治区、直轄市等においては、団を組織し連続して参加している。本フォーラムは、毎回多くの記者が参加し、中国関連のメディアを動かしていると聞く。こうした場で市長自らが本市特有の環境国際協力の推進、東アジア経済交流推進機構等の取組みについて講演することは、シティプロモーションの面で非常に効果が高いと考えている。あわせて、中国をはじめとする世界の要人との人脈形成という面でも、新たな効果が期待できる。
5月15日(金)
新型インフルエンザ流行下での市長の中国出張について内部で協議する。
5月の市長の海外出張は、5月19日(火)からの中国ハイテク企業発展国際フォーラム(北京)での講演と、23日(土)からの大連市との友好都市提携30周年記念事業(大連市)及び天津市訪問の二つを予定している。
本市では、新型インフルエンザ発生地域のうち、厚生労働省が新型インフルエンザ蔓延国としている国・地域(メキシコ、アメリカ、カナダ)への出張は、特に慎重に検討すべきこととしているが、現在のところ、中国は蔓延地域・国の指定はされていない。
しかしながら、中国四川省においては発症例も確認されていることから、今回の訪中についてもその必要性について慎重に検討を行った。
その結果、北京、大連への出張は、いずれも本市のPRやプロモーション上の重要事業であり、また大連市との交流事業は30周年という節目の大切な事業であるため、出張先で非常時に適確に対応できる体制の確認及び感染予防対策に十分注意をした上で、訪中を決定したものである。
ただし、訪問前に、遼寧省、北京市及び天津市が蔓延地域になった場合は、訪問の中止や延期を検討することになる。
大連市訪問については、市民団体の方々も同行していただけることになっており、ありがたくまた心強く思っている。すでに市民団体の方々には、新型インフルエンザについての市の対応方針を伝え、了解をいただいている。
基本的には、上記方針に基づいて市の関係者は出張するが、市民の方々は状況を見て個々人で判断してもらうスタンスと考えている。
アメリカについては、上記の通知によると、厚生労働省の指定する蔓延国(現在メキシコ、アメリカ本土、カナダの3国)に含まれているので、記念事業に関しては推移を見守りながら判断して行きたいと思っている。
中国出張は、先にも述べたが、明日5月19日(火)からの中国ハイテク企業発展国際フォーラム(北京)における講演と23日(土)からの大連市との友好都市提携30周年記念事業(大連市)及び天津市訪問の二つを予定している。いずれも重要事業であり、今のところ予定通り行いたいと考えている。
ただし、以下の点に留意しながら情報収集に努め、場合によっては中止、延期或いは中止しない場合でも代理者の派遣の可能性を検討したい。
まず、中国政府や地方政府も今回の日本の状況を注意深く見ていると思われる。仮に当局による日本からの入国制限等や渡航制限が出された場合は、当然事業の中止や延期になるまた、4月28日発足の「新型インフルエンザ対策本部」の本部長に就任していることから他の自治体の対応状況や本市での発生状況などを見極め、慎重に検討したい。その場合、代理者の派遣の可能性を検討したい。
いずれにしても、現段階では情報収集に努め、冷静な対応を行ってゆきたいと考えている。
過半数の47地銀で赤字。前向きな投資も相当にブレーキがかかっている。
3幼児飲酒運転死亡事故で1審破棄、懲役20年の判決。危険運転罪を適用。裁判員制度になったら、この問題はどう解釈されるのか。
秘書室と日程協議。
企画文化局アジア交流課長から北京出張について。
東邦チタニウム叶齧アから新工場建設の進捗状況について。
第50回(社)日本食品衛生協会九州ブロック大会。
小倉退職女教師会の総会。
TOTO竃リ瀬照雄代表取締役会長、張本邦雄代表取締役社長就任披露宴。
広報室長。
もののふ北九州代表の上田隆雄さんほか2名からもののふ北九州設立の報告。
広報室報道課長からTNC市長インタビュー。
環境局環境モデル都市担当理事から5/21札幌での第22回全国経済同友セミナー。
企画文化局国際部長。
建築都市局総務企画部長。
子ども家庭局男女共同参画推進部長から8/21男女共同参画フォーラムの市長講演テーマについて。
企画文化局長、部長から予算国提案について。
(社)北九州貿易協会国際ビジネス情報交流会の懇親会。
堺町安全・安心センター開所式。8800万円をかけて完成した。
識者と懇談。
5月14日(木)
快晴。
民主党代表選挙、さわやかな政策論争で国家のあるべきかたちを示してもらいたいものだ。
官房副長官が辞任。
昨年の自殺者は32200人超。ミゼリー(不幸)指数が下がるきざしは見えない。
新型インフルエンザ。35の国、地域で6510人が感染確認、死亡は65人に。
(仮称)サカエ理研工業葛繽B工場の起工式。
麻田副市長と協議。
環境局環境政策部長から諸報告。
議会からの新型インフルエンザに関する要望書受け。
広報室長。
北九東部農業協同組合畜産部会部会長の梛野保博さんほか3名から北九州市ブランド化戦略小倉牛増産実証展示事業実施について。
港湾空港局整備・立地担当理事。
秘書室と日程協議。
産業経済局緊急経済・雇用対策室長。
財政局都市経営戦略室長から北九州市指定管理者制度ガイドラインの改訂について。
吉川工業椛纒\取締役社長の吉川卓志さんが来室、天津市との循環型都市協力事業について。
企画文化局アジア交流課長。
子ども家庭局長から6月補正予算について。
福岡県中小企業家同友会 2009年度北九州地区総会懇親パーティ。
5月13日(水)
日露協議、エネルギー開発などで協力を推進。本市は、民間ベースの協議をサポートする形でチェリヤビンスクとリサイクル技術の交流の話し合いをおこなっている。
第104回九州市長会の総会。前開催地市長として挨拶。
九州市長会の昼食会で福岡県内の首長と話すチャンスがあった。
長崎市長に嘉代子桜植樹や平和市長会出席の話をする。南九州市長にお礼を述べる。
市長会を中座して北九州市に戻る。
保健福祉局保健医療行政担当理事から新型インフルエンザに関する要望書受けについて。市民球場へ。プロ野球公式戦 福岡ソフトバンクホークス対千葉ロッテマリーンズの始球式。たくさんの観客で球場は大賑わいだった。電光掲示板の改修の予算はつけている。
財界人と懇談。
5月12日(火)
旅先の宿でNHKの特集「四川省の大地震から1年、被災地の人々は今」を見る。
学校の倒壊、多数の犠牲、嘆き悲しむ親の慟哭の映像に胸が痛む。カメラは、子供たちの負った深い心の傷。癒そうと頑張っている若い女性教師。そのきずなを映し出す。小学4年の一人娘を地震で失った教師は、生徒たちに決して涙を見せない。あれから1年、子供たちのまなざしに救われた気持ちになる。強制立ち退きで新市街地の建設が動き出したが、借金に不安を持つ住民が激しく村長を責めたてる当時のシーン、共産党地区委員会で議論の模様の短い珍しいシーンも。ついに観光地は完成した。
三国志の時代、劉備や諸葛孔明が活躍した地域だ。
快晴、しかし、小倉の朝空はなぜかかかすんでいる。
第2回九州地区男女ペアグラウンド・ゴルフ交歓大会2009in福岡の開会式。若松のグリーンパークで盛大に開催された。
(社)実践倫理宏正会九州地区北九州ブロックの家庭教育講演会、会場の厚生年金ホールへ急ぐ。祝辞を述べる。
本庁舎で企画文化局アジア交流課長から5/19〜21中国出張について。
北京で開催されるハイテク企業フォーラムでの講演内容について打ち合わせ。人民大会堂で英語で15分ほどスピーチをする。参加者は、中国人と欧米人が中心で、中国政府から招待を受けた。北九州市のアピール、環境戦略の宣伝の場として願ってもないチャンスだ。パワーポイントを使って、北九州市の歴史や環境政策をアピールするが、日本語からの同時通訳では、スピードが合わないらしい。
テレビ局のインタビューに応じる。
昼前に市庁舎を出発。15時半に人吉市に到着。車中でテレビニュースの収録をまとめて見る。
人吉市へは初訪問。清流球磨川の名の通り、盆地のいい所だ。
第104回九州市長会の理事会。明日の総会の全議案を協議する。
理事会懇親会で前開催地市長として謝辞を述べて回る。市長のメンバーと懇談する。
テレビは、民主党代表選を追っかけている。
5月11日(月)
朝から終日びっしり予定を入れて都内をまわる。企業誘致、新規投資、地域貢献へのお礼などが主役だ。
旭硝子椛纒\取締役社長、そして鞄月ナのLED部門担当の代表執行役副社長にはそれぞれ本社に出向き、雇用の維持、新事業の北九州工場での展開を強く要請する。
14時、内閣府の講堂へ。平成21年度低炭素都市推進協議会第1回総会、会長を仰せつかっている。方針を協議、決定する。
夕方、四谷にオープンした韓国文化院へ。韓国大使館文化院の姜基洪院長さんに館内を案内していただく。ギャラリーのちぎりえ展のオープニング。素晴らしい設計、デザイン、韓国文化の粋をふんだんに盛り込んだ建築。インチョン空港との定期便化など北九州の韓国交流の歴史について説明する。映画のロケ誘致の協力を要請する。
このとき、秘書室から小沢さん記者会見の第一報が入る。マスコミ向けに急ぎコメントを作文するが、思いもかけないタイミングだった。
夜は、マスコミ、大使館の有志の皆さんと久しぶりに意見交換。
夜11時過ぎのスターフライヤーで北九州へ。午前1時に着陸。さすがに眠い。明朝は、熊本県人吉市に出張のため、明日、熊本空港へ向かう予定だったが、朝の北九州の行事に出席することにしたため、深夜の移動となった。
5月10日(日)
快晴、初夏の気温、スポーツなどの行事が市内で多いので、光化学スモッグの発生が心配になる。
8時、小倉城横で駅伝大会。昨年より参加チームがふえて61チームに。第9回北九州市民ひまわり駅伝大会の開会式で激励の挨拶。老若男女、障害のある人も参加できる。小倉城前広場は、多くのジョギングファンでにぎわった。
8時45分、第4回の皿倉山健康ウオークの出発式で激励挨拶。東田地域を散策。
11時、牧山児童館の落成式。素晴らしい館がオープンした。
小倉井筒屋パステルホールで開催されたバラの展覧会へ。高城会長の案内。今年は、出品する予定の花がうまく咲かなかったので鑑賞するだけの参加。2年連続、ミステイーパープルを出品したが、害虫に弱く、今年は葉がきれいにそろわなかった。洞海バラクラブのメンバーである。
井筒屋首脳から禁煙タバコ「タエコ」を紹介される。実にユニークな発想のエコ製品で、いま、売れてるらしい。電池しかけの火を見ながら、水蒸気の紫煙をくゆらせる。
14時前に北九州空港へ。エアターミナル会社の社長さんと空港をめぐる諸課題について意見交換。マスクをして機内に、羽田へ向かう。羽田空港や機内でマスクをしている人はまれである。
車中で大川課長からシテイプロモーションの報告を受ける。
企業経営者と懇談。創業からの歴史、景気回復の見通し、アジアマーケットの展望など。
ニューウエーブが大勝、5勝4敗1分、7位となった。早く4位以内に上がってほしい。
東京泊。
5月9日(土)
北九州市で光化学スモッグ注意報が今年初めて発令される。中国大陸からの光化学オキシダントの流入が原因と見られている。役所は、注意を呼びかけるとともに、関係企業に対し、濃度を下げるため操業抑制を要請する。
9時過ぎ、総合体育館へ。第12回市長杯争奪レディース・スポーツフェスティバル総合開会式で激励の挨拶。
11時、田川市の中村美術館へ。
平野遼さんの展覧会。平野夫人と一緒に鑑賞する。田川市長も一緒。セメント工場跡を再利用した立派な美術館である。庭が綺麗で、茶室があり、東京、フランスで修行した料理の達人がシェフ長をつとめるフランス料理のレストランがある。
13時半、全国花のまちづくり北九州大会で歓迎の挨拶。
14時、第2回の認知症北九州大会で連帯の挨拶。
14時40分、黒崎の経営者有志と黒崎再生のテーマで意見を交換する。昨年末から懇談の要請を受けていた。
16時、若松中央ロータリークラブの創立30周年の記念式典で祝辞を述べる。
夜、企業経営者と懇談。久しぶりに黒崎の繁華街を歩く。多くの市民から客引き対策を要望されているが、現実を目の当たりにする。
レッドクリフパート1のクライマックス、八けいの陣を見る。赤壁の裏山の陣。1800年前と言えば、日本は邪馬台国の時代だ、これほど高度な軍事戦術があったとは驚きだ。
5月8日(金)
福岡市や長崎、佐賀、熊本各県で光化学スモッグ注意報が発令された。伊万里や有田、阿蘇町などでスモッグ注意報とは、愕然とする。工業地帯では、不景気のため生産は相当落ちている、しかも、工業地帯ではないところもたくさん発令されている。これは、明らかに大陸からの原因物質の流入が原因であると思われる。
政府、人事院臨時勧告を完全実施。各自治体は、政府の方針決定をふまえて検討をすすめている。
定例の記者会見で乳幼児など医療助成制度のついて所見を聞かれる。今日の議会で報告をし、各会派の意見を聴取していく段階でもあり、制度改正の基本的な方向性を述べるにとどめる。
秘書室と日程協議。
来北した九州地方整備局長の岡本博さんほか3名から平成21年度直轄事業負担金、本市関連の予算について説明を聞く。地元の要望を局長に伝える。
企画文化局国際部長から中国出張について。
(社)北九州青年経営者会議第49期会長の永野謙一さんほか2名が就任挨拶に。
中国大連市友好都市30周年記念 市民訪問団「北九州をうたう会」への激励あいさつ。
北方校区自治会長ほかとの意見交換。
鈴木顧問から諸報告。
テレビ東京「たけしのニッポンのミカタ!」市長インタビュー。
財政局長から「わかりやすい北九州市の財政」について。
第59回フローレンスナイチンゲール生誕記念祭で祝辞を述べる。
2009春のもりつね徳力音楽祭で一緒に青春時代などを歌う。
5月7日(木)
任天堂は売り上げ、純利益とも過去最高という。この不況下でなぜ好調なのか、解説を読んでみる。商品開発、販売戦略は傾聴に値する。第3次産業の発展は、本市の産業政策の課題である。
教育委員会、いのちのたび博物館副館長。
産業経済局長からAIM大塚家具撤退後の後継テナント誘致の進捗状況について。複数の問い合わせはあるが、最近の景気動向もあって成約には至っていない。
広報室長。
小倉北区・南区合同の戦没者追悼式で追悼の辞を述べ献花する。
環境局環境モデル都市担当理事から低炭素都市推進協議会の第1回総会について。
建設局長から都市計画道路事業の説明についてほか。
総務市民局長。
産業経済局商業・観光部長から諸報告。
企画文化局シティプロモーション部長から北九州市ブランド戦略会議について。
政務で門司へ。風師山の中腹をしばし散策する。
門司区内の老舗の料亭でロータリアンの会に初参加。各界で活躍する参加者から焼酎グラスを片手に貴重なお話をたくさん聞かしてもらった。
報道で最近のコムシティの動向を知った市民から、詳しい説明を求められる時が時折ある。おおむね以下の趣旨でこたえている。
「富士通コミュニケーションサービスのコムシティ入居が、このたび白紙になった。富士通との合意解約を得た上で正式に沖創から報告を受けたのは、4月30日午後である。経済不況でテナントの誘致が非常に厳しく、全体計画を再検討せざるをえないということである。
これまで本市としては、IT関連企業の富士通コミュニケーションサービスの誘致や、改修工事費の一部を支援するための平成21年度予算での計上など、可能な限りの取り組みを行ってきた。事業主体は、沖創建設であるが、市としても、可能な限りの取り組みにより、1日も早いコムシティ再生に向けて取り組んできた。しかしながら、再生の実現にさらに時間を要することとなり、まちづくりを担当する行政として、大変残念に思う。
富士通コミュニケーションサービスの入居が実現しなかったことについては、民間企業間で協議された結果であり、残念ながら、市としても受け止めるしかないが、沖創建設は、新たな再生計画の策定に意欲を見せており、まずは、新たな再生計画の内容がどういったものになるのかを待ちたい。沖創建設は、これまでにも、権利の調整をはじめ、難しい課題を克服し、早期再生に全力で取り組んできたし、今後も、再生への意欲を見せており、現時点では、同社による再生に向けた新たな取り組みに期待するとともに、本市もできるだけの支援をしていきたい。沖創建設にとって、コムシティは大事な資産であり、引き続き再生に取り組みたい、としている。
沖創建設の再生計画の見直しに至っても、市は床を買わないのかとの意見が市民にもあるが、まずは、沖創建設が目指している新たな再生計画の内容が、どういったものになるのかを見極めることが重要だと考えている。現時点で、市が購入する考えはない。コムシティの再生は、黒崎の中心市街地活性化における目玉事業であり、再生時期が遅れることは非常に残念である。本市としても、沖創建設と協議しながら、新たな再生計画の早期策定、及び再生の実現に最大限取り組んでまいりたい。」
5月4日(月)〜5月6日(水)
公務は入っていないが、所用で結構忙しい日々をすごす。
ただ、新型インフルエンザ対策のため、連休前に、幹部職員は所在、連絡先をはっきりさせておくことを申し合わせた。市長が、市外に出かけているとき、何かあれば、副市長が緊急対応をする。連休中、24時間オンラインの携帯電話をいつもそばに置いて時間をすごした。もし、市内で感染の疑いがある患者が確認されれば、市長に緊急連絡がはいる。危機管理の対応は、マニュアルにそってそれぞれ行動が定められている。
SWINE FUL 新型インフルエンザに関する内外のニュースを見たり読み直したりする。まだ、ワクチンはない。毒性は強くなさそうだが、感染は拡大しつつある。若い人に重症化の傾向がある。マスクをいつもかばんに入れているが、どこまで効果があるかは不明である。県が100万人分を備蓄しているタミフルは効くと言われるが、安心はできない。修学旅行など人の往来に影響が出始めているが、経済産業貿易への影響も懸念されている。
膨大な今年の政策資料の整理にたっぷり汗をかく。収録したテレビニュースの記録を見る。山のようにたまった新聞の切抜きを読み直す。景気回復の見通しについて識者のレポートをいくつか読んでみる。底打ち感は、実際どの程度広がっていくのか、まだ先は見えてこない。
飯塚の知人の見舞いへ、立派な橋を見かける。
中小企業経営者や元気のみなぎった年長の識者との懇談会。
スポーツで命の洗濯。
響ホール室内アンサンブルのレコード2枚を何度も聴く。
ルナンのイエス伝を読む。
インターネットでホームページをいくつかサーフィンする。光ファイバーをアパートに配線したので、ネット環境は好転した。
DVD映画のミニシアターを自宅の4畳のマイルームにつくる。
息子が初給料で買ってプレゼントしてくれた映画用の小さなテレビ、モバイルパソコンの大きさだが、気持ちがうれしい。ミニコーポーネントをそろえるために、一緒に近くの安価な量販店に。カップ大の超ミニ2個、八幡饅頭の箱を2つ重ねたくらいの大きさのスピーカを息子に選んでもらい、帰宅してセットしてもらう、できあがった、我が家のミニシアターだ。
まず、ワグナーのワルキューレの1幕をDVDで観る。バレンボイム指揮バイロイトでの1992年のライブの収録。ワグナーの作品で一番惹かれるパルジファルを探したが、なかったので、リング指輪を選んだ。ワルキューレの音楽は、久しぶりだ。劇的な音楽ドラマだが、シナリオをある程度理解していないと素直に聴けないところは、やはりワグナー的だ。
息子とゴルフの練習に、初めてクラブを握ったという。ゴルフ練習場は満員だ。スポーツで汗をかくことは本当にいいことだ。
THE BEST YEARS OF OUR LIVES
日本名のタイトルは、我等の生涯の最良の年。戦後帰還兵を迎えたアメリカの家族、社会を描いたヒューマンな秀作。
第2次大戦が終わって、生き残ったアメリカ兵は故郷に帰還した。たまたま同じ輸送機に乗り合わせた3人の元兵士は同じ故郷に戻っていく。両腕を失い義手で生きる若い元海軍兵士は肉親、婚約者とつらい再会をする、いつしか結婚を断念するまでに落ち込む日々をおくる。空軍元大尉は、夫の出征後、家出しナイトクラブつとめをしている妻を探すことから始める、戦争中の悪夢にさいなまれ、仕事が見つからず安給料のアイスクリーム屋の店員になるが、妻とうまくいかない、幸い、銀行役員に復員できた元軍曹は、人生を再スタートする帰還兵への寛大な融資に反対する頭取たちと意見が合わない、しかも愛娘は元大尉と恋に落ち、心配した父親は、帰還兵の元大尉に二度と会わないよう言い渡す。娘をもつ父親にとっては、他人事ではないシナリオの展開だろう。娘の母親役は、マーナロイ、良妻賢母の典型のような母親で娘を見守る。
3人の元兵士は、それぞれ決断する。その過程は長く、時にシリアスである。そしてタイトルにふさわしい人生の門出の日を迎える。1948年アメリカ映画、アカデミー8部門を受賞したウィリアムワイラー監督の代表的名作。
レッドクリフのパート1
三国志は横山光輝の漫画シリーズ全巻を3回くらい愛読しただろうか。中国の古い映画で観たり、三国志演義を読んでみたが、やはり横山の漫画のイメージが強い。劉備の頼もしい忠臣の将軍たちの活躍は痛快、諸葛孔明の名参謀ぶりは圧巻である。
映画は、その後半に当たる蜀と呉の連合で魏の大軍団に闘いを挑む世に名高い赤壁の戦いに至る過程がパート1.実に見ごたえがある。
アリババと40人の盗賊
1944年、戦時中のアメリカ映画。カラーである。
蒙古の大軍に攻められ、大公を殺害された息子のアリは、生き延び盗賊の一味に育てられる。盗賊と言っても、バグダッドの住民からひそかに期待される義賊であり、反蒙古の政治的立場である。10年後、盗賊の首領に成長したアリは、少年時代の許婚と再会するが蒙古軍に囚われる。はたしてアリババの仲間たちは40人ほどの少数勢力で彼を救出できるか、蒙古の支配を倒せるか、いよいよ決起の日がやってくる。痛快なドラマである。
5月3日(日)
我が家は、知覧茶を愛飲している。
でも知覧にはまだ行ったことがなかった。知覧町は、合併して現在、南九州市となっている。昨年、本市が交流協定を結んだ南九州市から招待状をいただいた。毎年5月3日に開催される知覧特攻基地の戦没者慰霊祭の案内である。
北九州市長として初めて参加することにした。
朝、小倉駅へ、片道4時間の旅だ。8時37分発の新幹線でまず博多へ。次に、特急リレーつばめに乗り換えて新八代駅10時48分着。10時51分発の特急つばめに乗り換えて鹿児島中央駅へ11時30分着、昼食時間がないので折尾かしわ飯弁当を車中で。風光明媚な所を列車は走るが、熊本南部からは、トンネルが多いのが残念だ。うれしいことに、鹿児島駅には南九州市の職員の方が出迎えてくれた。彼の車で知覧に向かう。遠くに桜島が見えてくる。鹿児島市内を抜けると、自然景観の素晴らしいところをすすんでいく。45分ほどで知覧の公園に着く。そこは、かつての飛行場である。
13時、第55回の慰霊祭が開式された。
市長、議長に挨拶して着席する。3000人以上の参列者と聞いた。かつては1万人もの参列者だったが、歳月とともに遺族は高齢化していく。お孫さんにあたるような若い世代の遺族の参列も目を引いた。慰霊祭で焼香と献花をおこなう。多くの追悼の言葉に聞き入る。最後に、加藤隼戦闘隊、同期の桜を全員で合唱する。15時に終了。立ち去りがたいものを感じつつ、慰霊祭式場から平和会館へ散策する。
南九州市の霜出勘平市長ほか市幹部の皆さんにご案内いただいたお礼の挨拶をする。それから、霜出市長と一緒に知覧特攻平和会館を見学する。館内は、多くの参観者であふれていた。一人の年長の語り部を紹介していただく。彼の丁寧な解説を聞きながら1300余の遺影や綺麗に清書された遺書を見て回る。死を目前に、出撃前夜に書かれた一文、何と美しい筆跡だろうか、青年たちは辞世の区を詠んだ。語り部が一通づつ遺書を読んでいく。家族のことを思いつつ軍命に殉じた青年たち。その中に北九州市八幡西区出身の青年の遺影を見つける。全国から集められた青年たちの中には、朝鮮半島出身の人も少なくない。多くの飛行士は17歳、18歳の青年である。米軍は、戦後残った日本の戦闘機をことごとく解体したが、1機だけ例外的に残した。その戦闘機がここに飾られている。日本を空襲したB29に2回体当たりした戦士の勇敢さに感じ入った占領軍の特別の配慮だったという。戦没者のご冥福を衷心よりお祈りして公園を後にする。
南九州市職員に車で駅まで送っていただく。道路沿いに募金で設置された多くの灯篭が参列者を見送ってくれた。全国一の生産量を誇る知覧茶の茶畑が一面に広がっている。駅まで50分、車窓から山の稜線を見入る。山並み、新緑の美しさは比類がない。
行きと同じ行程で小倉へ戻る。鹿児島駅17時52分発、小倉駅20時44分着。終日、秘書課長が随行してくれた。
この日、ニューウェーブ、アウェイで敗れ、8位に。守備は補強の成果がでてきて、確かに安定したが、攻撃力が課題、負けるときは、いつも惜敗だ。次回を期待したい。
アルビノー二のアダージョを聴く。
5月2日
快晴、さわやかな一日。
SWINE FUL
韓国で新型インフルエンザ2人目の感染者、アジアで2例目。政府は、韓国への渡航を制限する考えはない。これで感染者は16カ国・地域に広がった。豚インフルエンザの毒性ははたしてどれくらいだろうか。今のところ不明である。メキシコの死者は、一部がスィンフルが原因とも言われ、因果関係は現時点で不明である。アメリカでは600校以上が休校になっているとの外電。
自分自身、うがい、手洗いの励行に努めているが、マスクはまだしていない。ただ、マスクと飲料水、非常食は準備しつつある。また、市のマニュアルをよく点検しておきたい。不幸にして日本で患者が確認される日がいつ来てもいいように、心の準備も必要。備えあれば憂いなしだ。
人事院は、薬害などの行政の失敗事例を国家公務員の研修教材にする方針。出来上がったら、さっそく取り寄せて読んでみたい。
大手6行の赤字は1兆2000億規模、金融機関の貸し出し姿勢は、かなりこわばって来ている。全国的に、本来前向きな計画で地域から期待される投資にもかなりブレーキがかかっている。日銀の思い切った追加対策を期待する
介護事業所で未経験者の中途採用を拡大するところがあらわれた。人材確保を企業戦略にするという。
ゴールデンウィークのスタート、高速道路1000円政策で渋滞のひどいところもある。無料にしたら一体どうなったのだろうか。
公務はなく、関西で時を過ごす。夕方、小倉へ戻る。
妻と旦過市場の周辺を散策。一昔前の風情が残っていていい。少し、気分が明るくなる。
5月1日(金)
市職員逮捕について,、臨時の記者会見を開き、次の趣旨でお詫びする。
「選挙の公正さを根底から揺るがす過去に類を見ない悪質な事件であり、市のイメージは著しく失墜した。この事件に関して市職員が逮捕されたことは、大変残念だ。市民にご心配ご迷惑をおかけしていることを深くお詫びしたい。捜査の進展を見守る。事件の早い真相解明を望む。処分については、適正な手続きをふまえて厳正に対処する。」
日本経済の減速。マイナス3.1%の経済成長に下方修正、有効求人倍率が0.52倍に。
経済情勢の悪化を受けて、コムシテイの床を取得している沖創建設が1月発表の再生計画を見直し、富士通コミュニケーションサービスとの契約を円満解除したとの報告を4月30日午後、市が受けたので、担当局長より会見する。趣旨は以下の通り。
「解約の理由は、沖創建設側の計画見直しによるものと聞いているが、詳細は承知していない。本市としては、富士通コミュニケーションサービスの誘致も含め、コムシティの早期再生に向けて、可能な限りの取り組みを進めてきたが、厳しい経済情勢により、沖創建設が、再生計画の見直しを余儀なくされたことについては、非常に残念に思っている。今後の新たな再生計画の策定に向け、本市としても、沖創建設と協議しながら、早期再生が実現されるよう、最大限取り組んでまいりたい、と考えている。
なお、富士通コミュニケーションサービスについては、昨今の厳しい雇用環境の中、同社の進出により、多くの雇用が創出され、本市の活性化にも貢献するということで誘致を進めてきたので、引き続き、市内で新たな事業展開をしていただけるよう、積極的に進出を働きかけていきたい。」
SWINE FUL
ついに日本で初の新型インフルエンザの疑いのある患者が確認された、と深夜の政府第一報だったが、のちに豚インフルではなかったと訂正した。確認には、相当の時間がかかる。本日、市は、新型インフルエンザ対策の危機管理マニュアルを公表した。策定の大幅前倒しを指示していた。
夜、関西へ。気持ちは、ゴールデンどころか、いろんなことが重なってブラックウィークである。北九州市で患者が確認された場合は、すぐに戻る連絡体制を確認して新幹線に乗り込む。