エピソード
1月5日(金)
小倉駅前の早朝街宣。3人の候補者がかちあう。騒然とした雰囲気。
企業挨拶。小倉南区のスポーツイベント。事務総長と意見交換。選対本部で来客応対。NHKの取材。ハートフル北九州号に乗って街宣活動。小倉井筒屋前、リバーウオーク前で演説。連合北九州を表敬訪問。草の根市民運動の拠点をいくつか訪問。夕方、朝日新聞の取材。黒崎の懇談会。知人のお通夜。電話連絡に忙しい。マニフェストの検討。
1月4日(木)
折尾駅前で早朝街宣。出勤者はまだ少ない。博多へ挨拶回り。街宣活動。八幡東区まわり。1987年以来、参加している新日鉄恒例の賀詞交歓会には今年初めて招かれなかった。その所感は、選挙後にアップロードすることにしよう。マニフェストの検討。
1月3日(水)
今朝はあたたかい。寒いと体力を消耗するが、こんな日は俄然元気が戻ってくる感じだ。元旦以来のくしゃみも今日でとまった。
朝は、3号線の則松交差点の街宣からスタート。ご推薦をいただいている団体の会合に参加する。今日はずっと4人のチームで回る。新聞社の取材。次に、折尾駅前、そして黒崎駅前へ。穴生で昼食。小倉チャチャタウン前から井筒屋まで、大渋滞していたので車上街宣。紫川にかかる橋の上で街宣。数人のスタッフがお正月返上で本部につめてもらっている、ありがたい、その選対本部にしばし立ち寄る。3号線のスペースワールド入り口交差点。テレビ局の取材。4時半に街宣活動を終える。今日は、小倉、門司で街宣している応援団に合流できなけて残念だ。たくさんの人に手を振ってもらい、大変にうれしい。
マニフェストの新規項目について政策通のブレーンの一人と意見交換する。年賀はがきに目を通す。ビラの内容について意見を交換する。やることは一杯、正月3が日はあっという間に過ぎ去った。毎日せわしなく動いたが、夜の会合がなかったので、十分静養ができて良かった。明日からが勝負だ。
1月2日(火)
少し、眠れたようだが、正直言ってまだ寝たりない。小雨のぱらつく中、小倉へ緒方随行秘書、帰省中の二男と向かう。8時35分、小倉伊勢丹の従業員入口前にたつ。雨。9時40分、2階の玄関前に移動して挨拶。城井前代議士、原田さん、世良議員、本田さん、首藤さんの5人が正月返上で一緒に挨拶に付き合ってくれて誠にありがたい。10時半、小倉井筒屋前に傘をさして立つ。11時半、東田のイオン前へ、泊議員が一緒に立ってくれた。13時半から、黒崎駅前で頑張っていると、偶然通りかかった有力者にマイクを握っていただく。15時半に街宣活動を終える。16時半に帰宅、ホームページの更新、年末からフリーズしていた自宅パソコンの復旧作業がようやく完了する。
知人がノロウイルスに感染したと言う連絡。晩飯のメニューから早速生ものを外す。マニフェスト最終稿のチェック。半年間の活動で見聞し対話した経験を元に一考する。
モーツアルトの風景を眺めながら、原稿をせっせと書く。ピアノコンチェルト20、21番の演奏とモーツアルトゆかりの映像を収録したDVDである。半年間の休みない活動が癒される、最高にいい音楽だ。30年前に初めて聴いた時とは違って、一音一音が心にしみこんでくる。何という深い情感の表現だろうか。
1月1日(月)
零時前に毎年お参りする広旗八幡宮にお参りと挨拶に。おみくじは大吉だった。11時半には小倉へ移動、参謀の判断で八坂神社へ。偶然かちあったが、やむをえない。零時のカウントダウンが隣のリバーウオーク広場から聞こえてくる。1時半まで、自見さんや柴田さんと一緒の橋でにぎやかに挨拶活動を続ける。
2人が帰ったあと、2時半まで、さらに挨拶を続ける。ここは圧倒的に若い人の初詣が多い。多くの初詣客と握手をする。3時に、8ヶ所のお宮前で旗を立ててがんばっていただいた応援団の皆さんにお礼を申し上げ、一本締めで締める。元旦返上で応援していただいた方々に助けていただき、感激する。宮立ちの活動は、こうして無事終える。宮立ちは、20年前の末吉選挙以来のことで、2回目である。
自宅に帰り、30分仮眠、そして家内と出発。5時、折尾で開催された朝起き会の元朝式で祝辞を述べる。それから7時過ぎ、戸畑の金刀比羅神社に登山、初日の出を拝む。雲のたなびく朱色の初日は、見事だった。お宮のくじは大吉だった。マスコミの取材を境内で受ける。それから数多い参拝者の皆さんを前に氏子のはっぴを着て餅まきをする。終わって、槻田の後援者の集まりに参加する。ここまでは毎年恒例の行事参加。9時過ぎ、お世話になっている方に挨拶。2時間仮眠を取って。14時、お寺の元旦祭。16時、直方の有力支援者に挨拶に出向く。電話で新年の挨拶。おせちを家族で食べる。今夜はぐっすり眠れそうだ。息子のすすめでマイボデイガードを見るが、ワシントン主演、半年ぶりに見る映画だが、感動的な傑作だった。
12月31日(日)
目覚まし時計をかけずに眠れることの解放感を半年ぶりに味わう。目覚めの音楽にシューマンの子供の情景を2回ほど聴く。何という優しい世界だろうか。
今日は、最高にいいお天気だ。薔薇の手入れをする。
イラクでテロ、30人死亡。いつまで悲劇は続くのだろうか。
資料、本の整理。子供と買い物に出かける。来客応対。東京からの引越し荷物の片付けは大変だ。ブラームスの音楽風景をしばし楽しみながら、ホームページの更新に汗を流す。
マニフェストで一考する。年越し蕎麦を食べて、毎年恒例の徹夜の旅に出かける。
12月30日(土)
ついにフセインの死刑が執行される。テロが増えなければいいが。彼を殉教者にさせない段取りは十分だっただろうか。
朝一番は小倉南区へ。そして八幡へ戻る。都市再開発の専門家と意見を交換。末吉さんの手法、発想を修正すべき時として、いくつかの問題点に話題が及ぶ。お世話になった方の告別式に参列する。小倉南区へ餅つきのためもどる。2ウスつく。風光明媚な田園地帯だが、政令都市でこんな自然が残されているのは驚きである。
選対本部でマニフェストの打ち合わせを3時間。骨格が固まる。スタッフから民主党本部の最新の世論調査の分析を聞く。着実に前進している。年末年始の予定が確定。スタッフには長丁場を頑張ってもらっているのでやすんでもらう。しかし、自分は、当然のことながら動く。国会議員に初当選して21回目のお正月だが、だいたい、これまでゆっくりしたことはない。
夜、八幡西区の12の消防団を激励でまわる。毎年、年末恒例の行事としている。久しぶりに明日はゆっくりできる。半年振りのしばしの休息だ。
12月29日(金)
福岡のいじめ自殺で学校の責任が重いと調査委員会が指摘。当然の結論だと思う。最近も数人の中学生から担任がいじめの話の解決に乗り出してくれないと口々に言っていた。
門司駅前で7時から1時間半、寒風吹きすさぶ中を朝立ち。マイクを握る手が凍えてしまう。シベリヤからの風だろう。恐ろしい寒さだった。数名の方が一緒に立っていただく。八幡の朝礼2か所。門司駅へ戻り、社民党の街宣車で福島、馬場議員、井上県議候補と街頭宣伝活動をする。八幡の福祉の現場へ。
徳力、曽根、旧東映前で市会議員団らと街宣活動、2時間半。厳寒の中で一日頑張る。
若松の忘年会。マスコミ記者さんたちと門司で懇談会。
12月28日(木)
後任に渡辺さんが大臣に。
早朝、黒崎駅前で街宣活動。病院関係者に挨拶。楠田大蔵議員の来訪を受ける。建設現場で餅つき大会で餅をつく。トルネード藤田教授のお墓にお参りする。中小企業社長の来訪を受ける。港湾政策の今後のあり方が話題となる。
12月27日(水)
佐田行革担当大臣が辞任。
小倉駅で早朝街宣。有機栽培農業の現場で話を聞き、餅つき会で挨拶する。スポーツ界の大御所と意見を交換。市労連役員と意見交換。中小企業団体役員と懇談。市交通局の当面する政策課題について意見を交換。企業忘年会。学生有志と意見を交換する。
12月26日(火)
早朝、門司駅前で街宣。友人の紹介で福祉関係の事業所を訪問、挨拶。教育関係者の来訪を受ける。食の安全に関するシンポジウムの打ち合わせ。福祉政策について意見を交換。戸畑の挨拶回り。リバーウオーク事業完成の祝賀会に出席。自動車関係の中小企業の忘年会。自民支持だが、応援するとの由、うれしい限りだ。青年会議所の同期生グループととことん懇談する。大いに盛り上がったが、同級生のありがたみを痛感する。
12月25日(月)
ヨーロッパの選挙なら、この日は政治休戦になったかもしれないが、残念ながらここは日本である。早朝は、八幡西区の街宣。小倉へ企業挨拶。それから八幡東区へ。東陶労組の幹部会に招かれる。東芝労組の会合に招かれる。、自動車総首脳、続いて基幹労連委員長が激励に駆けつけていただく。マスコミ会見で趣味などについて1時間、取材を受ける。夜、戸畑区で集会。東京から馬渕議員が応援に来てくれた。クリスマスの夜に多くの方がお越しいただき、感激する。
12月24日(日)
安保理が全会一致でイランを非難する決議。イラクの次は、どうやらこの国みたいだ。長期化するといわれている。
小倉で2箇所、企業の挨拶回り。有力な支援団体の選対会議でアピールする。会員になっている八幡の囲碁会で懇談会。楽しいひと時で大いににぎわう。年長者スポーツの役員の皆さんと懇談する。八幡西区で街宣。寒いが頑張る。黒崎、引野、集会で政策を語る。
クリスマスイブは、会合がなかったので、久しぶりに家族でそろって夕食とケーキを食べ、早く休む。
12月23日(土)
北朝鮮が核を放棄せずと言明。いかんともしがたい相手国のかたくなな姿勢だが、アメリカは一体どうするのか。日本政府は、非難するのみ。
今朝は、温かい陽射し、ずっとこのままであればいいのに。
八幡、小倉で餅つき大会。長年おせわになっているお寺で挨拶。大久保参議院議員の紹介で八幡の会合に出席。カラオケ道場の大納会。博多方面で忘年会、往復2時間。顧問を拝命している戸畑提灯大山笠の納会。馬場市会議員の後援会の集まり。
12月22日(金)
6時50分、西小倉駅で早朝の街宣。寒いので、思わず演説が力んでしまう。
小倉南区。そこから門司駅前へ。
ここから社民党の宣伝カーに乗って夕方まで全区をまわる。推薦を決定していただいた。社民党の市会議員団と小島県議候補がマイクを持って応援の演説をしていただいた。門司駅前から、小倉北区、南区、戸畑区、八幡、若松区で6時間ほど街宣活動をする。社民党と政策協定を結んだ教育、福祉政策の充実を中心に持論を訴える。
幼稚園のクリスマスパーテイー。夜は、若松2箇所、小倉2箇所、八幡の忘年会で挨拶する。時間との競争で駆ける。
12月21日(木)
社民党県連合との間で政策協定を締結する。教育福祉、弱者対策強化など10項目で合意する。社民党が、官僚の時代ではないとして、ご支援を当方にいただけることに感謝したい。
税調会長が一身上の理由で辞任。やめて当然だが、総理はなぜここまで彼をかばったのだろうか。官舎に住まわせるとは、どう考えてもひどい話だ。自民党内からは、若いなとの声もあがっているようだ。
ブッシュ大統領、イラクの治安悪化を認め、兵力増強を示唆。いよいよ政権の末期症状である。
早朝、小倉駅街宣。小倉南区の企業挨拶。八幡の企業挨拶。企業集会でものづくりの復権を提唱する。年金病院の将来について意見を交換。若松集会、多くの方に集まりいただく。若松まわり。三宅まゆみ議員と若松ロータリーで夕立ち。本部打ち合わせ。きい後援会の忘年会。資料精読。洗濯。
12月20日(水)
今朝は眠いが寒くはない。小倉駅前でハートフル北九州の街宣。中村よしお市会議員がマイクを握っていただく。朝飯はローソンの肉まん。好物である。八幡西区で会合。ハートフル北九州の本部へ。スタッフ全員が集まっていて議員辞職後初めて顔をあわす。20本のカーネーションを贈呈され、言葉に詰まる。それから黙々と小倉をまわる。電力ユニオンの研修会でエネルギー政策と北九州の課題について報告する。ハートフル北九州本部で作戦を協議。
中堅企業人の集まり2箇所。厳しい経済環境の中でも躍進を続ける経営者の気迫とセンスの一端に触れる。電機連合の決起集会で気合いを入れてもらう。クリスマスパーテイー、女性の職場の忘年会。9時半過ぎ、小倉の戦後を熟知するシェフの店で好きなモツなべの晩飯。お隣のお客さんに激励されての食事、たまらなくいい味、疲れが吹き飛ぶ感じだ。ホームページの更新。
12月19日(火)
早朝5時半の飛行機で上京。政治顧問を務め、大変お世話になってきた基幹労連や会社に20年のご支援に対するお礼のあいさつ。民主党本部へ離党の挨拶。九段宿舎で最後のお掃除。息子二人が手伝ってくれて大助かりだ。住み慣れた宿舎をあとにする時、熱いものがこみあげる。代議士会で謝辞と決意表明。河野議長に辞職の挨拶。衆議院本会議。議員辞職願いが受理される。これで退路は絶った。国会をあとにして空港へ向かい、機内はぐっすり眠っていく。夕方に北九州空港へ帰着する。門司に応援に来ていただく小宮山洋子議員と一緒になったので、僕の車で一路門司の会場へ。小宮山さんは嫌煙家で有名なことを知っていた緒方随行秘書が事前にファブリーズ大作戦を展開、自分の車とは思えないほど車内は快適だった。きいさんの後援会主催の演説会には寒い中、多数の方にお越しいただく。西小倉の居酒屋でお世話になっている方やスタッフと晩飯。キムチ鍋と芋焼酎。
12月18日(月)
ノロウィルスが蔓延している。近くまで忍び寄ってきているかもしれない。生カキを食べなければ大丈夫という人がいるが、空気感染でウツルというから、これは大変だ。
早朝、大門の交差点前で、冷たい雨の降る中の街宣。凍えるほど寒い、雨のせいか、クリーニングしたばかりのスーツがよれよれに。森市会議員や一緒に立っていただいた草の根運動の皆さんに勇気付けられる。
柳田秘書が離党届を党本部へ、衆議院事務総長へ議員辞職願を提出。明日受理される見込みとなった。地元を離れなれないので電話で要請する。八幡製鉄所に議員辞職にあたって20年お世話になったお礼のご挨拶に出向く。
旧民社系の国会議員が多数、小倉にお越しいただき、激励を受ける。東京でもこれだけのメンバーはめったに集まらない。
松井市議団長と行動を共にする。企業人との懇談。旧民社系の議員との面談。党派を超えた支援の輪をどう広げるか、意見を交換する。
2月17日(日)
今朝は八幡西区の餅つき大会から。小倉城の伝統的な餅つき、自分もついてみる。巨大な餅が作られる工程をつぶさに見る。場内の絵画には心惹かれる。雨の中、小倉南区で市会議員団と街宣活動。ファミリーコンサート。新聞社写真撮り。北九州青年同志会の発足式。戸畑消防団の懇親会。民社系議員団の懇談会、東京から多数お越しいただき、感激する。松本清張の生誕100年祭で挨拶。フットボール壮行会、ラグビー愛好者の会。小倉集会。寒い中、多数の方にお越しいただく。
12月16日(土)
地元の民主党福岡9区常任幹事会。総支部代表として出席するのは今日が最後になる。
来週に離党し、議員を辞職する意向を表明し、了承を得る。あとの体制についても話し合う。会議のあと、昨晩書き上げた党員サポータへのレターを修文して発送を指示する。
戸畑の餅つき大会で子供たちと仲良くもちをつく。子供たちの楽しい表情にはほっとする。敬虔な宗教者に挨拶。東京から遠路応援にきていただいた秘書団にお礼の挨拶。うれしい限りだ。岡田克也さんとハートフル北九州の企業セミナーで経済再生論を訴える。岡田さんと小倉の商店街を練り歩き、2箇所で街宣をおこなう。
夜は、若松で加山雄三さんのファンクラブのパーテイー。小倉で女性のスタッフが頑張っている病院の忘年会。設計会社の忘年会、続いて中小企業の社長会の忘年会へ。
仕事の関係で他陣営に動員されている方もおられるようだが、週末のプライベートな時間は別だよ、北九州は変わらなくてはいけない、そう言ってくれた。議員辞職を決めた今日、何とうれしい励ましの言葉だろう。パリ風のおしゃれなクリスマスパーテイーで一日が終わる。
12月15日(金)。
結局、4日間の国会延長に。教育基本法の強行採決を望んでいる国民がどれだけいるのだろうか。いじめ非行など現場の切実な課題に応えようとしなかった内閣の姿勢に教育関係者の落胆は大きい。やらせの官制シンポジウムに対する怒りは今も消えていない。
今朝は、ものづくりの企業の最前線で働く市民の皆さんに、北九州を具体的にどう変えたいか、訴えるチャンスをいただく。
佐藤市会議員と挨拶回り。中堅企業の社長さんに友人をご紹介していただく。成功を収めている経営者のお話は貴重な示唆に富んでいる。
昼休みに現場に入り、挨拶をする。
NTT労組政治研修会で挨拶をする。
三宅議員と挨拶回り。若松激励集会。三宅後援会、重田後援会の方々に大勢お越しいただく。小倉門司地区の経営者の懇談会。異業種交流で一家を成した社長さんたちのお話は、大変ためになる。このままでは北九州はもっと落ち込む、とにかく市政の流れを変えてほしい、と皆さんから激励される。
12月14日(木)
国連総会で障害者権利条約が可決された。国内法で前進を期さねばならないが、現状は1割自己負担など最悪の状況にあり、改善が不可欠だ。
小倉で朝の街宣。企業あいさつ回り5箇所。門司の労組幹部に挨拶。お世話になった教育関係者の告別式に参列。お茶会。官への市民の拒否反応はかなりある、東京から金を持ってくるといいながら東京にカネを返している、地元はうるおっていない、という意見が続出した。教育政策で打ち合わせ。自民党支持の経営者と懇談したところ、もはや官僚の出てくる時代ではない、と。小倉の労組幹部に挨拶。農業政策で意見交換。住友金属労連委員長が大阪から激励にかけつけていただいた。黒崎のラッシュはあいかわらずすさまじい。八幡のスポーツ大会で挨拶。折尾で懇談会。若戸大橋の将来について議論が白熱する。陣原開発の大失態について一考する。帰宅して原稿書き、ホームページの更新。
12月13日(水)
そのまんま東が宮崎県知事選に出馬の報道。予想通りだった。彼のマニフェストを早く見たいものだ。
ウィニー開発で元東大助手に罰金刑。世の中には知能犯が多すぎる。村上もそのひとり、勉強じゃない、キャラクターと心意気だ、そう痛感する昨今だ。
冷たい雨の中、小倉の街角で街宣。建設関係の会社で挨拶。自動車関連労組の大会で挨拶。ミニ集会。企業周り。忘年会。知人の通夜。少林寺拳法の教室に毎年顔を出している。田川まで挨拶に一っ走り。八幡で松本清張の作品について意見交換しながら晩飯。こんなときが一番楽しい。夜遅く、マスコミ記者さんが来訪。夜討ち朝駆けの記者魂には敬服する。
12月12日(火)
小倉街宣。企業訪問4箇所。運送業の現場を回る。マニフェスト会議2時間。
夜、基幹労連の決起集会、500人強の仲間が激励していただく。気合を入れて決意表明をする。それから小倉の忘年会へかけつける、楽しい2次会だった。
12月11日(月)
朝、黒崎駅前で民主党の車で街宣。清田問題でお詫びをする。
それから気を取り直して、企業周り、県職労の政治研修会。1時間しゃべり、30分質疑。午後は、あいさつ回り、夜は忘年会でかけまわる。
12月10日(日)
世界剣道大会で日本がなんとアメリカに敗れた。武道の現状はどうなっているのだろう。武道振興議連の副会長をおおせつかっているが、現場の事情をあらためてよく聞いてみたい。
敬虔な仏教徒の皆さんの前で所信を述べる。温かい激励の拍手をいただき、感激して退出する。首長の相次ぐ不祥事の報道があるだけに、これからずっと汚れない政治家であってほしい、とのご意見をかみしめる。
マニフェストについてスタッフと意見を交換する。
カラオケ大会で吉田松陰を歌う。
八幡東区の泊市会議員の後援会総会に出席し、決意を述べる。力強い激励の拍手でおくっていただく。八幡で青春時代をおくった美人画の画家竹久夢二について所感を述べる。
第9回の手話フェステイヴァルで連帯の挨拶。毎年参加しているが、昨年、NPOに登録されて活動の輪が広がっていると聞く。関係者が心配されているが、手話通訳養成事業、通訳派遣事業を合理化の流れから守らなくてはならない、と決意する。
知人の盛大な結婚式。情勢報告。伝統ある少年スポーツ団の皆さんから激励を受ける。マニフェストの打ち合わせ。
門司の対話集会。地域の課題や、勝敗の見えない選挙に出馬する真意、働く女性の対場から子育て支援策の改善策が話題となる。終わって港湾を視察し、スタッフとラーメンの夕食を食べる。いい味だが、北九州では、やはりちゃんぽんが一番好きだ。
12月9日(土)
八幡で3世代もちつき大会、ソフトバレー大会、小倉で打ち合わせ、情勢分析が話題になる。門司で街宣活動。小雨の中、演説して回る。一度街頭で演説すると、その街角が身近になるから街宣はいい。地元議員団が参加して街宣をおおいに盛り上げてくれた。ずいぶん有権者の反応に手ごたえが出てきた。
デパート労組への挨拶。あたたかい肌着を買い込む。
夕方から時間との競争。小倉のハイテクメーカーの忘年会で挨拶。八幡西区の病院の忘年会、小倉の中小企業経営者の会。ボランテイアNPOの忘年会。八幡西区の青年会議所の忘年会。ファッション協会主催のワインパーテイーに21時10分頃到着、タキシード着用が条件なので着るのに苦労する。22時半、小倉の文芸愛好家の集まる店でスタッフとやっと夕食。
12月8日(金)
ブレーンと相談した結果、すでに決まっていた離党の時期を当面見合わせることにした。不祥事のあとにすぐに党を去るタイミングは、政党人として道義的にどうなのか、という意見だった。
今朝は、朝6時前に起床、6時50分から小倉へ。若手のボランテイア、草の根市民運動の皆さんと一緒に片野の交差点で街宣をおこなう。寒いし、昨日のことがある。眠れない夜だった。疲労困憊だが、精神力でのりきるしかない。
交通事故で大渋滞の道路を縫って門司へ。企業に挨拶後、門司の中堅・中小企業をひたすら回る。お話を聞きながら、港湾、物流政策の将来をめぐって多くのヒントをえる。門司レトロを緒方随行秘書としばし散策、中華料理店で昼食、再び企業まわり。八幡東区にあいさつ回り、本部でアンケート回答書き、世良議員との打ち合わせ。ごみ行政の勉強会、若手の中小企業経営者と懇談。
12月7日(木)
この日は雨だった。若松のあいさつ回りの途中で清田議員逮捕のニュースを知らされ、愕然とする。第一報を受けた時は、信じられない、何かの間違いではないか、と思った。アポをとっていたので、気が気ではないが、とにかくあいさつ回りを昼過ぎまでびっしり続ける。小雨の中を歩きながら、この世に神仏はいるのか、正直そう思った。民主離党の2日前のことだ。なぜこんなときに。背景に何かあるのだろうかとも感じた。
夕刻に福岡9区総支部の緊急役員会が召集される。逮捕された清田市議の取り扱いをめぐって協議する。重苦しい雰囲気の中、最も重い措置である除籍を決める。全会一致だった。予定をキャンセルして、小倉の市役所記者クラブに取り急ぎ9区総支部代表として出向き、お詫びと除籍処分に至った経過を説明する。この記者会見で、覚悟はしていたが、厳しい質問をマスコミから受ける。
本人は接見弁護士に身に覚えのないことと、容疑を否認していると仄聞する。しかし、選挙違反ではない案件だけに逮捕された事実は重く受け止めねばならない。最も重いいわゆる除名処分を全会一致で決めた。民主党に対する市民のご期待を裏切ったことを記者会見でお詫びする。今後の活動を通じて信頼回復に全力を尽くしていきたい、と述べる。
それから福祉関係者の懇談会。毎年恒例の黒崎地区友誼労組の交流会。
懊悩の一日が終わる。今夜は、モーツアルトもシューマンも聴かず、枕を抱いて眠る。
12月6日(水)
知人の紹介で中小企業の朝礼へ、お話をしっかり聞いてくれてうれしい。まっすぐ北九州空港へ。羽田から九段宿舎へ。昼とき近所の朝鮮総連めがけて右翼団体と思われる人たちが大きなボリュームで怒鳴りあげている。文教地区なのに規制ができないのは、まともとは思えない。これが民主主義というものか。
党本部で小沢代表と会談。情勢の報告。早速帰りしたく。
羽田空港から福岡空港へ。県連首脳と懇談。深夜に最終電車でとことこ折尾まで帰る。
12月5日(火)
企業人の集いで挨拶。作戦参謀と意見交換。東芝労組女性部のハートフル対話集会。市役所の改革について、重要な指摘があった。
響きホール室内合奏団の謝恩パーテイー。しばし楽しいひとときをすごす。現実に戻って企業挨拶を続ける。中小企業異業種交流70名と懇談。岡田克也さんがゲストスピーカー。大企業への支援策を聞かれ、新規誘致企業に限らず、支援は拡充すべきとこたえる。そのあと後援会幹部と懇談。
12月4日(月)
朝から連続して挨拶まわり。年末の忙しいときに、時間をとっていただいた各事業所には感謝している。それから病院幹部に挨拶。情勢は緊迫しているが、無党派層の市民は市政に何を期待しているか、ひとしきり話題になる。保守リベラルの女性後援者との懇談会。スポーツクラブ。新日鉄退職者の会で挨拶。
冷え込んだ夜、連合北九州主催の集会が挙行された。2400人の参加と主催者発表。鳩山幹事長が来援、寒い中、強烈な熱気が会場内に満ちた。気合を入れて謝辞を述べる。それから企業経営者の集いに腰を落ち着ける。連合の強力な意思結集の集会は、20年間の地元活動の中でも初めてだったが、出馬を考えて以来半年になるが、今夜の集会には感激する
12月3日(日)
名門道場の空手の大会で激励の挨拶。りりしい子供たちの将来が楽しみだ。高速道路を飛ばして南小倉インターへ、北九州の高速道路網には助かる。平尾台のふもとの文化祭でもちをつき、吉田松陰を歌う。中間のカラオケ大会で挨拶。生誕祭。市場で弁当を買い込み、移動中に食べる。門司のグランドゴルフ大会で挨拶。校庭から見える稜線は美しい。戸畑のカラオケ大会で雪列車を歌う。知人のお見舞い、八幡でしばし鼻風邪を癒す、詩吟の大家の集まり。選対、少年野球の創部20周年の会で祝辞を述べる、子供たちは礼儀正しい、スポーツの奨励は重要課題だと再認識する。県人会、藤田銀天街の恵比寿まつりで、初めて打ち込みをする。若松の忠臣蔵勝どき宴、赤穂浪士の討ち入りにみたてて、不況を討ち取る自説を挨拶で述べる。。この席で三輪候補に初めて挨拶する、しばし野球談義をする。帰宅してホームページを更新する。
12月2日(土)
新聞を丹念に読む。この間、どこに行っても政府の教育シンポのやらせはひどい話だ、ハイヤーのムダ使いに国民は怒っている。有力後援者の自宅を訪問。黒崎の老人クラブの会合で祝辞を述べる。民主党福岡県連の常任幹事会で挨拶をする。県連大会で最後の挨拶、結党以来お世話になったお礼を申し上げる。当選した吉田市長とがっちり握手をする。小倉駅前と黒崎駅前で街宣活動、寒い中参加していただいた方々に深く感謝したい。松井議員後援会の盛大な年末後援会。会社の忘年会で地場企業優先の持論を述べる。森議員の紹介で老人ホームの懇談会へ。野球リーグの同好会で挨拶。10時にようやくスタッフと夕食をとる。
12月1日(金)
ひたすら地元を回る。
おいしいピザをつまみながら企業の異業種交流の懇談会で対話する。教育再生について質問が出る、帰宅して政府のレポートを読み直してみる。
11月30日(木)
明け方まで荷物を整理。8時、釣魚議員連盟の会議。議員会館で荷物を整理、10時半、引越しの開始、13時過ぎ、本会議出席のため国会へ、民主党の談合防止法案が与党の反対で否決される。防衛省昇格法案が可決、民主党の主張を付帯決議の形で飲ませたので賛成に回る。再び九段宿舎で帰り、引越し完了の確認、小物はまだ残っているが何とか整理をつける。それから羽田へ急ぐ、飛行機がまた遅れる、待合室で新聞雑誌を読む、北九州の企業人の集まり、ホームページn企画会議、青年の熱心な勉強会に。
11月29日(水)
造反組復党で首相容認の報道。一部のマスコミは政党助成金ほしさの愚行とこきおろしている。
6カ国協議は、予想とおり進展なし。
実相寺監督が死去。舞台を一度見たことがあるが、楽しくてなかなか良かった。
松井議員と雨の中、あいさつ回りを続ける。、
東京大学の同窓会が18年ぶりに北九州で開かれた。
最終便で北九州空港から上京、二男の迎えで九段宿舎へ。子供二人の助けを借りて引越しの準備を開始、明けがたまでふらふらになるまで頑張る。
11月28日(火)
環境問題に熱心な社長を訪問する。菜の花プロジェクトについて話す。それから福祉ボランテイアのリーダーたちに面会、昼、三宅議員と集会へ。子供の教育について懇談する。中小企業まわり、中堅企業の経営者と作戦を練る。
教育シンポジウムで10分間スピーチ、医療関係者と長時間懇談、医療政策の諸課題についてたっぷりお話を伺う。
11月27日(月)
森市議と小雨の中、あいさつ回り。民主党の白参議院議員が来北。若松の自営業役員の集い、八幡東区の会、八幡西区の会。
11月26日(日)
江島議員の後援会のバス旅行の見送り、八幡製鉄所のOB会で挨拶、民謡の会、カラオケの会、福祉施設、農林水産祭り、施設の中身に前から関心を寄せていた。泉ひでお副代表と雨の中を街頭宣伝活動、八幡地区の青年会議所メンバーの集い。
11月25日
中堅企業の幹部会。中小企業をまわる。大衆食堂でおなか一ぱい定食を食べる。厨房に顔をつっこんで会話をする。トルネード藤田博士の偉業についてお話を承る。曽根で生まれ、米町で小倉中学校に通い、現九工大をへて戦後、渡米し、シカゴ大学教授として活躍された郷土の偉人である。
西鉄黒崎電車OB会の総会、パリで最近注目されている将来の路面電車の復活を語る。年長者に挨拶して回る。シャッター通りの寂しい商店街をまわる。お店の人からかつての賑わいを聞いて寂しくなる。女性スタッフだけの企業の職場で懇談会、学校教育の大切さを痛感する。段谷産業OB会、なつかしい幹部の皆さんに会えてよかった。福祉関係者の納会で挨拶。日本一のモデル都市の建設を訴える。中小企業者の会、野球チームの会、カラオケの発表会、なんと熱心につめかけていることだろう。課題曲は、マデイソン郡の橋、レベルの高さに脱帽する。80歳すぎの方が特別賞を授与された。
11月24日
なぜ安倍内閣は人気が落ちているのか、景気と年金に関心のある若い層にどうやらギャップが感じられているらしい。
午前中は、黒崎のあいさつ回り。堀口市会議員とうどん定食を食べる。八幡東区と小倉南区の例会で挨拶。部落解放同盟女性集会で挨拶。連合北九州の総会で挨拶。小倉の企業をまわる。企業経営者、OBの会。夜更けまで大いにもり上がる。地場中小企業をかわいがるゼネコンもあると聞かされる。
11月23日(木)
韓国で鶏が6000羽死ぬ、原因は何だろうか。渡り鳥が原因との説は正しいのか、究明を待ちたい。
今朝は雨。まず働く皆さんの会合でアピールする。次に、全郵政の政策研修会で、講演と質疑応答。有意義な意見交換だった。教育再生について私見を述べる。北筑高校のしつけはあまりにも有名、地元の名門高校だと話す。
松井議員と雨の中をあいさつ回り。歩道のお花畑にめがとまる。吉田、曽根の新たな道路計画について意見を交換する。次に中小企業社長の案内で小倉の有力者をあいさつ回り。初めて通る道路をすすんでいく。
学校給食を考える会の懇談会に出席、世良議員が同席。若松の町内会の会合へ。佐藤議員と八幡の懇談会へ。
郵政の復党問題は、明日にも再会談だが、謝るなら復党させてもいい、という論法は先輩議員に対する礼節を著しく欠いている、このままでは参院選で自民が敗北するから、どうか帰ってきてください、というのが自民執行部の本音ではないか。おおかたの有権者はそう受けとめているように感ずる。
10時には帰宅、久しぶりにショパンのワルツを聴きながら、原稿を書く。世界的な気象学者、ドクタートルネードの伝記本を読む。北九州出身の著名な学者のシカゴでの活躍の軌跡は感動を覚える。
11月22日(水)
中川・平沼会談。新人の復党反対議連が発足。自民復党問題で、党内が揺れている。参院選までは、復党はないと見るがどうだろうか。目先の利益で国会議員が考え方を変えるのは、国民の理解が得られない、そう小沢さんは批判している。
安倍総理の人気が急落。どうしてこんなに早く、という気がしないでもない。確固たる国の戦略が見えてこないことに対する保守層の不満が昂じているとの見方がある。
宮崎県知事の問責決議が可決。談合への関わりが捜査されておるが、なぜ辞職勧告でないのか、今後の捜査の進展で動かぬ証拠を突きつけられるまではこのままということか。納税者の怒りの視線をどう感じているのだろうか。
今日から国会が正常化、野党は審議に復帰する。
朝一番は、毎年のように九州国道建設促進大会に参加することから。ニッサン苅田の幹部から北部九州の産業戦略と道路の重要性について報告を聞く。紹介を受ける。
財務金融部会に顔を出す。宿舎に戻って引越しの準備。会館に戻って議員事務所をまわる。午後は、河合栄治郎の勉強会。ゲストにまねかれた藤井先生の含蓄にとんだ文化論、歴史認識を拝聴する。実にあざやかな分析だった。今回が議員としての最後の出席となる。勉強会を中座して羽田空港へ急ぐ。福岡空港から地下鉄で中州へ。国税労組決起集会でお世話になってきたお礼と激励の挨拶。新幹線で小倉へ。車で若松へ。三宅市会議員の市政報告会で挨拶。小倉の会合で挨拶。松本清張のファンクラブで楽しい一時を過ごす。
11月21日(火)
6年ぶりに、税収が50兆円台に戻る。法人だけに減税を唱える一部の議論は、定率減税廃止で増税で苦しむ国民の理解を得られない。
出生数の増加がとまる。子供を生み育てやすい環境をどう作るかだが、若者が安定した職業につける社会を作ることが一番の課題ではないだろうか。
今度は、福井県警が談合摘発で動き出す。自治体の汚職が暴かれているが、どこまでひろがるのだろうか。この際、徹底的に官制談合のウミをだしきるべきだ。
八幡西区から小倉へ。無理な日程のため、時間が遅れ、先方に大変ご迷惑をかけた。
岩元県会議員の県政報告会で、対談形式で北九州をどう変えたいか、話す。
小倉の会合へ急ぐ。集会後、北九州空港へ急ぐ。晩飯は車の中でハンバーガーをほおばる。深夜に九段宿舎へ。
11月20日(月)
福岡市長選勝利を受けてマスコミ2社から取材を受ける。変わってほしいという市民の気持ちが最終盤に大きなウエーブになったと思う。高山元市会議員も良く票をとった。現職に行ってもおかしくない保守票をかなり取り込んだと思われる。
今朝から小倉の中堅企業まわり。八幡の年長者の会、盛大な歌謡教室のおさらい会、末吉市長さんとすれちがう。交通産業に働く市民の会。夜になっても小倉まわり、展覧会、異業種交流の会、旧知の間柄で楽しい雰囲気だったせいか、酔ってしまう。それから市会議員と道路計画の修正について意見を交換する。終わって中小企業の経営者との懇談会に参加する。
11月19日(日)
八幡地域の文化の催しに堀口議員と一緒に参加する、中間市の新日鉄OB会で挨拶、激励を受ける。小倉を一生懸命にまわる。夕方から白石さんの友人グループと楽しく歓談する。昔話に花が咲く。
福岡市長選の開票を見守りながら、日程を終えて博多へ急ぐ。2万の大差がつくとは思わなかった。万歳のあと吉田さんと握手をする。深夜に帰宅。これではずみがつくといいね、多くの支援者から励まされた。
11月18日(土)
運動会。寒い朝だったが、懇切な案内人に深く感謝する。直方で政治学習会。地場企業優先の持論を述べる。大島九州男さんと八幡をまわり、回転寿司で昼飯を急ぎ食べ、再び直方へ。いわしが結構おいしかった。雨けぶる懐かしの直方中央公民館へ。何年ぶりだろうか。連合遠賀川地協の総会で挨拶。小倉で雨の中、あいさつ回り。八幡へとってかえす。小倉で全郵政の盛大な40周年パーテイー、残念だが時間がほとんどなく、次の会場へ。中堅企業の大きな集会で北九州をどう変えたいか、私見を述べる。終わって、事務所で作戦会議。それから中堅地場企業の楽しい集まりへ、豪快なオーナーの激励に、穴を見つけて入りたくなった。トップが明るいと、社風もそうなる、これには考えさせられた。
企業誘致戦略の勉強会で一日の活動を終える。
今日初めてたすきを短時間かけてみたが、寸法はまずまずだった。
11月17日(金)
小倉牛、地産地消の話を伺い、前むきに頑張る経営者のガッツにふれる。中学校給食への期待感は働く主婦の間で極めて強い。その気持ちは自分も良く分かる。
NTT労組の退職者の総会で挨拶のチャンスをえる。平和を守ることの重要性、国政の現状に対する厳しい認識を会長挨拶の中で聞く。中小企業をまわり、多くの業態の近況について意見を聞く。旧知の先輩の紹介で応援者の訪問を受けた。昼飯の弁当より元気が出てくる。ビラの案文について意見を述べる。青年会議所の討論会の打ち合わせ会。中小企業や新しい事業所の最前線を見て回る。ものづくりの復権の可能性を肌で感じる。老人福祉の会合、皆さん、大変お元気である。この街一体は、道路が大変狭い。
文化の香る街にするよう激励を受ける。教育問題の研究会。少人数学級などについて率直な意見交換。中小企業の異業種の会。カラオケの師匠に挨拶。
11月16日(木)
小倉街宣。小倉を終日回る。行った先々で、躍進する企業の最前線の経営戦略の一端にふれる。思っていた以上に大変な努力を重ねて業績を伸ばしている。中小企業の社長さんの集まりへ。ご支援をいただくお礼の挨拶をする。障害者福祉を考える集まり。中小企業経営者の集まりであたたかい激励をいただく。厳しい経済情勢を生き抜いてきた強さを参加者から感じる。夜遅く、マスコミの取材を受ける。福岡市長選について聞かれる。当選を果たしてライオンズクラブの正式メンバーになることを決める。
11月15日(水)
地元小学校校長の自殺。痛ましく、教育現場の実態に慄然とする。そんな中、教育基本法改正案が審議打ち切り、強行採決となったことは、極めて遺憾に思う。教育現場からは、保護者を含めて本質的な議論を消化不良のまま拙速に採決することに冷淡な意見が続出している。
戸畑をまわる。おいしいシーフードレストランで昼食をとる。これが500円とは信じられない。午後は、小倉を回る。原田県会議員候補予定者の事務所へ。若い主婦の皆さんと懇談する。
夜は、自衛隊協力会。森市会議員の後援者の集い。彼は、市民・草の根運動のお手本だ。
11月14日(火)
終日、小倉、門司周り。ライオンズクラブの活動に関する意見交換。
青年実業家OBの懇談会。腰を落ち着けてお話をする。
11月13日(月)
さわやかな好天の朝、空前絶後の朝会からスタート。セットしていただいた方々に深謝する。今日は、小倉あいさつ回り。八幡東区のミニ集会、年長者福祉について語る。八幡西区で開催された県職労の政策制度討論の集会で挨拶。岡田克也さんが来北、八幡に続いて小倉で女性集会を開催、盛況な集会となり、感激する。終わって、岡田さんと夕食を共にする。国政の情勢について話を聞く。北九州空港へ出発する彼を見送って、企業経営者の懇談会へ急ぐ。
11月12日(日)
福島知事選で同僚だった民主党前議員の佐藤さんが当選を果たした。苦労人だがネアカでガッツのある佐藤さんのこと、当選を信じていたが本当に良かった。
52歳の中島選手が優勝、復活に喝采をおくる。
夜明け前に大雨が降ったが、奇跡的に快晴になる。スポーツと文化祭の一日、民謡や書道の発表会。立正佼成会の教組生誕100年祭でメデイアドームに。末吉さんや議員が多数招かれていた。今日は、分刻みでまわる。本多さんの案内で小倉繁華街の街宣、寒くなってきたが、4箇所でがんばる。一芸に秀でた市民の多いことにあらためて気づく。立派な作品に各会場で出会い、感嘆する。
11月11日(土)
米子の松本さんが拉致被害者に認定された。長い間のご家族、支援者のご苦労が実ってよかった。日本には、多数の人がまだ認定されないままだ。
久しぶりに小雨が降る。夜になって大雨になり、強風が吹き荒れた。庭の植木には慈雨だが、急に寒くなってくる。
地元あいさつ回り。黒崎の芸術家に会うため、駅前に出かける。そこで国民新党の街頭演説会の聴衆の中に。多くの支援者に出会う。尊敬する芸術家に会う。小集会、異業種交流の中小企業者の勉強会で北九州の未来像を語り、質問や意見に耳を傾ける。コンテナターミナルの将来は困難なテーマだ。門司、日明を削ってすむ話ではない。地場企業の参加をもっと促進すべきであった。政府は、アジア隣国の港湾のパワーを過小評価していたのではないか。
11月10日(金)
早朝、有力な地場企業の経営者と懇談する。北九州の行政を民間がどうみているか、興味深い話を聞かせていただく。北部九州で成功を収めているサービス業の朝会へ急ぐ。松井議員とまわる。産業廃棄物処理のかかえる諸課題について話を聞く。ニッサン労連九州支部、三菱マテリアル労組にも顔を出す。後援会本部へ。気になっているところの道路計画を確認する。修正の手続きについても専門家の意見を聞く。小倉北区の集まりへ。行きつけのおいしいお店でうどんをすする。メデイアドーム前の公園で一服する。森議員と行動する。夕方からは、小倉繁華街、戸畑をまわる。久しぶりに雨が降り始める。ショパンを聴きながら資料を整理する。数年かけて書いてきたロバートシューマンの原稿をアップロードするかどうか、中身を読み直してみる。もっと推敲したほうがいいが、時間がほとんどないのが悩ましい。
11月9日(木)
早朝から行動を開始。今朝は、朝4時に目が覚めたので、起き出して資料を読んだり、原稿を書き始めたが、その結果、今日は少々きつかった。やはり6時間は眠るべきだと痛感する。画家の夢二の伝記の一説を読んでみる。林芙美子とどこか共通する時代の息吹を感じる。
午後、博多で開催されたニッサン労連本部の議員団会議で講演のチャンスをいただく。同時に推薦決定書をいただく。僕は、ニッサン労連本部の協力議員のメンバーだが、おかげさまで自動車産業のことを随分勉強させていただいた。アジア市場戦略に関心がある。
北九州へ急ぎ戻る。西日本展示場で大前研一先生の後援会。1000人近い方のご臨席で大いに盛り上がる。謝辞で必勝を誓う。この日は、大前イズムにどっぷりつかる。グローバルな視点で北九州の将来を語り合う。人、モノ、カネを北九州にどう呼び込むか、が課題だ。このあと、保守層の支援者と夜遅くまで語り合う。
11月8日(水)
門司三井倶楽部に立ち寄る。その前を何十回も行き来していたが、今日が2回目になる。林芙美子女史のメモリアルルームを以前から再訪問したかった。10分間のいいリフレッシュになる。門司のレトロのさらなる発展のデッサンを頭の中で描き始めているが、まずは100年余の歴史を丁寧に振り返ることだと思う。放浪記の古い映画の存在を知る。幼少期をどう描いているのだろうか。
田ノ浦からスタート。今日は数時間、門司をまわる。海岸線を南北に行き来する。港湾の将来をどう考えるか、お話を聞きながら考えを練っていく。小倉北区をまわる。信号待ちの高校生たちと少し会話する。給食はおいしければ大賛成と4人、ひとりは母の愛情弁当がいいと。うなずく。全員は、いじめの根絶を訴えた。文部科学省は何をしているのかとも。先生はわかったと言うだけで、何もしてくれない、気になる発言だった。
後援会本部の事務所で明日の日産労連の研修会のレジメを作成する。黒崎活性化の政策案文を精査する。昨日の本会議質問の速記録に目を通す。夕方、遠賀町へ飛び出す。自治労の大会で挨拶。門司の懇談会へとってかえす。
11月7日(火)
党本部の常任幹事会で推薦を決定していただく。
朝は、財務金融委員会から。税制改正の要望を聞く。地元自治体の政策要望を精査する。代表質問の原稿を精査する。代議士会で挨拶。
13時、衆議院本会議。国会議員としておそらく最後の質問になると思われる。不思議と緊張せずリラックスして演説できた。アドリブで自分の意見を付け加える。終わって、羽田から北九州空港へ。機中ではぐっすり眠っていた。降りると一昨日と比べて気温が数度下がっていたので、晩秋の訪れを感じる。
連合の歴代役員の懇談会へ急ぐ。この20年間お世話になった諸先輩に激励され、うれしかった。遅くまで懇談する。
11月6日(月)
小倉の挨拶まわり。さまざまな業種の方々と会い、話をする。港湾の将来について意見を聞く。明日の衆議院本会議で代表質問に立つので、夕方、大急ぎで清書する。党本部政調会の了承を得る。内閣に質問通告をする。夜、北九州から上京する。九段宿舎の荷物を片付ける。東京の夜は風が吹き荒れている。
11月5日(日)
福岡市長選の告示。野村秘書が代理出席する。木屋瀬出身の吉田さんのご健闘をおおいに期待している。情勢は大接戦と聞いている。
障がい者と健常者が一緒に楽しむふうせんバレーの大会に参加する。障がい者福祉のモデル都市をめざしたい。
小倉まわり、盛大な木屋瀬の宿場祭り。カラオケ教室でランを歌う。顧問をつとめる社会人ソフトボールの納会。毎年参加している居合道の大会。空港活性化を考える保守系のシンポジウムに出席し、率直な自説を述べる。小倉の会。起業祭をまわる。こんなに暖かい起業祭は初めて、多くの市民の激励を受ける。レッドパージ組の有名な出店を訪問する。八幡東区で街宣。八幡西区の大自然を愛する会。堀口議員の自宅へ上がりこむ。北九州には自然がたくさん残っている。地域の財産だ。
11月4日(土)
台湾の総統夫人が起訴される。次の総統選挙は大荒れになるのだろうか。
北朝鮮が6カ国協議に日本は必要ないとの外電。国連で拉致非難決議案が提出される。アメリカは次の一手をどう考えているのか。この正念場で日本外交の顔が見えない。
小倉で挨拶。ご支援に深く感謝する。急いで八幡西へ。八幡東区のふれあい囲碁大会で挨拶。9回目を数えるが、子供たちがたくさん参加してくれた。超党派の囲碁振興議員連盟のメンバーである。にぎわいの光貞市民センターでの文化祭、もちをつく。子育て支援の母親クラブなどの皆さんと語る。急いで博多の会合へ。また、戸畑へとってかえす。バレエ界の第一人者、丸岡有子さんの教室のバレエの発表会で市長に続いて祝辞を述べる。消費者祭りに顔を出す。お世話になった方の5年祭。16時スタートで25時間マラソン大会で2周走る。松本清張の会にエントリーして参加資格を得た。参加チームの各テントをまわる。起業祭に。新日鉄八幡組協の出店のうどんを食べに。起業祭実行委員会に立ち寄る。毎年恒例の行事である。
11月3日(金)
小倉で挨拶。市政をどう変えるか、自分の考えを述べ、ご支援に感謝する。曽根のスポーツ行事、曽根文化記念公園は素晴らしいスポットだ。松井市議とまわる。モノレール祭り。21世紀は環境にやさしい公共輸送重視の時代だ。戸畑の文化祭、詩吟の大会で母を想う歌をじっくり聴く。運動会。毘沙門堂の秋の大祭。則松のカラオケ発表会。中学校のお祭り。母親の皆さんから中学校給食のすすめ方について話す。食育の観点からまずモデル校で実施し、世論調査をへて完全実施すると応える。小倉の街宣活動。懇談会。
11月2日(木)
若いスタッフの多い職場へ、社員教育が相当に行き届いている、初対面なのに笑顔がみんなとてもいい。それから、選対本部に立ち寄る。スタッフが勢ぞろいした。
小倉の中堅企業を精力的に回る。西港のうどんやでプライムタイムをすごす。若松を回る。三井鉱山コークス社員労組大会で挨拶をする。起業祭前夜祭のカラオケ大会で吉田松陰を歌う。審査委員長の梶野議員から激励を受ける。久しぶりに気を許せる会合で楽しく夕食を共にする。帰宅して電話作戦。終わって、ショパンのワルツを聴きながら名刺を整理する。林芙美子伝を読んでいるとまぶたが重くなってきた。本の中身は良かったが、焼酎がきいてきたためだ。
11月1日(水)
政府、未履修問題で校長らの処分が必要と判断、生徒の救済策も検討される。罪のない生徒の立場になって早期解決を図るべきだ。
今日は、終日あいさつ回り。八幡東区の有力者との懇談、続けて懇談、さらに小倉で懇談。帰宅して小倉、門司の古地図を広げて眠たくなるまで昔話集を読みふける。実に興味深い。貸し金業法改正案の勉強会。民主党の修正をかなり政府はのみこむとの感触を党本部はもっているようだ。
10月31日(火)
新日鉄八幡労組会議で国政の動向などを報告。八幡西区のあいさつ回り。中小零細企業や事業所を回る。住友金属小倉労組中央委員会で決意表明。住金グループの労組大会に招かれる。
これまで自分は、10年にわたって生保労連の協力議員団のメンバーとして国会活動をともにし、また大きなご支援をいただいてきた。一緒に東京でダヴィンチコードを見た生保労連委員長をはじめ仲間のみなさんと楽しく懇談する。道半ばで国会議員を辞し、首長選に転ずることを申し訳なく思う。それだけに必勝を期さねばならない。
10月30日(月)
朝、若松の高塔山へ。OBの皆さんのボランテイア清掃活動の会に。中小企業をまわる。
14時半、女性集会。岡田克也さんも応援に駆けつけてくれた。6日間の準備だったが、各級議員団にもお願いし、450人のかたにご参加いただき、感謝感激。質問の時間をとった。女性の目線で街づくりを考える重要性を再認識する。北九州の将来にはせる思いと決意を述べる。
小倉をまわる。初めて訪問するところだった。黙々と働いている姿を見ると、自分の疲れは消えていく。夕方、小倉駅前で街頭活動1時間20分。きいさん、応援に来ていただいた岡田さん、川端さんも一緒にマイクを握る。少し声をからしたが、エンジン全開で今日一日を終える。
10月29日(日)
北九州と大連の友好の歌を作詞家から紹介される。タイトルは向日葵、このCDを聴いてみる。北九州在住の日本人作詞家大谷明美さんの作詞、作曲は八幡西区音楽文化協会長の宮吉先生、モンゴルの美人歌手の朱蘭さんの歌唱だ。今風の演歌にはないさわやかさを感じる。何度か聴いてみて感想を記したい。
快晴の一日、朝から20数ヶ所の地元行事を家内と手分けしてまわる。今日が一番イベントが多かったようだ。小倉南区の自然の美しいますぶちでのマラソン大会、開会前にお世話役の皆さんと挨拶。ボランテイアグループに加わって、かぐめよし少年の家に。ランナーが走ってくる前に、少年の家を案内していただく。銀杏のいりたてをご馳走になる。おいしかった。道路に出て交通整理のお手伝いをする。
小倉南区のモールの音楽祭。1000人近い人たちが集まり、秋の一日を楽しんでいる。
八幡西区の天理教の集まりで挨拶。
八幡のテニスクラブへ。民謡の発表会。小倉の電気製品販売フェアで紹介をしていただく。最新の電化製品を見て回る。後援会本部に。付近の道路事情を歩いて視察する。ばったり、旧知の陶芸家と会う。本屋で古地図、林芙美子と松本清張の本を買う。会員になっている北九州交響楽団の演奏をしばし聴きに出かける。ラフマニノフのピアノコンチェルトのアダージョとアレグロ、アンコールのショパン。ブラヴォーを2回おくる。原稿書き。作戦会議。ショパンのワルツを聴きながらホームページを更新する。
10月28日(土)
北朝鮮の核実験、ミサイル発射という時期に組織変更論議をおこなうことが妥当か。防衛省昇格法案に、民主党は慎重に対処するとの鳩山幹事長会見。
8建造物が重要文化財に指定された。名古屋の東山植物園には行ったことがないが、テレビ映像を見て、一度訪問してみたくなった。北九州にもこんなところがたくさんあればと思う。
非核3原則をめぐって、政府与党内にばらつき。昔なら、国会はストップするくらいの問題だが、総理大臣の方針とちがう発言が閣僚からポンポン飛び出しているが、民主党内では、あぶない内閣との評判がもっぱら。
労組大会のシーズン。今日は、太平工業、深江工作所、日鉄運輸、スピナ自動車の各労組大会で挨拶。地元の名門高校である八幡中央高校創立90周年祝賀会でスピーチ。東芝労組の研修会で1時間講演。デイサービスセンターのパーテイー、熊本から駆けつけていただいた労組幹部と意見交換。毎年参加している宿場町コンサート。正覚寺講堂で釈迦と楽しむモーツアルトと題して楽しいひと時を過ごす。火事でしばらく店を閉めていた八幡の老舗の料亭松助の開店祝いに駆けつける。青年会議所のメンバーと懇談。音楽家と懇談。
10月27日
午前中、財務金融委員会。せっせと原稿を書く。午後、本会議。防衛庁設置法の改正の論議。党本部に出向く。応援をいただいている東京の来客者に情勢を報告する。年金病院存続の要請書を見て動く。午後も財務金融委員会。サラ金のグレーゾーン撤廃を民主党は主張している。夜、高校の東京同窓会で挨拶。先輩から激励をいただく。深夜に北九州空港へ帰る。
今日は、議員会館で時間を見て自治体の予算要望書をしっかり精査する。地方財政は、これから大変になる。大阪出身の議員やスタッフから、補選の敗因について話を若干聞く。
10月26日
午前中は、小倉南のスタジオで本番用写真撮り。テレビ新聞の取材を受けながら、写真を撮ってもらう。昼飯を食べながらスタッフと打ちあわせ。ハンバーグ定食を10分で食べる。午後から小倉のあいさつ回り。小倉に精通する方の案内で駆ける。夜は、八幡東区で式秀部屋の壮行会、次の予定が迫っているので、十分ご挨拶ができないまま、中座する。北九州出身の力士に頑張ってほしい。それから福祉関係のあたたかい激励をいただく会へ。小倉の支援者を夜遅くまでまわる。23時の北九州空港発で上京する。羽田に1時着、お客は20人くらい。便利でありがたいが、採算は大丈夫だろうか、心配になる。熟睡していく。
10月25日(水)
朝、日帰りで出張。新幹線で人身事故。中小企業経営者の支援者との会合を延期する。午前1時に帰宅。愛犬が腹を減らして出迎えてくれた。
10月24日(火)
市職員が公務員の職務規律を逸脱して選挙運動を手伝うとの新聞記事。一事が万事の昨今の市の一部の体制だが、いづれも当否は、司直と有権者の判断を待ちたい。
スケート連盟幹部の2人が逮捕される。スポーツ振興の美名に隠れて不正が行われていた。モラルハザードは、各界に広がっている、ショッキングな現実にはため息が出る。
東京は小雨。国会へ。財務金融委員会。国税職員組合が来室。JEC連合の本部へ挨拶。衆院本会議。党本部で協議。羽田から夕方、北九州空港へ、小倉南区で3時間充実したときを過ごす。ハートフルクラブ、つまり私の個人後援会グループの世話人と電話で話す。
10月23日(月)
連日の福島前知事の汚職報道には驚かされる。長期政権のもとで一部のとりまきが利権構造をしっかりつくりあげていた。
補選2敗、内閣発足直後の高い人気に敗れた感じだ。通例、内閣発足後2,3ヶ月は支持率が高いのがマスコミ筋の相場感
あいさつ回り。小倉の中心市街地活性化の懇談会。学校給食のありかたについて意見交換。北九州空港から上京。東京は雨。夜遅く帰宅。
10月22日(日)
朝、旧知の友人である古賀敬章さんと一緒に活動する。企業経営者の集い。地域の運動会、八幡東区の敬老会2箇所、文化祭、音楽趣味の会、街宣活動と分刻みで地域をまわる、歌を2回歌う。旅の夜風と吉田松陰、相変わらず下手な歌唱である。昭和9年生まれの方から小倉の戦後史を聞く会。明日の晩の上京にそなえる。小雨のぱらつく響きが心地よい。
10月21日(土)
事務所開きを小倉の旧厚生年金会館、ウェル小倉で。
休日にもかかわらず、多くの方々にお集まりいただき、スタートをきれた。遠くの方に顔が見えるように、3段の高い演壇になったが、若干高所恐怖症ぎみの自分は落ち着かなかったが、元気良く決意を述べることができた。案内先は、後援会スタッフでおこなったが、会場の都合で不行き届きがあったのではないか、気になってしまう。
すでに、個人後援会グループ、中小企業グループの事実上のスタートであった八幡での1400人集会に続く会である。ご臨席いただいた皆様に感謝申し上げたい。昨晩は、小倉南区でいずみ県議会予定候補の700人集会があり、盛況であったが、泉さんの後援者には連日でご迷惑をかけた。ご支援をいただいている皆様のおかげさまで、事務所開きを終えることができて、大変に心強い。
小倉商業高校の学園祭に同窓生のご案内で初めて立ち寄ったが、生徒さんは、みな愛想がいいし表情がとても明るい。楽しい学園祭だった。書道を愛する方々の集い、穴生学舎の文化祭もにぎわっていた。お世話になっている知人の結婚式で祝辞を述べる。黒崎の将来を考える市民の集い。むしろ話題は、学校現場の現況を憂える声が中心であった。社会人のサッカーチームの会合で、1日が終わる。国会議員サッカーチームのメンバーで、守備が専門だが、スポーツの振興は重要政策だと考える。
10月20日(金)
博多で県職労の中央委員会。地方自治の発展について自分の考えを述べる。学習会の冒頭で挨拶。小集会、中小企業まわり、住友金属労組大会、三島光産労組大会。文学を愛する会、小倉南市民センターで講演。港湾政策、行政改革のすすめ方について夜遅くまで議論する。
10月19日(木)
7時前、バスハイクの見送り。うららかな陽射しの中、選対本部事務所の神事。老舗の企業をまわる。中小企業をまわる。スポーツ大会、アクテイブシニアの会。
空港跡地対策、ひびき港湾の活性化策、旧豊前の国の歴史の勉強で精を出す。
10月18日(水)
首長の退職金が1期4000万円の事実を知る市民は、ほとんどいない。厳しい地方財政と負の遺産の巨大さにかんがみ、この慣行を打破し、全額廃止するよう、アピールし続けている。
今夜は、文学を愛する人が集まる場所で半時間、休憩。それから、夜遅くまで異業種の中小企業経営者との懇談会。派遣業を認める立場だが、熟練工が育ちにくい情勢を憂慮している、と述べたところ、質問がいくつか出た。深夜まで北九州の将来を語り合う。
10月17日
オーストラリアは、北朝鮮船舶の入港を禁止した。中国首脳は、再実験に反対の意向を表明している。しかし、北朝鮮は、再実験の準備に入っているとの外電。来るところまで来てしまったのだろうか。朝鮮半島の情勢は、目を離せない。
あいさつ回りを続ける。夜遅く、先輩と門司で懇談。夜のレトロは、いいものだが、神戸や横浜に比べて、狭いスポットに限られている点が寂しい。ほとんど店はあいていない。最終電車で折尾駅まで。
10月16日
教諭のいじめ発言で子供が自殺したというニュースに愕然とする。教育現場の荒廃の背景には、不適格な教員の存在と学校の管理体制に大きな問題があることを国民はあらためて思い知らされた。教員の資質に欠ける人たちに行政は、どう向き合えばよいのか。
小倉、八幡、門司、博多の県連常任幹事会、小倉南、小倉北、今日も多忙だった。訪問先で貴重なご提言や励ましの言葉をいただく。党本部と連絡を取る。
10月15日(日)
福島県の談合事件、この根の深さには驚かされる。長期政権の弊害の典型である。
早朝のバスハイク見送りで一言あいさつから今朝はスタート。秋の行事が目白押し、どうかい4区を時間との競争で駆け回る。運動会、お茶会、敬老会、子供がお世話になった校区の秋祭り、集会など。行けないところは、妻と秘書で手分けした。こうした有権者とのふれあいは、この20年間続けてきた年間行事で、約2万回に上る。地元会合での有権者との会話を大切にしている。短い時間でも貴重な意見をしばしば耳にできる。これが、自分の政治活動の原点である。午後から小倉城まつりの会場近くで街宣。環境団体の出店に立ち寄る。夜9時近くまで活動、焼肉で精をつける。魚党なので、焼き鳥以外の肉はめったに食しない。10時過ぎに帰宅、ホームページを更新する。河合栄治郎教授の東京での勉強会のお世話をしているので、関係者に手紙を書く。
10月14日(土)
周辺事態法適用でアメリカ軍の後方支援が可能となるようだ。安保理が制裁決議を採択したが、北朝鮮情勢は今後どう展開するのか、一つ間違えると重大な事態になる。日本をとび越して、アメリカと北朝鮮の勝負となっている。
囲碁将棋大会、作戦会議、労組大会、黒畑市民センターの開設10周年で祝辞を述べる。午後は、小倉の中小企業まわり。一国一城の主である各社の社長からそれぞれの業種ごとの課題を聞き、自分の政策を述べる。ご案内いただいた方の人脈の広さと信頼関係の深さに脱帽する。多くは、自分の実力と努力をもって一代で築き上げた経営者である。政治に対する認識も深く、教えられることが多い。
10月13日(金)
ノーベル平和賞にユヌス氏。バングラデシュの農村の貧困女性たちに起業資金を貸し付け、成功に導いた実績が評価された。日本の大手銀行、関係官庁はよく研究し、見習ってほしいものだ。
お世話になっているお寺のバスハイクの見送り、それからサービス業、中小企業をまわる。数多くの業種の課題がこのひと夏で頭にびっしり入ってきた。精神的に充実したあいさつ回りを黙々と続けている。スポーツ大会の激励。九電ユニオンOB会。小倉、門司の街宣。政策大綱のポイントを各地で訴える。新日鉄八幡労組の行事でこれからの製鉄業について自分の思いの一端を述べる。ジョイントコンサートでしばしピアノを聴く。お世話役のメンバーで懇意な方々に挨拶をする。いいコンサートだった。冨田県議と歩く。
10月12日(木)
ソフトバンクホークス、残念ながら敗れる。孫社長が北九州の八幡出身ということもあって身近に感じ、応援している。来期を大いに期待していたい。
北朝鮮への金融制裁。効き目については諸説があるが、解除すれば6カ国協議に復帰、と言っているところをみると、効果ありと言えるのではないか。ただ、悪いのは北朝鮮の独裁政権の指導者たちであって、日本に住む外国人に罪はない。拉致日本人救出の大集会で、拉致された日本人の家族が発言したが、このために在日朝鮮人が非難されるべきではない。今後、冷静な世論の推移を期待したい。日本は、制裁措置とあわせて国際社会の世論の包囲網によって、北朝鮮の国際社会への復帰を働きかけていくしかない。
今日も戸畑、八幡、小倉、門司、八幡と、熱い一日をおくる。
10月11日(水)
韓国大統領、包容政策の見直しは不可避と発言。韓国でも次の大統領選挙にひびく重大事態になってきた。
朝、香月グランドゴルフ大会で元気しるしの年長者を激励する。電力総連と政策協定を結ぶ。八幡関連協の大会で決意を述べる。中小企業をまわる。保守系の有力者と意見を交換する。ピッツバーグの現状について話を聞く。小倉高校の伝統にふれる。鉄鋼産業の当面の課題について意見を交換する。
10月10日(火)
北朝鮮の核実験で世界中が大騒動。金政権は、アメリカの出方をうかがっているのだろうか。現時点でアメリカは制裁措置にとどめている。
部落解放同盟と人権問題の諸課題について意見を交換する。小倉南区をまわる。曽根の干潟のありかたを一考する。都市農業の政策を検討する。訪問先で地場企業優先発注の政策に賛意を示される。教育政策について識者から話を聞く。
10月9日
北朝鮮が本日、国際社会の声を無視し、ついに核実験を強行した。核兵器廃絶を願うすべての国民とともに、ミサイル発射に続くこの暴挙に断固抗議する。日本政府は、国際社会と連帯して、ただちに実効ある措置を講ずるべきである。
今日も快晴。バスハイクの見送り。スタッフ打ち合わせ。あいさつ回り。政策のすりあわせに忙しい。中期日程を含めて作戦をねる。
10月8日(日)
総理が中国首脳と会談。日中関係の修復は、急ぐべきで成果を期待したい。
北朝鮮の核実験が強行された場合に政府は、制裁決議を行う姿勢を示しているようだが、そんな甘い対応でいいのだろうか、多くの国民は阻止のためあらゆる厳しい外交的圧力をかけることを望んでいるのではないか。もし強行したときには、不足の事態が懸念される。官僚的発想ではなく、政治決断が必要な局面だ。
さわやかな日本晴れの朝。鳴水地区の運動会で一緒にラジオ体操を楽しむ。戸畑で歌謡大会。門司の会合へ急ぐ。小倉南区の東谷地区の運動会。800人の参加で和気あいあいと盛り上がっている。平尾台のふもとの町内で自然が美しい地域。森市会議員と一緒に場内を一周する。高速を飛ばして筑豊鉄道の労組大会へ。教育、福祉の専門家との日程調整。八幡のカラオケ大会。抜群に上手な方々のあとに歌うのは骨が折れる。雪列車を2コーラス。冨田県議の孫は、秀逸だった。若松地区へ。小倉で遅くまで懇談会。首長の政治姿勢、福祉のあり方、中学給食のありかたなどが話題になる。黒崎宿場祭り、木屋瀬の敬老会は、妻の代理となった。
10月7日(土)
新日鉄八幡労組の大会。推薦決定の御礼と必勝に向けて戦い抜く決意を述べる。新組合長の品川さんや基幹労連の倉光副委員長の挨拶の中で身に余る激励の言葉をいただく。労組のキックオフは、強力な援軍となる。
尾倉敬老会。毎年参加している金山川ふれあい祭りで祝辞を述べる。新日鐵化学労組の大会で決意を述べる。山田議員と打ち合わせ。小倉工業高校の運動会に顔を出す。一番目の体操と次の綱引きは見事だった。規律があり、身体をよくきたえている。毎年参加している穴生まつり、黒崎宿場まつりで多くの人にゆきかう。永犬丸地区の挨拶。則松高見神社奉納相撲で祝辞を述べたが、大盛会であった。小倉の会合で懇談会。具体的な地域開発などでいくつか質問があった。黒崎で中小企業の交流会。河崎市会議員の告別式は家内の代理となった。
福岡市の自民市議団が現職市長を推薦。勝負のゆくえが緊迫してきた。
八幡西区の市議補選が実施されることになる。民主党の対応は白紙である。
10月6日(金)
福岡市長選で自民不戦敗との報道。現職も民主推薦の候補者も知っているが、結果はどうなるか、余談を許さない。最近の選挙でマスコミの予測が当たるのはまれである。
小倉南区へ。大学の将来の再編について話題になる。都市高速は、本当に便利だ。市内を駆け回れる。20年来お世話になっている後援者のご葬儀に。行きつけの洒落た喫茶店で昼食、ほっと一息、しばし街を歩く。黒崎の活性化について懇談する。事務所で作戦会議。
門司へ急ぐ。将来の開発、自然景観の保護について有力者と意見を交換。先輩の貴重な活動経験に耳を傾ける。キャリアウーマンの集まりに顔を出す。どこの都会にも女性が主人公の演歌がある、博多の女、ブルーライト横浜など。しかし、北九州には、無法松、花と竜しかない。女性の繊細な感性を街づくりにどう反映するかで、北九州はおおきく変わりうる。自民党市議の河崎誠先生のお通夜に。お孫さんが僕の子供と同級生で、会合で一緒になると、いつも共通の話題だった。ご冥福をお祈りする。
10月5日(木)
予算委員会の模様を報道で知る。安倍さんの歴史認識が問われているが、村山内閣の方針を踏襲すると答弁したようだ。他にもこれまでの見解を事実上修正する傾向が見られる。アジア近隣諸国との関係改善は待ったなしだが、どう展開するか注目したい。
昨日の政策大綱発表の記者会見の新聞記事を読む。55項目をいかに有権者に知ってもらえるか、検討を深める。選対幹部と意見交換。八幡東区を回る。夕方、北九州市民党でどうすすんでいくか、つっこんで意見交換する。八幡東区の将来の街づくりについて自説を述べ、次に意見を拝聴する。
夕方から小倉で懇談する。建築家をまじえ、北九州のハコモノの美観、設計についてひとしきり貴重なプロの見識を拝聴する。サービス業で成功をおさめた実業家から北九州の将来について意見を拝聴する。地場企業を重視する重要性を再認識する。小雨のぱらつく中、次の会合へ。夜遅くまで小倉、門司の過去、現在、未来について貴重なお話を承る。
10月4日
夕べは、なぜか眠りが浅かった。朝、まぶしい陽射しで目を覚まし、一路小倉へ急ぐ。情報通信の専門家のオール九州の幹部会で挨拶。それから、医療刑務所を表敬する。今日の運動会に参加できないお詫びを申し上げつつ、表敬をする。長らく刑務所の受刑者の社会復帰を支援する篤志面接委員をおおせつかっている。
障害者スポーツの関係者に表敬。散髪して八幡東区内を回る。プリンスホテルへ。ものすごい数の参加者がお越しいただき、勇気100倍。
「北九州から日本を変える」市民、草の根集会を開催した。予想をはるかに上回る1000人の方がご来場いただいた。感激で身がわななく。ハートフル北九州のメンバーである衆議院議員きたはし健治から、44年前、合併決議をした10月4日にちなんで、郷土の明るい未来を拓く政策大綱を記者会見で公表した。さまざまな質問がある。小倉駅前で、街宣活動。若松へ。青年経営者と若松、北九州の将来についてじっくり意見交換する。真剣に北九州の将来を考えているメンバーが集まった。20年来お世話になっている知人のご母堂様のお通夜に。シューマンの典雅なピアノ音楽、ダヴィッド同盟舞曲集を聴く。
10月3日
政策大綱の打合せを8時間。日韓交流、アジア交流スペシャリストと意見交換。深夜に帰宅。
10月2日(月)
民主党の再々質問で、消費税を参院選後にあげる方針を総理が示唆した。総理の定例記者会見は2回から1回に減らした。総理の政治方針が見えてこない。早く党首討論、予算委員会を開催して、国民の前で天下国家論を述べてもらいたいものだ。
東京の議員宿舎を出発。曇り空。靖国神社の境内は人がまばらだった。行きつけの半蔵門のベローチェでコーヒーの香りを楽しむ。
まず、議員会館で新任の鉢呂選対委員長に面会。個人事務所で鳩山幹事長。議員会館で菅代表代行。それぞれ幹部に情勢を報告する。また、北九州市民党で闘う決意を伝える。小沢代表とは、風邪が全快されてからにする。
501号室の自室で資料整理の指示。代議士会。衆議院本会議。民主党の鳩山幹事長の代表質問に声援をおくる。空港へ。小倉北区で会合。門司出身の城井さんの案内で門司で2箇所会合。門司での事実上の第一声だったが、忘れがたい意見交換の夜になった。門司の将来について大いに語り合う。注文もつく。貴重な提言も受ける。夜遅く、城井さんの車でおくってもらう。
アクセス91325.ホームページの改訂について思案をめぐらす。久しぶりにシューマンのシンフォニックエチュード、アラベスクを聴き感動する。
10月1日(日)
小嶺運動会からスタート、中尾、本城西敬老会、何回参加しただろうか、いつも盛会である。小雨の中、八幡、若松で5箇所街頭演説。カラオケ大会で長渕剛のRUNを歌う。詩吟の会。20年来お世話になっている方の古希を祝う会。アクテイブ シニアの代名詞のような先輩である。18−20年前に僕もよく出かけた枝光のなつかしい小料理屋みえの常連客の皆さんが集まってにぎやかに盛り上がった。
今日一日で1200人くらいの市民の皆さんに短いがメッセージをおくれたと思う。もちろん市長選のことは一言も言わないが。他に街頭演説の効果は定かではないが、多くの方に手を振っていただく。北九州空港へ急ぎ、深夜に東京の宿舎へ。若手の異業種交流の楽しい会である朱友会で意見交換したことをふと思い出す。政策大綱の発表が4日に迫った。
9月30日
公明党が新体制に。安倍さんの路線とはかなり隔たりがあると言われているが。
今朝は快晴、まずバスハイクの見送り。山九労連の大会。OB会。小倉南区へ。同じ野球チームのメンバーで旧知の友人の案内で初めての地域に。友人はありがたい。この地域がたいそう好きになった。それから、門司の街宣に。新幹線で博多へ。夕方、助信議員の息子さんの結婚式。新郎は、親父さんのいいところをしっかり受け継いだ好青年である。新幹線で広島へ。小さい頃遊んでもらった叔父の通夜へ。トンボ帰りで八幡の自宅へ。医者でありながら早すぎる死だった。
9月29日(金)
きたはし健治ハートフルクラブ(新しい後援会の名称)主催の企業セミナーを実施。地方経済をいかに活性化させるか、がテーマ。厳しい国・地方の財政、地方の格差拡大が懸念される中、地方経済の活性化は重要かつ困難なテーマ。ハートフル北九州は、「人にやさしく、元気なまちづくり」をめざして発足した。北橋からはじめに45分間、地域経済を発展させるビジョン政策の素案を提起し、それから参加者の皆様と自由に意見交換をする。場所のレインボーホールには380人のかたがお越しいただき、感激する。
今日は、門司、博多、筑紫野、博多、八幡と駆ける。最後は、いも焼酎で締める。
9月28日(木)
岐阜の役所の裏金が摘発されているが、ひどい話だ。他の自治体に飛び火するのかどうか。自治体の税金の使い道に関心が高まるのはいいことだ。
夜、遅くまで政策大綱で3時間ほど、意見を交換する。産業雇用戦略本部の立ち上げ、信頼される首長の政治姿勢、財源論などを論ずる。
終日、あいさつまわり。小倉で九電の会合、八幡の基幹労連福岡県本部の会合へ急ぐ。
9月27日(水)
7時過ぎに起床、雨の夜は良く眠れる。何ヶ月ぶりに谷村しんじのアルバムを聴きながら支度をする。「きざはし」には泣けてくる。ノーザンエクスプレス、三都物語がいい。東京のある有力者を表敬訪問する。午後の便で北九州空港へ。
9月26日(火)
いま、一億中流社会が崩壊しつつある。漠とした不安に包まれている日本列島、北九州から日本を変える戦いだと思う。
今日は臨時国会の召集。地元が気になっても、こんな日は出席せねばならない。
東京あいさつまわり。民主党国会議員総会。
首班指名がおこなわれる。小沢一郎と書く。
岡田克也さんと久しぶりにアジア経済について話をする。北九州の発展に関わる示唆を受ける。
流通産業の当面する政策課題について専門家から意見を聞く。中心市街地の具体的な活性化策を考えている。
海員組合組合長を表敬訪問する
外交のエキスパートから、ヨーロッパの街づくりについて意見を聞く。
福岡市長選の情勢について友人から貴重な情報をいただく。
今朝は、早朝に目が覚め、議員宿舎近くの靖国神社の境内を散歩する。丁寧に手入れされているのだろう、美しく茂った緑の樹木をときおり見上げながら歩く。
モーツアルトのピアノコンチェルト22、23番を聴く。快いひびきに全身の疲労感がとけていく。
大前研一さんの新著、「ロウアーミドルの衝撃」を読み始める。
9月25日(月)
早朝に目が覚め、モーツアルトのピアノコンチェルトを聴く。何週間ぶりだろうか、さわやかな目覚めだ。
民主党臨時大会。社民党、国民新党の党首や元長野知事が来賓で挨拶する。
経済産業省の幹部からガス器具などの安全確保のための法案作成の作業状況などをヒヤリング。
財務省の旧知の先輩から昨今の政策課題をヒヤリングする。
外務省OBと北九州の将来について意見を交換する。
上京している城井さんや助信さんらと時間をすごす。
著名な学者と一晩、語り明かす。世界の潮流、アジア経済の動き、日本の社会、北九州の将来と、たくさんの貴重な卓見を拝聴する。
9月24日
地元の敬老会で祝辞を述べる。エネルギー産業の最前線を視察する。小倉自衛隊創立50周年で祝辞を述べる。
小倉を遊説でまわる。政策大綱について意見を交換する。
最終便で北九州から上京する。
9月22日(金)
北九州医師会、歯科医師会をはじめ小倉方面をまわる。情報産業のプロを紹介していただいたが、多くの示唆をえる。中小企業の経営者に毎日会っているが、多くは、官僚政治の転換を心ひそかに願っているように感ずる。
八幡東区内で作戦会議。
民主党を離党して北九州市民党で前進する方針をあらためて確認する。
市民派の草の根選挙についてさまざま角度から検討する。
中田横浜市長の政策を研究する会。
県連役員と意見交換する。
政府与党、国会の情勢について東京と電話連絡をとる。
アクセスが90638件に。掲示板のアクセスは1万件を超えているが、操作をまちがえたのか、ゼロになってしまった。アクセスカウンタの仕組みが素人には不明である。開設以来、自分の趣味で更新してきた手作りのホームページだが、デザイン、内容とも自分の手に負えなくなってきた。
大好きな前々回のワールドカップの主題歌を聴く。
9月21日
タイのクーデター。首相がロンドンに。大衆から辞任の要求が出されていた人気の悪かった政治家の末路だ。早く治安の回復を期待する。進出企業、日本人が数多いところだけに心配される。
安倍さん、小泉改革のたいまつを受け継ぐ、と発言。短命に終わるかもしれないと、地元の保守支持者の多くが言っているが、どうなるか。国会での一問一答の論戦ではっきりしてくるだろう。得票数に安倍側近はショックを受けている。
八幡西、小倉北の財界人、八幡西の労組の会、地域活性化のフリートーキング。八幡東、小倉南の福祉関係者、八幡西のボランテイア団体、戸畑の会合で一日が終わる。
9月20日
安倍さんが新総裁に。3人の政策論争はあまり盛り上がらなかったようだ、マスコミの論調は辛口の採点だ。アジア外交を強調しているが、歴史認識や靖国問題で明快な説明がないと、相手が納得しないのではないか。かくれんぼとは、田中真紀子さんの寸評だ。
小倉で城井さんと宣伝活動、続いてあいさつ回り。
北九州労働界のリーダーの一人、田中会長から激励を受け感激する。
異業種交流の若手企業人の会、北九州の将来を存分に語り合う。おおいに盛り上がった。
9月19日
タイで軍事クーデター。日本人が大変多い地域だけに事態の早期収集が強く望まれる。
対北朝鮮の金融制裁をめぐって、日本と中国がさやあて。北朝鮮をかばう中国の姿勢がかえって問題の解決を遅らせているのではないか。
八幡労組議員団会議からスタート。終日、あいさつ回り。商店街活性化についてフリートーキング。
9月18日(月)
台風は去ったが、まだ、雨が降っている。昨夜の風は久しぶりに強烈だった。庭の野菜、二男が生まれたときに植えた大きなユッカ(青年の樹)は横倒し、網戸も吹き飛んだ。しかし、僕が大事にしている薔薇20株、レモンは無事だった。なんと強い生命力だろうか。
今日は、多くの行事が中止になったが、敬老会を挙行した地域も多い。昼過ぎまでフル回転でまわる。お世話役の皆さんには頭が下がる。山田市会議員が変装して時代劇を演ずるとのこと。時間に追われ、僕は見れなかったが、さぞ喝采をあびたであろう。
昼食は、遠賀川の河川敷で敬老会のお弁当をひろげる。雨のため、車の中で遠賀流域の景色を眺めながら食べる。僕の好きなスポットだ。夕方、雨の中、小倉で街宣活動。城井さんと一緒にたった。チャチャタウン、中央市場入り口、初めての場所でマイクを握る。時折、力強い激励をいただき、感激する。休日の夕方もあるだろうが、若い人が数多く、同じ北九州市でも自分の選挙区にはあまりみられない光景だった。服装も背広ではなくカジュアルに変える必要があった。終わって、城井さんと政策大綱について少し意見を交換する。
夜、幻の花尾城を取り出して聴く。地元の宮吉さんの作曲、詩吟日本一に輝いた河野鶴声さんの歌と吟で、北九州発のスケールの大きな名曲である。
シューマンの弦楽四重奏をしばし聴く。明日からまた、大変だが、ほっと一息をつく。
9月17日(日)
ローマ法王が聖戦発言で謝罪のニュース。イスラム世界がどう反応するか、注目したい。
台風が近づく。雨風で行事予定が大きく狂う。お世話役の皆さんには大変気の毒だ。
社会人スポーツの会は中止。高齢化社会の町おこしについて要請を受ける。
黒崎、若松で敬老会。雨のけぶる黒崎の街並みをしばしながめる。小倉で偶然入ったのが、おいしい釜揚げうどんの店だった。しかも、店に入ったら、いきなり店主から北橋さん頑張って、には驚いた。長年の選挙区でないだけに、こんなにうれしいことはない。それから、お世話になっている会の初会合。若松、戸畑でカラオケ大会。事務所でスタッフと日程調整。城井さんとの街宣は順延に。夕方、激しい強風に変わり、全員帰宅するよう言って、久しぶりに早く帰宅する。
何日ぶりだろうか、鶴田浩二の軍歌のレコードを入れ替える。少し思案してショパンのバラードにした。平時のながら族に帰って、ホームページの更新、名刺の整理、日程、作戦の思案に時を過ごす。
9月16日(土)
長年のお付き合いのある税関労組の大会に出かける。国会議員である限り、社会悪物品の不正輸入阻止のため、税関組織の充実を政府にアピールしたい。アジアの拠点として北九州が栄えるためには、門司税関の役割は大変大きい。それから八幡西馬場山、貴船台、若松の敬老会へ。長寿をお祝いする。
民主党福岡9区の幹部会。きたはし健治の党派を超えた市民手作りの後援会の立ち上げについて説明する。名称はきたはし健治ハートフルクラブ。
紫川リバーサイドコンサ−ト。合唱組曲、北九州を聴く。雰囲気のいいコンサートだった。音楽が好きなので、案内をうけて少しの時間市民の一人として楽しいひとときをすごした。音楽振興は僕のライフワークだが、演奏はよく、音楽ファンがたくさんつめかけていたので心強い。
今日は、マスコミの密着取材がついた。武道の名門道場の会。日本一に輝いた3選手の祝賀会。国会では超党派の武道議連副会長をつとめているが、北九州にとってこんな名誉なことはない。終わって、識者と意見交換。10年ぶりでゴマさばを食べるが、絶品だった。北九州は、食の文化をもっと発信してはどうか、としみじみ思う。
今日、行けなかった門司、戸畑の会合は、家内が代理で伺った。
15日(金)
来年1月に、民主党を離れて立候補する意向はすでに表明している。党派を超えた北九州市民党に変わるタイミングを年内のいつにするか、検討を続けている。小沢新体制になってから、代表と相談させていただく予定だが、その前に、地元党組織の諸課題について結論を出しておく必要がある。
オウム松本被告の死刑が確定した。長い年月をかけた裁判のありかたには、多くの国民が疑問を感じているのではないか。司法制度が今後、国民の常識的な判断を取りいれて改革されるよう期待したい。
早朝、中央卸売市場へ。魚供養の式典、鯛とメジナを放流する。地域の会合に顔を出す。戸畑の敬老会、紹介だけだが、毎年参加している行事だ。識者のお見舞い。博多へ新幹線に飛び乗る。労組大会。県連役員と意見交換。電車で折尾まで帰る。
14日(木)
地域経済をどう発展させるか、ひとしきり議論する。それにしても国の台所は火の車、地方を補助金で誘導する時代は終わった、多くの人が気づき始めているが、幻想にまだ期待感を持っている人もいる。地方財政の厳しい現実を直視することが肝要だ。
早朝からスタート。日の出の太陽がまぶしい。終日、地元の活動。スタッフと意見交換する
13日(水)
秋篠宮家のご長男のお名前が決まった。ご慶事にあらためて祝意を申し上げたい。
早朝の勉強会で多くの方々にお越しいただく。国家議員としては、最後の朝食会になる。議員会館で来客応対。まず経済産業省から、ガスランタン死亡事故をめぐる経過について、説明を聞き、善処を求める。
旧知のマスコミ記者さんが来室。中央情勢、補選の世論調査、民主党内情勢、総裁選などについていろいろ話を聞く。資料の整理をすすめる。党本部へ。情勢の報告。国会日程の検討。
午後、羽田から北九州空港へ。
夜、小倉の会合、3か所。北九州の民意についてさまざまな指摘を受ける、有益な意見交換だった。小倉のおしゃれなイタリアレストランへ、旧知の友人から激励を受ける。
12日(火)
北朝鮮に交渉意思がないとして、アメリカが制裁の検討を表明したニュース。駆け引きの段階を超えたのだろうか。
小雨けぶる中、皇居横を通って、国土交通省に出向く。幹部に地元問題で実情を説明し、予算確保で要請する。
河合栄治郎の勉強会に何ヶ月ぶりかで出席する。会場の学士会館には何年ぶりかだが、クラシックな建物には素晴らしい気品を感じる。
笹森さんから2時間、戦後の社会史をふまえた政策課題について卓見を拝聴する。
政策課題について勉強。北九州市の予算陳情をひととおり目を通す。
夜は、北九州の将来について意見交換会。
11日(月)
小沢さんが基本政策を発表。格差是正を対立軸にする意向。対抗馬で出馬を希望している河村さんの政策に目を通す。個性的な政治家ではある。25日に臨時党大会。
終日、小倉あいさつ回り。
韓国情勢について明るい識者と話し込む。北九州をアジア交流の拠点にする方針はすでに表明しているが、コンテンツを固める必要がある。有益な意見を聞く。
夜、稲富しゅうじを囲む会で行橋へ。秀才だが、人に好かれる好青年である。各方面から時期当選を強く期待されている。この会に出席していた城井さん夫妻に北九州空港までおくっていただく。屋上のビヤレストランもしまっていて寂しかった。
深夜に九段宿舎へ。
10日(日)
小泉さんが安倍さん支持のニュース。他に人がいないということか、何か思惑があるかもしれない。来年の参院選結果次第で政界は激震との評判が前提になっているとは多くの見方ではある。
宮里、シャラポアがメジャーを制した。若い世代の台頭を印象付けるニュースだ。
早朝の風は涼しい。
スポーツのイベント、サブセンターの要請、地域の発展のために奮闘されるご町内の熱意には頭が下がる。幹事長と電話連絡、労組大会、夢二まつり、天神之水フェステイバル、敬老会、育児を考える会、カラオケ大会で吉田松陰を歌う、写真どり、夕べのイベント。名刺の整理。気がついたら10時半だった。鶴田浩二を聞きながらホームページを更新する。89717件のアクセス。
八幡のある著名な歌人の作品が気に入った。
人の世を うまく渡れぬ 性質(さが)なれど 信じた道を 明日も歩く
9日(土)
人権政策、クレサラ対策について政策に明るい方と意見を交換する。
気合を入れるためではないが、クラシックを聴く雰囲気でもない、今朝も「ああ、紅の血はもゆる」を聴いて7時半に自宅を出発。小雨がぱらつく中、バスハイクの見送り。楠橋の年長者の交歓会。名刺の整理。政策の検討。小倉へ。政策器材の検討。また、八幡へ。夕方に雨、涼しくなる。市民に共感される公共事業のありかたについて持論を述べる。
スポーツの会合。今週はテレビのニュース番組を見る余裕がなかった。情報不足の不安がよぎる。
8日(金)
薬害肝炎九州訴訟で国が控訴を決めた、不愉快極まりないなニュースだ。関係者の苦しみに思いを寄せない官僚の冷淡な姿勢に怒りがこみ上げる。
福島県の談合発注事件のニュース。官公庁の汚職は中央から地方にひろがっている。
地元まわり。ひびき青年会議所の35周年の会。黒崎の将来を考える会で中心市街地活性化の持論を説明する。帰省中の青年活動家と懇談。議員のブレインと懇談。
7日(木)
自民総裁選で3人が立候補。勝負が決まっているのでおもしろくないレースになっている。民主党が小沢さんで決まりなのでマスコミの話題が与党に集中するのではないか、民主党本部は心配していたが。
小倉朝の街宣。博多へ。あいさつ回り。基幹労連の大会。菅さんが党代表で来ていた。お礼と決意表明の挨拶。まっすぐ、小倉へ。福祉政策について懇談。音楽教育のあり方について提案を聞く。
6日(水)
ご皇室に男児の誕生、心よりお慶び申しあげたい。お健やかなご成長を祈念しています。集団的自衛権の行使を容認する方向を安倍さんが発言。海外での武力衝突に日本がまきこまれるではないか、という根本問題に政治家は応えなければならない。解釈改憲には多くの問題点がある。
午前中は八幡のあいさつ回り。地域活性化の具体的提案を識者から聞く。新日鉄労連の大会。民主党役員と意見交換。青年活動家と懇談。
5日(火)
拉致被害者とされる古川さんの認定訴訟について動きがある。古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟は去る9月1日の法廷で、裁判長より古川さんを北朝鮮で目撃した安明進氏と古川さんの姉で原告である竹下珠路さんを証人として11月1日に次回法廷を行うとの決定が下されました。
門司駅前で街宣。それから折尾にとって返し、また門司から八幡へと忙しい一日。
末吉市政20年の総括について意見を交換する。何を改革し、何を発展させるか、政策ごとに検証をする。ハートフル北九州の勝手連の結成に向けて議論をすすめる。子育てについて地域の保護者と意見交換。育児の負担軽減は待ったなしだ。
9月4日(月)
北朝鮮でまたまたミサイル発射の動き、こりない一部の指導者たちのために一番しわ寄せを受けているのが人民だ。中国やロシアはいつまでかばい続けるのか。隣の大国は、民主主義をどう考えているのだろうか。民主化のために決断してほしいものだ。
ゲートボールやご町内のお世話活動に精を出される年長者の皆さんの若さには驚嘆する。
9月3日(日)
多摩川で2人がおぼれる。水難を根絶する方策を真剣に考えるべきだ。北アルプスで遭難を心配されていた男性が自力で下山した。街中が大騒ぎをする登山の遭難、保険をかけるか入山料をとるかしないとふもと住民の負担が重過ぎるのではないか。
今日は、建設関係者との懇談で、大型ハコモノ建設への批判が飛び出した。中央のゼネコンにたくさんはねられて、儲けは地場企業に極めて少なかった。その反省の上に立って、行政をリードするのかどうか、と。
地場企業育成に全力をあげると、こたえた。
若松の企業誘致策や若戸大橋の無料化について考えを聞かれ、自説を述べる。10月4日に政策大綱を公表する。それにしても市の財政は極めて厳しくなる一方だ、若松でも多くの市民が気づき始めている。
9月2日(土)
9月22日召集、80日間の臨時国会のニュース。民社党が代表選挙をやっている最中に召集とはけしからん、と民主党側。昔の自民党ならこんな失礼なことは決してしなかったとは、元自民党の民主古参議員のお話。早く召集して国民の関心事について国会で論戦するなら誰も反対しないが、予算委員会などでの議論をできるだけ避けようとする魂胆が見え見えのところに言い合いになる背景がある。決着やいかに。
小沢さんは海外主張なので、会談の日程は先になる見通し。
障害者の方から質問状があり、次の通りお答えする。問いは、負担増への対処だ。
「障害者自立支援法の自己負担は痛恨の極みであり、国会において法の見直し改善が不可欠と考えます。宮崎市など地方自治体における負担軽減措置の取り組みが注目されていますが、北九州においてもまずは低所得者に対する単費補助を実現すべきです。街の理想は、「年をとっても障害があっても一人暮らしになっても安心して暮らせる街」であり、北九州が障害者福祉のモデル都市になるよう、私は、「ハードからハートフル」を目標に、子育て、福祉、環境に税金の使いみちの優先順位を高めるよう提唱しています。ハートフルとは人にやさしく暮らしにやさしいという意味です。
障がい者が地域で安心して暮らせる仕組みをつくるため、行政は関係者の要望をよく聞いてあらたな行動計画を策定し、バリアフリーの街並み、保育の充実、小規模作業所への補助金の増額、福祉などで活躍するNPOに対する支援の強化などを実現すべきです。」
9月1日(金)
女性からの質問。
北九州は、女性がトップで活躍するケースが極めて少ないとは思わないか。
他の政令市のデータは持ち合わせていないが、そう感じる。役所においても女性幹部の登用は重要であり、民間企業においてもそうあってほしい、とこたえる。育児の負担を思い切って減らす方策が不可欠と考える。
まぶしい快晴の日。庭の薔薇が咲き始めた。手入れをしてやれないが、一部の株は元気に育っている。
小倉、門司には、この20年半、けっこう出かけているが、本格的に回るのは、今回がはじめての活動地域だ。景観のいい自然がたくさんあり、山並みがいい。中小企業や文化に生きる人、サービス業などたくさんの新しい市民と出会っていかねばならない。
北九州の財政の痛み具合について、ひとしきり議論する。中央官庁の補助金に頼りすぎたことが、借金財政の大きな原因になっていると多くの識者は指摘している。市民にもその見方が広がりつつある。街のイメージをダウンさせている一部の暴力団のイメージをいかにして払拭するか、企業誘致、観光戦略のためにも必要不可欠なテーマだと指摘される。メデイァドームをどうするか、関係者はつぶれるのではないかと、気をもんでいる。多目的な利用の可能性について意見を交換する。どうすれば市民の期待に応えられるか、知恵の出しどころだ。夜、北九州の近未来について識者と意見を交換する。有益な収穫をえられた。
31日
2016年オリンピックの国内候補が東京に決まったニュース。
しかし、現在のアジア外交ではたして東京に決まる可能性はあるのだろうか。福岡市の足元では、慎重論が吹きだしたことで市長選が混沌としてきた。
神奈川で地震。新幹線ストップ。北九州は、地盤が安定している。
ロシア警備艇の銃撃拿捕事件で乗組員が帰国した。日本政府はこの間、ロシアに何を主張したのだろうか。
雨が小降りながら昼過ぎまで降っている。中小企業まわり。
夜、酔いを醒まして自治体職員の政策提案のレポートを50ページ読む。
30日
薬害訴訟で原告が勝訴。朗報だ。薬害肝炎で国の責任を認めた福岡地裁の判決が確定してほしい。また、はやく治療方法が確立するよう国と製薬会社は罪滅ぼしで努力してほしい。
台風の影響で雨が降りしきる。今日も長い一日。
福祉政策についてはばひろく意見を交換する。
教育論議を2時間。また、町内会の意見に耳を傾ける。
29日(火)
北九州の財政はどの程度逼迫しているのか、十分な議論が必要だ。中央の補助金に頼れなくなる時代に入っている。
デフレ脱却宣言にこだわらず、と小泉首相。中小企業の経営や若者の就職前線には安定した景気回復感は感じられない。格差の拡大を正面から見すえるべきだ。
中小企業の経営支援策について意見を交換する。地域金融の現状を直視する必要がある。ハコモノの経営実態について識者の意見を聞く。
8月28日
連合北九州の幹部会で推薦を決定していただく。高嶋議長との間で政策協定書を締結し、署名する。ご期待にそうよう最善を尽くす、とお礼を述べる。
パロマに回収命令が出た。他にも危険なものが出回っているのではないか。この間、自分が経済産業省にかけあっている中毒死に至ったランタンのガスボンベはどうなるのか。このままでは納得がいかない。
アメリカのゴールドマンサックス社が福岡市で投資計画があるとの報道。なぜ北九州に来てくれないのだろうか。
地元あいさつ回り。スタッフ会議でひとしきり議論する。来客応対。福祉団体へのメッセージを作成する。連合北九州に出かける。
夜は、アピールの仕方についてレッスンを受ける。有益な示唆にとんだ助言をいただく。
27日(日)
朝刊に昨日の記者会見の模様が報道されている。
地場企業の重視と障害者福祉の充実についてもっとコメントすべきであったと思う。
イラン重水炉稼動にすすむとの外電。アメリカ独自にイラン制裁もありうると牽制。イランに何か起これば世界のエネルギー価格は急騰するだろう。重大な事態にありうる。
今朝は、女性のスポーツの会の激励から。スポーツ振興は健康づくりとして重要な政策目標だ。
東芝労組の大会で末吉市長と一緒になる。不偏不党の政治姿勢、不況脱却にかけた熱意に敬意を表する、と述べる。
日本舞踊の発表会。家元は、九州でも抜群の才覚と評されている。見事な舞であった。
僕の所属していたテニス愛好会の大会。カラオケ大会で吉田松陰を歌う。冷や汗が出る。
突然のにわか雨。樹木には恵みの雨。旧知の知人を訪問。医療の専門家と懇談。
ホームページの更新にとりかかる。88574件ののアクセス、感謝感激。時期は未定だが、小沢代表との会談にそなえる。
8月26日(土)
労組大会、現場のエキスパートたちから現状をヒヤリングし、政策について意見を交換する。民主党の応援団が立ち上がった集会でお礼と決意を述べる。
正式に出馬の記者会見を行う。その内容は、一時してアップロードする予定。
小倉駅、黒崎駅のぺデストリアンデッキで第一声をおこなう。雷が鳴り出す。雨も少々、すぐに晴れる。
夕方から東芝夏祭りなど5会場を駆け回る。夏休みももう終わる。祭りで多くの方に会えるチャンスも今週まで。
6月24日から8月25日まで