第7回平和市長会議全体会議での北橋市長スピーチ
(2009.8.8 長崎市)
北九州市の100万の市民を代表して参加をいたしました。市長が参加するのは24年ぶりのことです。まず、お礼を申し上げたいと思います。
秋葉広島市長、田上長崎市長をはじめ、世界各地で核兵器のない平和な世界を実現するため、ご活躍の皆様方に心から敬意を表します。
北九州市は、ここ長崎から東へ200km離れた工業都市です。今から64年前、8月9日の朝、爆撃機が長崎ではなく北九州市の上空に飛来いたしました。ところが、視界が悪く、原爆投下をあきらめ、長崎に投下したのが歴史的事実と聞いております。
したがいまして、長崎、広島の悲しみは、北九州市民にとりましても、同じように深く、その悲しみを感ぜざるをえません。
北九州市では、毎年8月9日、原爆犠牲者の慰霊平和式典を行っております。原爆被害者の方が中心でありましたが、年とともに高齢化をしてまいりました。原爆の悲惨さの記憶が風化していくことを心配いたしまして、北九州市も一緒に共催で、その平和を祈る式典を行っております。
本市では市内で5ヶ所に分けて、戦没者の追悼式を行っております。そして、常時、戦争時の資料展示をしまして、若い人達、次の世代を含めて、戦争の悲惨さの記憶を風化させないように努力をしております。
今年、「かよこ桜」という活動を知りました。「かよこ桜・親子桜」を植樹することで、この核廃絶・平和の祈りを全国に広めようとする運動に北九州市は心を打たれました。「かよこ桜を広める会」のご協力を得まして、今年4月、植樹の式典を市民参加のもとで行いました。
64年経ちました。戦争のことを知らない、若い世代が増えております。大事なことは、その若い世代を含めて、この核廃絶・平和の活動の大切さを伝えていくことだと思っております。そういう思いのもとで、今回、私は、参加をいたしました。
核廃絶の実現には国家の決断が不可欠だと思います。しかし、私は、今回の市長会議のテーマにあるように「市民と都市が国を動かす」ことを固く信ずる一人であります。都市と都市が国境を越えて連帯をし、一つの目標に向かうとき、時代は必ず拓かれると信じております。
その意味で、2010年を「ヒロシマ・ナガサキ議定書」採択の年にするという趣旨に心から賛同したいと思います。
私の母は、広島市民でありました。私は、被爆二世であります。母は子どもを、私を産む時に、産んでいいかどうか、死ぬほど苦しんだと聞いております。「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ、そしてノーヒバクシャ」の目標を私たちは大事にして、この活動を続けていかなければならないと思います。
このすばらしい大会での発言をお許しいただけたことに心から感謝を申し上げまして、一言、スピーチにかえさせていただきます。