中国を旅して

日本企業の進出
ねぎのセーフガード問題 2001年8月
民主党訪中団に参加して 2003年12月
友好都市大連のジャパンウィーク 2007年5月



 2001810日、中国人民外交学会のお招きをいただき、セーフガードの問題について本音で意見を交換するため、1泊2日の日程で北京に単身訪問しました。以下は、当時の北橋健治の北京だよりです。

10日金曜の午後、北京空港で出迎えていただいたのは、外交学会副秘書長のソン女史と、中国外交部(外務省)きっての通訳のソ女史です。オリンピックの北京招致決定のお祝いを申し上げて、車に乗り込みました。2回目の訪問になる北京の街並みは、さらに整備がすすみ、天安門広場をはじめ街は、活気に満ち、シトロエンの赤いタクシーと道路沿いの豊かな緑が印象的でした。

 空港から真っ先に向かったのは、当方の面会希望先である中国対外貿易経済合作部(経済貿易委員会)でした。郭莉局長と80分間、日中貿易問題について会談しました。郭莉女史は、駐日中国大使館の参事官を務めた日本のスペシャリストで現在、対日を含めて貿易政策の責任者です。セーフガードの問題では、日本の農水省、経済産業省、財務省の代表団を相手に中国側のトップで対応した方です。


 女史の第一声は、私が自由貿易主義者かどうか、という問いかけでした。日本の生きる道は自由貿易主義以外にありえない、ただ、重大な雇用問題が発生した場合は、一定の政治的配慮を否定するものではない、と答えました。それから、予定の一時間を越える会談となったのですが、その会議録要旨は、私見と断って表明された見解をどう扱うかなどを含めて相手の立場も考慮し、精査してまとめたいと思います。

 女史の強調したことは、中国にとって日本は、最大の貿易のパートナーであり、ねぎなどの小さな貿易額の問題で全体の友好に支障が出ることを憂慮している。なるべく早く交渉を再開し、1日も早い解決に最善を尽くしたいというものでした。私からは、日本の農産物セーフガードの本格発動はすべきでないと考えるが、膠着状態を打開するために、ねぎ、生しいたけなど農産物の対日輸出のありかたについて新提案は用意できないか、また、鉄鋼を例にとって、WTO加盟後の中国の貿易政策について質問もしました。公式的な対話をやめて、できるだけ本音の意見交換に努めたところですが、当方にとっては、中国政府の真意がよくのみこめ、有意義な会談でした。

 夜は、外交学会西楼で3時間を過ごしました。元スイス大使で外交学会の辛副会長(ヨーロッパ担当)、副秘書長のソン女史との会話は、歓迎のご挨拶に続いて、予想とおり歴史教科書、首相の靖国神社参拝、台湾問題、セーフガードなどの話題になりました。当方の考え方は、あらかじめ在日中国大使館の高官を通してお伝えしていたので、特段議論にはなりませんでしたが、席上、辛副会長は、中国政府の見解を明確に述べられ、当方からも私見を申し上げました。

 それから隣室で夕食を共にしました。乾杯は、お酒の弱い当方がびくびくしていたマオタイではなく、マイルドな中国産のワインで、しかも一気に飲み干すカンペイではなく、各人の好む量で飲むズイイでした。また、中華料理の中で私の好きな野菜料理の味付けは、当方が好む薄味の美味ですが、夕食の話題には、しばらくして靖国、歴史問題などのシビアなテーマが再登場です。緊張の連続でひたすら話題に没頭しました。
 副会長は、歴史を鏡として未来に目を向ける立場から、現下の困難を乗り越え、中日友好協力関係の一層の強化が大切だと述べられ、両国の発展を祈念して乾杯でお開きとなりました。

 翌朝は、朝5時にタクシーに乗って、日本軍の中国侵略の起点となったロコウ橋に単身出かけました。当初、私は、午前中の日程にロコウ橋を希望したのですが、外交学会は、強く故宮をすすめられたので、そのようにお願いをしておりました。ただ、次に訪中できるのはいつか分かりませんし、学生時代から、どうしても訪問したかったので、意を決して珍しく早起きをした訳です。

 車の少ない早朝、5時半には、もう橋に着きました。日の出を途中で迎えていたので、あたりは、もう明るくなっていました。マルコポーロの東方見聞録に出てくる有名な美しい橋です。風雪に耐えてきた欄干の石の彫刻は感動的でした。歴史の重みをかみしめながら、ゆっくり散策することができました。河原には水の流れはなく、草が一面に茂っていました。橋を渡ってふりかえると、まぶしい朱色の太陽が昇ってきました。ここから太平洋戦争が始まったのです。最初の弾丸は、どちらの軍が発砲したのか、結末は、満州に日本人を多数おきざりにして軍幹部はさっさと退却して行ったのです。

 投宿したホテルは、天安門に歩いて数分の最も近い場所にあり、8階の部屋の窓からは、眼下に故宮の明るい茶色の屋根が樹林の上に浮かんでいる早朝の絶景が見渡せました。朝食は、バイキング形式でしたが、私は、野菜、果物のメニュウを全部食味しました。
 そもそも訪中の目的が、農産物貿易摩擦なので、中国産の農産物がどういう味か確かめたかったからです。日本人客が少ないホテルのようで全般の味付け、食材は少し日本のホテルとは違いますが、中国産野菜の味は、悪くありません。しかも日本の農民がたまげるほどのコストで生産されています。中国は、現在、世界の工場と言われますが、品質管理に成功すれば、世界の農園になりうると思います。


 さて朝九時から、100分かけていよいよ故宮の見学です。その日の北京は快晴でした。真夏の北京の暑い陽射しの中を、汗だくになって、ソン女史の懇切丁寧な説明に頷きながら、見たこともないほどの多くの見学者の行列に入って見学しました。あの巨大なスケールは、ラストエンペラーのスクリーンからも想像できませんでした。夏休みを利用して地方から旅行に来ている多くの子供たちの元気な姿に、未来の中国の強さを感じました。毛沢東の演説したあの有名なバルコニーから始まって、清王朝の後宮、無数の美術品、庭園までゆっくり歩いていきます。
 ソン女史は、日本人の気持ちを考えて故宮のコースを推薦したものと私は、察しています。ある学者が、賢明な中国人は、過去をとやかく言わない、賢明な日本人は、過去を決して忘れない、そう書き記していたことを思い起こしました。
 中国人民外交学会は、周恩来外相の発案で建国後まもなく設立され、周氏とはフランス留学時代からの同志である陳元帥が名誉会長を務めたとのことです。案内していただいた副秘書長のソン女史は元帥の令嬢です。

 空港まで見送っていただいた女史と空港の貴賓室で20分ほど時間があったので、気になっていた政治の話をしてみました。台湾問題です。多くの日本人は、戦後台湾を旅行し、中国文化に触れて台湾にシンパシーを感じています。ひとつの中国を理解するけれども、中台関係の悪化は多くの日本人が心配している、そう私から切り出し、中国政府の率直な見解を改めてお伺いしましたが、女史の即答は、明快な論理で一貫していました。
 こうして私は、中国人民外交学会のご好意に深謝しつつ、北京を後にしたのです。




2003年12月
民主党訪中団に参加して

岡田さんから訪中を誘われました。自民党一期生議員のときから、毎年のように中国を訪問しているとのこと。今回は、西側のマスコミで党ナンバー7と言われる呉書記との会談になりそうと聞いた。
 訪中の目的は、中国共産党と民主党の党間交流の一環として、日中関係、北朝鮮問題、イラク復興支援、東アジア経済などの諸課題について、党・政府首脳、有識者、マスコミ関係者らと意見交換を行い、日中関係および両党関係のさらなる発展に資することであります。


訪中団日程

 

日   時

日     程

21日(日)

10:35

13:40

16:30

18:00

20:30

成田発(JL781)

北京着

劉洪才中連部副部長との会談

王家瑞中連部部長との会談・懇談

内政懇

22日(月)

09:00

10:30

12:30

15:00

16:30

18:30

20:30

王毅外交部副部長表敬

呂克倹商務部アジア司副司長表敬

駐中国日本大使との昼食懇談会

呉官正中央政治局常務委員との会談

王在希国務院台湾事務弁公室副主任表敬

周強共青団中央書記処第一書記表敬

支局記者との懇談

23日(火)

09:00

 

10:45

11:45

15:10

19:25

有識者との意見交換(現代国際関係研究所、中国社会科学院、北京大学、精華大学等の研究者)

記者会見

劉洪才中連部副部長主催送別会

北京発(JL782)

成田着

 

 訪中団の構成は、団長  岡田克也幹事長、事務局長 北橋健治幹事長代理、  枝野幸男政策調査会長、山本孝史参議院幹事長。

1) 共通認識としての“Win-Win”の日中関係について

 日中関係は、昨年は国交正常化30周年、今年は平和友好条約25周年を迎えた。呉官正中央政治局常務委員との会談では、現在の日中関係について、少なくとも経済について一時の中国脅威論はやや収まっており、むしろ補完関係、“Win-Win”の関係にあるということが共通認識として広がってきていることが確認できた。このことは日中関係全体について言えることだと考えられる。安全保障問題も、日中間でお互いに信頼関係を醸成していく中で、軍縮を目指して真剣な議論をすべき時期にきており、そのことが両国にとって大きなプラスになるとの指摘を行った。中国側からは、歴史を鑑とし未来に目を向けるべきであり、日中関係発展のあめに、両国の政治家はもめ事を冷静、客観的、現実的に処理し、”Win-Win”という大きな流れに着目して善処すべきとの指摘があった。

2) 六カ国協議、拉致問題について

 

六カ国協議、北朝鮮問題について、王毅外交部副部長との会談で、民主党側からは主として二点を指摘した。第一は、先送りせずに六カ国協議を開いて成果を出すように、中国側にも努力をしていただきたいということ。第二は、拉致の問題について、日本国民の感情を理解していただきたい、そしてまず日本に戻っておられる5人の皆さんの家族を、無条件で日本に帰すということが、日朝間あるいは六カ国協議の中で大きなプラスになるということを北朝鮮に理解させてもらいたい、ということ。王家瑞中連部部長との会談では、六カ国協議について、基本的には楽観的に捉えているとの発言もあった。

 

3) イラク問題について

 

イラク問題について、王毅外交部副部長との会談で、民主党は、現時点での自衛隊の派遣には反対であり、国際的な枠組みを再構築する中で、国連を中心としたイラク復興支援の形をつくることを目指しており、中国側にこうした考え方への理解と協力を要請した。中国側からは、そうした民主党の考えに対して理解を示し、国連中心のイラク復興支援については中国も同じような考え方であるという趣旨の発言があった。中国側からは、小泉総理の対米追従姿勢についての懸念、日本は国連中心主義でいくのか日米同盟重視でいくのかという質問に象徴されるような、今の日本政府の姿勢に対する懸念が示された。

 

C 台湾問題と歴史認識について

 

中国側からは台湾問題と歴史認識の問題が提起された。歴史認識の問題は、自らの主張を押し付けるというものでは必ずしもなく、民主党側からも、西北大学の事件などを取り上げ、その背景にあるものは何かなど、問題提起をしながら議論を行った。基本的には、歴史認識の問題については中国側も引き続き関心を持っており、そういう中で小泉総理の靖国参拝の問題にも言及した。

台湾問題について、中国側としてはメインテーマと捉えており、呉官正中央政治局常務委員、王毅外交部副部長、王在希国務院台湾事務弁公室副主任との会談で繰り返し議題に上った。民主党として、台湾の一方的な独立は認めない、台湾問題は平和的な解決を期待する、という党の考え方を繰り返し説明した。この関連で、森前総理の訪台、あるいは台湾における天皇レセプションの問題などの提起があった。いずれも日本においてほとんど報道されていない問題であり、認識のギャップが存在した。森前総理の件については、今の時期に行くことは政治家のセンスとしていいとは思えない、私なら行かないと、岡田幹事長から指摘したが、これは自民党の問題であり、民主党として何か言う立場でない、自民党あるいは森前総理が判断することではないかとも、指摘をした。